4話
真夏の太陽は天辺を通り越し、傾き始めていた。まもなく夕暮れ時がやってくる。まだ日があるうちに捜索しようと役割分担を相談し合う。
命は以前社内イベントで撮影した写真から宮本の姿を探して、スマホで表示してみんなに見せた。
「この人を探して欲しいの」
「おで、飛べるから、空から探すぞ」
「それはいいわね。空は与平に任せるわ」
「じゃあ、おらは川を探すだ。水辺のあやかしにも聞いてみるだよ」
「河童さん。よろしくお願いね」
「ゲコ。泥田坊がまた悪さするといけない。わしは田んぼを見て回る。知り合いのあやかしにも見かけなかったか聞いておこう」
「ゲコさん。よろしくお願いします」
「うちは幽世を探すわぁ。この暑さじゃ、うちは外を歩き回れんへんし。万が一、幽世に迷い込んでたら、その人が危ないわ」
「そうね。幽世は氷雨に任せるわ」
「あたしは鈴と一緒に駅で張り込ませてもらうよ。年寄りがこの暑さの中歩き回るのは厳しいですからね。車で来たんじゃないなら、帰る時に駅には行くんじゃないかい。それに……ヒノエサマについて調べておきたいんでね」
「ああ、ヒノエサマが何のあやかしなのか、わからないですよね。誰かわかる?」
命の問いかけに、あやかし達も皆、わからないと返した。
「SNSの記録を辿って、何がきっかけでそう呼ばれるようになったのか、調べてみるよ。時間がないから正確な所はわからないだろうがね。まあ、何か手がかりにはなるだろうよ」
「榊先生。よろしくお願いします」
「僕は命さんと一緒に探すよ。命さんを危ない目に合わせない。ヒノエサマが何かもわからないのに、一人にできないよ」
「……そうね。今回は永久が言う通り、危ないかもしれないものね」
ヒノエサマがなんのあやかしかもわからない。泥田坊のように人を襲う危険なあやかしかもしれない。
そこで永久が着物の袖を揺らす。何匹もの綿毛が宙を舞った。ケセランパセランだ。
「これ、みんな持っていって。ケセランパセランに話しかけたら、全部僕に聞こえるから」
「便利ねぇ……でも、どうしてケセランパセランに話しかけると、永久に聞こえるの?」
命が不思議そうに問いかけると、榊がこほんと小さく咳をした。
「今は細かいことはいいんだよ。これは電話みたいなもんかね?」
「そうだね。僕の声をケセランパセランから届けることもできるよ」
「幽世でも聞こえるん?」
氷雨の問いかけに永久は首を横に振る。
「幽世は時間の流れが違うから難しいね」
「そうなん? なら連絡する時は、常世に戻ってから声かけるわ」
分担を確認しあって、各自が捜索に向かった。
命と永久は最初に、ヒノエサマの石がある場所に向かった。途中の道は整備されていなかったが、人の行き来が多いのか道は踏み固められていた。
木々の合間にある朽ちた祠は蜘蛛の巣が張っているのに、その隣の石は妙に綺麗だった。
永久が石に触れて眉根を寄せる。
「何かが、ここに居た感じがする。でも、今は誰もいない。宮本って人は、この石に触ったんだよね?」
「佐々木さんはそう言ってたわね」
「もしかしたら……憑かれたのかも」
「憑かれる?」
「あやかしが人間の体を乗っ取るってこと。普通は成功しないけど、あの人病気だったんでしょう? 弱ってる生き物なら上手くいくかも。何か条件が一致すればだけど」
念の為、二人で周辺を見て回ったが、他に手がかりになりそうなものはなかった。
永久がケセランパセランを通じて、話を聞いて回る。
『おらの声、聞こえてるか?』
ケセランパセランから河童の声が聞こえてきて、命は驚きつつ白い毛玉を見つめた。
『川に落ちた人間はいないって、みんな言ってるだよ。でも、上流からなんか嫌なもんが流れてくるって、騒ぎになってる』
「上流って……どっち?」
『湖の方だ』
命は奥多摩湖の地図をスマホに出して、その周辺を見つめる。
「与平さん。湖の方を探してもらえないかしら? 開けてるから空から見つけやすいと思うの」
『わかった』
そこでゲコから連絡があった。
『田んぼ見て回ってたら、雪女が落ちてた、ゲコ』
「落ちてたって……氷雨が? 幽世に行ったんじゃないの」
『……命、ごめん。暑さで倒れただけなんよ』
『あかしやに連れてく、ゲコ』
「私達も一度あかしやに戻りましょう」
あかしやに戻ると、冷房で調子を取り戻した氷雨が、アイスティーを飲みながら椅子に座ってた。
「幽世はどうだったの?」
「んー。探したけど見つからんかったんよ。人間が迷い込んだって噂もなかったし、たぶん大丈夫やと思うんよ。探してる間にだいぶ時間が立って……幽世って時間の流れが逆やから、戻ってきたら……」
「過去に戻ってたのね」
「もしかしたらヒノエサマと会う前の宮本って人に会えるかも思ってん」
「それで宮本さんを見つけたの?」
「せや。ヒノエサマの石のところで、急に走り出したから追いかけたんよ。そしたらコンビニに入ってん。すぐ出てきたけど買い物袋を持ってたん。なんか買い物したんやな」
「……買い物をする余裕はあるのね。そのあとどこに行ったのかしら?」
「その人には、うちのこと見えへんし。後つけようとしたんやけど……この暑い中歩き回ってたら動けんくなって」
「それをわしが見つけた、ゲコ」
コンビニに立ち寄るくらいなら、電車で帰ってないだろうかと思いつく。駅にいる榊に問いかけた。
『駅にずっといるけど来てないね。鈴にも見張らせてるから間違いないよ。ヒノエサマについて、SNSの記録を辿ってみたんだけどね。最初の頃はただの縁切りじゃなかったようだよ』
「どう、違うんですか?」
『彼氏や旦那が浮気した。浮気相手の女と縁を切らせたい。そういう人が、ヒノエサマの所に行ってたようだね』
「男女の縁を切るってこと、ですか? そういうあやかしがいるんですか?」
『心当たりはないね。SNSってのは伝言ゲームみたいに情報が歪んでいくから、あやかしの逸話がねじれているかもしれねぇ。男女の縁切りが、あらゆる縁切りに変わって、良縁を結ぶなんて都合がいいものまで加わって。そのどこまでご利益があるんかねぇ』
榊のぼやき声を聞きながら、命は永久の袖を掴んで問いかけた。
「男女の縁を切るあやかしに憑かれたらどうなるの?」
「……わからない。ただ、その宮本って人は、心のどこかで『誰かの縁を切りたい』って思ってたのかもしれないね。その隙を突かれたのかも。あやかしが人の願いを勘違いして歪めてしまうかもしれない。何をしでかすのか、僕にもわからないよ」
相談をしていた所で、彰が車でやってきた。
「今、どうなってる?」
「まだ、宮本さんが見つかってなくて……」
そこでケセランパセランから、与平の声が聞こえた。
「見つけた。湖の側に、いる」
「俺の車で行こう。その方が早い」
「ありがとうございます。永久も一緒に」
「もちろん。命さんの側を離れないよ」
彰が運転する車で、命と永久は奥多摩湖へと向かった。




