第11話 発酵無し麺麭
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生地は麺麭の要と言ってもいい。
包子のふんわりしてもちもちした食感とは違う、甘さと香ばしさが独特の生地。黄油や老麵などがある場合だとそれが活かされるが、その場合だと『発酵』に時間がかかってしまう。
その欠点が今回の場合、よろしくないと思った恋花は重曹を使って、発酵をあまり必要としない生地にしようと決めたのだ。
『恋花、材料を入れた』
「ありがとう、梁」
己の九十九だとわかった、梁はとても手際がいい。祖母の玉蘭に化けていたこともあって、恋花のして欲しいことをよく理解している。あの玉蘭も、寝ていない間は恋花と共に麺麭を一緒に作ってくれていた。いつからかはわからないが、九十九が『無し』でいたお互いの溝を埋めるような、寂しさを紛らわす行為だったか。
だが、今は違う。
九十九が戻り、身内以外の他者に認められようとしていた。先見の能力は、夢を通じての麺麭作りの光景しか映らないので、現実を予見出来るものではない。見られなかった未来が、このような形になると恋花自身も予想外だ。武官の紅狼が訪ねて来なかったら、ずっと籠った生活を続けていただろうに。
『鍋は温めておくか?』
「お願い」
生地の準備が出来、分けてもらった餡を包んだら鍋に薄くごま油を敷く。今回は窯がないので、鍋で『焼く』工程をするのだ。持参したあんぱんと同じまではいかないが、きっと美味しく出来るはず。そう信じて、恋花は生地に餡を詰めていった。
梁とすべて包み終わったら、鉄鍋の中に少し間を空けながら生地を並べていった。
ジュッ、と音が立つがこれでいい。火を小さなものにしてから、蓋をしてじっくり焼くのもコツだ。
「変わった作り方だねぇ?」
片面が焼けるまで、片付けを梁としていると崔廉が少し覗きに来てくれた。
包子と違い、鍋で直接焼く方法など普通の料理以外はないだろう。恋花とて、夢見で方法を知らなければ考えもしなかったものだ。
「……持参したようなものだと、窯が必要なので」
「ん? この釜じゃ出来ないのかい?」
「いえ。陶器を焼くような、窯です」
「……どう使うのさね?」
「鉄の板の上に、油を薄く塗って生地を置いて」
これまでの恋花なら、大人との会話を祖母以外は避けていた。九十九が『無し』の存在。神に愛されぬ、罪の子ども。などと、野次などを飛ばされる事が常で、同年代の友だちなどもいなかった。だから今、『有り』と言うことで普通に他者と会話が出来ていることが嬉しい。まだ出会ったばかりだが、紅狼の言う通りにこの点心局の人間は恋花を蔑んだりしなかった。
「……そんな道具がいるんだねぇ? 主上がもしお気に召されたら、作ることを考えようかね」
「しゅ、主上!?」
その言葉に、恋花は少し忘れかけていた。宮仕えで居場所に近いところが出来ても、本題は皇帝の九十九と接触することだ。彼の九十九の能力が、玉蘭の封印を解く鍵となるかもしれない。今はいない紅狼が動いているだろうが、恋花は可能であれば直接申し出たかった。玉蘭の封印を解いて欲しいと。
『恋花、そろそろ焦げる』
びっくりしている間に、梁が火の通り具合を教えてくれたので頭を切り替え。片面が綺麗な茶色になった麺麭をヘラでゆっくりひっくり返して、もう少し油を足し……また蓋をした。
次回はまた明日〜




