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第2話 無しの少女①

 神羅(しんら)皇帝の時代から数百年が経ち、争いは鎮んで世は太平となった。


 争いの元となった『九十九(つくも)』。彼らの姿形や『能力』とされる異様な力は、個々によって違うが……どの人間にも等しく存在していた。


 語らい、寄り添い、護り合い。


 道ゆく人間らは、九十九らを顕現(けんげん)したり、内に取り入れたりと様々ではあったが、常に傍らに置いている世となった。


 だが、現世の唐亜(とうあ)帝国の一角には、それが『無い』人間が一部いた。


 住居区の端の端。少しばかり凝った作りの家屋が一軒。


 煮炊きをしている刻限だからか、家屋から伸びた白くて細い湯気が、空へと昇っていた。もちろん、あちこちから煙が立ち上っていたけれど、幾らか甘いだけでなく香ばしい薫りがするのだ。


 それを覗き見る、小さい影がいくつか。まだ幼い子どもらだった。



「……やっぱり、いい匂い」

「けど、ここ『無し』の家だろー?」

「だけどさあ? いい匂いするじゃん。何作ってんだろ?」

「ください言ったら、分けてくれるかなあ?」

「ダメだろ? 媽媽(マーマ)に怒られるぜ?」

「だってだって、こんなにもいい匂いするんだぞー!」



 騒ぐことで、中に居る者に気づかれると分かりにくい年頃ゆえか、出てきた者を見て子どもらは大声を上げた。



『あ、あ、あ!?』

「……聞こえているよ」



 出てきたのは、女。と言っても、妙齢のではなくてほっそりした身体付きの、十六歳ほどの少女だ。顔立ちもまだまだ育ちが幼く、あどけない風貌である。子どもらは、初めて見るわけではないのだが……この少女が異質であると親などにキツく言い渡されていた。


 人間に誰しも寄り添う存在……九十九が居ない少女なのだと。



『わあああああ!』



 決して恐ろしい顔立ちではないのに、『無し』と言い聞かされてきた存在なため、恐怖心が急に沸いてきたのか。子どもらは逃げるようにその場から去っていった。


 少女は少し驚いたように目を丸くしたが、すぐにそれを解いた。己の異質さなど、とうの昔から知っているのだからと。



「……あ、いけない。焦げちゃう」



 そんなことよりも、と少女は家の中に戻り、子どもらが集まってきていた『理由』のところへと向かった。


 釜戸が主な調理する場である煮炊き場。


 そこには何故か、陶磁器を焼くためのような釜戸までもが揃えられていた。鉄の蓋を開けて、やけどしないように厚手の布を手に巻き付けてから中身を取り出す。


 香ばしい匂いの正体は、焼いた饅頭のようなもの。


 だが、それを少女は違うものだと知っている。



「……うん。良い『あんぱん』だわ。夢通りに出来たかも」



 九十九が居ない存在である少女──黄恋花(こうれんか)ではあったが、それが『無い』代わりに特異な能力を所持していた。


 夢見を通じ、先の世の光景を視て……その中の料理、主に『麺麭(パン)』と言うものを再現出来る能力。


 今朝方も、それを視て、恋花は麺麭作りに勤しんでいたのだ。それを共に食べるのは、今のところ……両親のいない恋花には、祖母の玉蘭(ぎょくらん)しかいなかった。

あと一話

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