第25話 くりぃむ麺麭の味わい
お待たせ致しましたー
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緑玲は今、まるで夢心地の中にいるようだった。侍女のひとりに、香りの正体を探らせて戻ってきたときには……点心局長と新入りの少女を連れて来たのだ。少女の傍らには、その九十九もいたが。
彼が持っていた、香りの正体。
それは、主上であり夫でもある皇帝の斗亜が少女──恋花と言う──に、緑玲のためにと作らせた美味しいお菓子らしい。
いつもの甘いものである包子とは似ても似つかない食べ物。持った時の柔らかさと芳しい香りに我を忘れそうになった。
ひと口食べてみた時の、食感だけでなく味わいの深さにも驚いた。このような食べ物がこの世にあっただなんて、後宮に詰めてから一度とてない。
もう一口食べ進めると、中からとろりとした何かが出てきた。恋花が言うには、これが名前の一部にもある『くりぃむ』の正体らしい。
「恋花。この中身はなにかしら!? すごく滑らかで美味しいわ!」
思わず、声を上げてしまうくらいの美味。こってりしているが、包子より香ばしくて柔らかな外側の麺麭と非常に相性が良い。ひと口食べ進めると次が止まらないのだ。あっという間に、ひとつ食べ終えてしまうくらいに。皇帝がいないからとは言え、緑玲は久しぶりに誰かの前で子どものようにガツガツと食べてしまった。
「はい。それがくりぃむと言うものです。卵、牛の乳、砂糖などを混ぜ合わせて、餡のように仕立てあげました」
身なりは粗末なものを身に付けているが、緑玲はこの少女をすでに気に入りかけていた。まだ緊張は抜けきれていないが、目が輝いているのだ。緑玲へ麺麭の説明をする時だけだが、他は心もとないほど弱いのに目は力強い。
おそらく、それほどこの麺麭へ込めた気持ちが本物なのだろう。皇帝の勅命とは言え、きちんと相手の事を思って作ってくれた誠意が伝わってくるのだ。
「まあ、そうなのね。とても美味しかったわ」
「畏れ入ります」
「ふふ。謙遜しなくてもいいわよ? 点心局長? この子はいつから、ここに詰めたの?」
「今日さね。緑玲妃様の従兄弟殿が連れてきたんだよ」
「……紅狼が?」
従兄弟であるあの武官が。
女は極端に苦手だと自負している、あの隻眼の男が。
どのような経緯か、物凄く気になったが恋花のためを思って動いたのだろう。苦手であれ、何かしらの利点がなければ、あの男は他人のためにも動こうとしないことを従姉妹として知っている。
「腕前はこの通りさね。九十九との連携もあって、ここまでの出来を披露してくれたんだ」
「……そうね。とっても美味しいもの」
気掛かりなことは多いが、緑玲も己の気持ちを疑うことはなかった。恋花の人柄などはまだすべて知らずとも、相手を思う気持ちの料理を作れる存在に悪い者はいない。
とりあえず、もう一つ食べていいか聞くと、恋花は肩を跳ね上がらせてから強く何度も頷いてくれたのだ。
次回はまた明日〜




