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第2話 皇妃は如何にして花を導くか

 さて、夫でもある皇帝の斗亜(とあ)に提案はしてみたものの、具体的にはどう進めていこうかと皇妃となる緑玲(りょくれい)は計画を練ってみることにした。


 実質的には料理人見習いではあるが、現在では点心局長の崔簾(さいれん)の右腕存在になりつつある、国の大恩人となった恋花(れんか)のことだ。記憶を旅立った彼女の祖母に封印されていたようだが、斗亜や緑玲の従兄弟でもある紅狼(こうろう)にとっては特別であった幼馴染み。


 緑玲は直接会っていなかったが、自身にも記憶の封印が掛けられていたのか当時の斗亜らから聞いていた可愛らしい少女の話は思い出していた。とても素直で、紅狼が非常に可愛がっていた幼い女子。まさか、時を経てその少女が彼の婚約者になるとは思ってもいなかったが。


 緑玲自身、もし記憶の封印がなければ。もっと親しい間柄になっていたかもしれない相手だった。斗亜の特別な妹分であれば、彼が気に入る相手を蔑ろにしたりしない。事実、恋花はこれまでの事情を抜きにしても、緑玲自身非常に大切な存在だと思っている。


 命の恩人でもあるが、後宮に参上してきたあの時点で緑玲は恋花を気に入っていたのだ。自己主張もなく、控えめと言うよりは挙動不審な箇所もあったりはしたが。それでも、斗亜の命令で緑玲にとても美味しい麺麭を振る舞ってくれたときの、あの輝かしい表情。


 どれだけの苦労をして、その技術を身につけたことか。下手に誇張せずに、ただただ美味しいと口にした緑玲への素直な感情を向けてくれたのだ。気に入らないわけがない。もともと顔立ちも可愛らしい感じであるし、磨けばさらに愛らしくなるだろうとは思ってはいた。そんな彼女が、国を救うまでの道標をしてくれたのだ。緑玲の命も、お腹の子の命も救ってくれた。


 恋花のために、なにかをしたいのは本当だ。皇妃に決定するきっかけとなった事件ではあったが、恋花もその事件の最中に紅狼と結ばれることになった。だから、きちんと幸せになってほしい。公にしていないが、九十九(つくも)が無い生活を強いられていたこれまでの生活を癒すためにも。


 紅狼の方も、暴走したとはいえそんな恋花がとても大事なのだから。こればかりは女子との恋事情を避け過ぎていた、経験の無さ過ぎが暴走したせい。けど、その方が結果的には恋花ひとりを愛していたと同じだから大丈夫。


 あとは、二人の不器用な恋事情をどう結び付けていくかだ。



「難しいわ……」



 側仕えの女官や下女らをあえて下げさせ、己の九十九とだけ部屋に居るのだが。斗亜が来るまでうまく考えをまとめたいのに、なかなか思い通りにいかない。自分で言っておきながら、緑玲も斗亜ひと筋だったためにあまり経験がないのは紅狼のことを言えなかった。



『緑玲。なにも然程難しいことではなかろう?』



 九十九の真琴(まこと)は美しい蝶の姿で、緑玲の隣に寄り添ってくれていた。望めば人型にもなれるようだが、余程のことがない限りとりたがらない。本人曰く、美し過ぎて眩しく感じる人間が多いそうだ。



「そうは言うけれど、あの恋花よ? 可愛らしいし、最近自信が持てるようになったからか。紅狼がいても、下人たちにも人気だとの噂よ? それを彼が知らないわけがないわ」

『であるな』



 そう、緑玲は斗亜が知らないようなのであえて告げてはいなかったが。恋花は今後宮だけでなく、宮中での人気も高くなりつつある状況。稀代の術師で元宮廷料理人の玉蘭(ぎょくらん)の孫。国の英雄に匹敵する存在にもなっている、九十九の(りょう)も彼女の寄り添う者として相応しいくらい凛々しくて美しい男性体。実は、紅狼の九十九の雷綺(らいき)と恋仲なのは異例の異例なのでまだ公にはなっていないが。


 ともかく、正体と本人の心の安寧が整った今。もともとの愛らしさに磨きがかかり、ここぞとばかりに狙おうとする男が多いと聞く。下手すると側室に迎えようかと画策する愚か者までいる始末。それを紅狼はおそらく知っているだろうが、今喧嘩していては冷静な判断が出来ないだろう。


 それだから、緑玲も斗亜のように少し焦っていた。きっと、斗亜も知っているだろうから紅狼を煽っていたのかもしれないが。結果的によろしくない状況なので、ここはもう、うまく事を進めるにも慎重にいきたい。恋花を特に心配しているからだ。



「……まずは、恋花に直接喧嘩の原因を聞かなくちゃ」



 又聞きであったので、そこを確認せねば対策も練りにくい。なので、女官の鈴那(りんな)を呼んで、恋花を参上させるために厨房に派遣したのだった。

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