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第21話 皇妃候補の侍女

お待たせ致しましたー

 少し見惚れていると、彼女はちらりと恋花(れんか)を見てから崔廉(さいれん)の方にもう一度声を掛けた。


 たしか、点心局長と言っていたので崔廉のことに間違いない。崔廉も気づいたのか、彼女を見て顔を綻ばせた。



「おやおや、鈴那(りんな)じゃないか? 何か用かい?」

「……はい。緑玲(りょくれい)()様に頼まれまして」



 恋花は鈴那と呼ばれた、おそらく女官の彼女の言葉に声を上げそうになった。何故なら、今までその女性のための麺麭(パン)を作っていたのだから。まだ味見もしていないので、持っていくわけにもいかない。しかし、別の用件かもしれないので黙っておくことにした。



「緑玲妃に? 八つ時の菓子かい?」

「……いえ。この香りですが」

「! そこの恋花と九十九(つくも)が作ったものだよ」



 だが、やはり。ここで調理していた麺麭の香りが、後宮の一部にでも届いたのだろう。煙に混じり、香りが外に漏れたのかもしれない。町にいた頃でも子どもらが嗅ぎつけてくるくらいだから。


 さておき、崔廉に紹介されたため、鈴那も改めて恋花を見てくれた。華美ではないが、整った服装に顔立ちは……身分まではわからないが、後宮で出歩く女性に相応しい出立ちだ。適当に揃えたわけではないが、恋花など霞んでしまうくらいに。



「……お初にお目にかかります。(こう)恋花と申します」

「……鈴那です。あなたがこの香りのものを?」

「は、はい!」



 表情が固いように見えるが、怖いとは思わない。むしろ、少し安心出来るような優しい雰囲気は感じ取れる。表情で読み取りにくい分、そちらで補っているのかもしれない。



「率直に聞きます。こちらで何を作っていたのですか?」

「え……っと、麺麭(パン)と言うものです」

「……ぱん?」

「いい匂いだろう? 陛下からお願いがあったものを作っているんだ。ちょうど、緑玲妃にお持ちするように頼まれてたものをだよ」

「……陛下から? この者は陛下からの勅命を?」

「は、はい……」



 崔廉の言葉に、鈴那は少し眉間に皺を寄せたがまたすぐに元の表情へと戻した。そうして、もう一度恋花に向き直ると肩に乗せていた小さな九十九を手の上に乗せてきた。



『是。この者に間違いない』



 鈴の音のような愛らしい声だ。それに髪飾りが鈴なので、先程の音はこれだったのだろう。しばらく、九十九はそこに乗っていたが、恋花を見上げると小さな手を伸ばして頬を触ってくれた。



「あの……?」

『苦労を重ねてきた幼子よな。この匂いは緑玲妃もひどく気にしていた。あの方へのためなら、運んでくれぬか?』



 見抜かれた、ような気がした。恋花の内側を。


 (りょう)とてすべてではないのに、恋花のこれまでの生き筋を見通したかのような、けれども優しい言葉だった。


 だから、恋花はついに、紅狼(こうろう)の前以来、誰かの前で大粒の涙をこぼしてしまった。



『……恋花』



 梁も恋花を責めることはなく、抱きしめてくれた。九十九は泣くこともなく、身体は冷たいはずなのに……どこか優しくて温かく感じたのだった。


 しばらく、誰も声を掛けることなくその時間が続き。落ち着いてから、鈴那が己の九十九を受け取ってこう告げてきた。



「恋花殿。あなたの作られたもの、私がまず食べてみていいでしょうか?」



 毒味を直接的に言わないのは、恋花の涙で言うのを避けてくれたかもしれない。その優しさにまた涙ぐみそうになったが、袖で拭ってから首を縦に振った。


 そろそろ少しは冷めたであろう、くりぃむの麺麭を彼女にて渡したのだった。

次回はまた明日〜

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