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奥多摩古民家茶カフェあかしや〜座敷狐とおもてなし〜  作者: 斉凛
和傘とレモンティーは恋の味
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1話

 梅雨が明けると、夏がやってくる。急激に上がる気温は都心なら耐えられない暑さだが、奥多摩は少し違う。

 奥多摩線沢井(さわい)駅から近い、澤乃井園に命と永久は来ていた。日本酒の『澤乃井』で有名な小澤酒造が作った庭園施設だ。

 川沿いの東屋で涼みながら、日本酒と料理を楽しめる。日本酒バーでお猪口一杯分づつ、色んな日本酒を飲み比べられるのが魅力だ。

 川沿いのせいか風が吹くと夏でも涼しい。東屋から下を見下ろせば、カヌーが川をくだってっていくのが見えた。

 命は長い黒髪を首の後ろで結んで、ラフなTシャツとジーンズ姿で東屋に座っていた。手には割り箸を持ち、モツ煮や名物の豆腐をつまみに日本酒を飲む。合間に食べる酒まんじゅうがまた美味しい。

 命の向かい側に座った永久は、普通の人間の姿をとっていて、命と同じようにTシャツとジーンズ。シンプルな服装なのにスタイルがよく見える。イケメンは得だ。

 永久は蕎麦が気に入ったようで、日本酒を飲みながらツルツルと食べていた。


「永久はお酒好きなの」

「うん。昔はよく飲んでたよ。命さんも?」

「お酒は好き。お茶オタクにはお酒好きが多いのよ。同じ嗜好品だからかしらね」


 お茶もお酒も生きる上で必要がないものだ。そこに金と時間を注ぐオタクがどちらも好むのは、当然の結果かもしれない。

 永久は丁寧に箸を下ろして、おちょこで酒を一口飲む。ほっと息を吐いて周囲を見回した。


「外で食事は気持ちが良いね」

「本当にね。あかしやも川沿いにあるし、野外席を作りたいけど、日差しを遮るものがないと暑いものね」


 東屋の屋根を見上げて、小さくため息をつく。庭は広いから東屋を作ることは可能だが、その予算はない。

 永久が食べる手を止めて、じっと考え込んだ。


「日差しを遮るものがあれば良いの?」

「そうねぇ。何かあるの?」

「蔵の中に和傘があるよ。野点のように庭に建てて、お茶を飲む場所にするのはどう?」

「ああ……いいわね。野点。でもそんな大きな和傘があったかしら?」


 命は小さく首を傾げた。何度も蔵に入ったことがあるが、野点にできるほどの大傘を見た覚えはない。


「大きさは変えられるんだよ。傘のあやかしだからね」

「あやかしなのね。……まいっか」


 すでに鉄瓶のあやかし鉄爺を店で使っている。普通の人にはただの和傘にしか見えないなら良いかもしれない。

 命は酔った勢いか、いつもよりテンション高めに言い放つ。


「帰ったら、野外席を作るわよ!」




 あかしやに帰ると、さっそく蔵の中を探す。一見すると赤い番傘を見つけた。


「あった。これね」

「待って、命さん!」


 永久の静止も聞かずに番傘を手に取ると、傘の部分に一つ目が出てきて、ぎょろりと命を見つめた。

 びっくりして命は思わず傘を落としてしまうが、傘はふわりと宙に浮いた。いつの間にか持ち手が一本足になっている。目の下に口が開いて喋り出す。


「……永久と、その主人だったか? おでに何かよう?」

「仕事を手伝って欲しいんだ。命さん。こちらは、からかさ小僧の与平だよ」

「こんにちわ。与平さん。庭に日影を作りたいのだけど、頼める?」

「嬉しいなぁ……おでをまた使ってほしかっただ。ありがと」


 からかさ小僧の与平は嬉しそうにくるくる回る。宙に浮く傘なんて客に見られたら大変だ。


「お客さんの前では、宙に浮いたりしないでね」

「ああ、気をつけるだよ」

 

 永久と与平と一緒に庭へ向かうと、木の近くの比較的涼しい場所を指で示した。


「ここに日影を作りたいの。小さい椅子とテーブルが置けるくらいの。できる?」

「わかった」


 与平は宙に浮いたかと思うと、ぐんぐん大きくなった。そのまま持ち手を地面に突き刺すと、二人くらいなら十分座れそうなスペースができた。

 命は傘の下に入ると、日差しが遮られ、川から吹いてくる風が涼しい。


「これは良いわね! 試しにここでお茶しましょう」

「わーい。命さんのお茶! 何が良いかな?」

「やっぱり暑い時にはアイスティーでしょう。永久も手伝って」


 永久が蔵から小さいテーブルと椅子を運ぶ間に、命がお茶の準備をする。あっという間にあかしやに野外席が生まれた。


「今日は、レモンティーとティーゼリーよ」


 透明なグラスに注がれたアイスティーにはスライスのレモンが浮かんでいる。器に盛られたゼリーが艶やかで、目にも涼しげだ。


檸檬(れもん)は果物だよね。お茶に入れるの?」

「まずは飲んでみて」


 永久がおそるおそる飲むと、パーっと笑顔を浮かべる。


「さっぱりして美味しい。檸檬(れもん)の香りが良いね」

「夏にぴったりよね。このティーゼリーのシロップにもレモン果汁を使ってるのよ」


 紅茶をゼラチンで固めただけの、甘さのないゼリーの上に、レモンと砂糖で作った甘いシロップがかかっている。

 スプーンですくって食べると、ぷるんとした食感とさっぱりした甘味、レモンの香りが爽やかだ。


「ぷりんより、ぷるんとしてるね。美味しい。暑い夏にぴったりの味だよ」

「そうよね。材料費も安いし、手間もかからないし。定番メニューにしようと思ってるの」

「ぷりんが一番だけど、これはこれで、毎日食べても飽きないなぁ」


 嬉しそうにゼリーを食べる永久の姿を眺めて、ちらりと上を見る。大きな和傘はとてもあやかしには見えない。


「雨傘かと思ったけど、ずいぶん日差しを遮ってくれるのね」

「それは、おでが、頑張ってる」


 唐突に傘に目と口ができて、口から舌が伸びる。思わず命がのけぞると、与平は目を細めた。


「驚いたか? 久しぶりの悪戯、楽しいな」

「驚いたわよ。お客さんにこんなことしないでね」

「だいじょぶだ。おでは、普通の人間には、普通の傘にしか見えないからな」


 与平は舌を引っ込めて、じっと命を見る。


「おでは、使われなくなって捨てられた傘のあやかしだ。だから人に使われたいんだ。人の役に立つなら、日除けも雨避けも、頑張るだよ。おでにできるのは、それくらいだしな」

「あやかしの不思議パワーで日除け対策されてるのね。うーん。凄い」

「褒められると、嬉しいな。こんなことも、できるだよ」


 与平が得意げに舌を揺らすと、ぐっと目を瞑る。すると与平とは別に和傘が何本も現れた。


「おでの分身、みたいなもんだ。おでと違って、動けないし、しゃべれない、普通の傘だけどな」

「わぁ……傘が増えた! これで野外席を増やせるわね。ありがとう」

「お安い御用だ」


 永久と一緒に庭に傘を並べていく。さすがに暑さでバテ始めたので、クーラーが効いた店の中に入った。


「くーらーって凄いね」

「文明の利器、万歳よね」


 初めてクーラーをつけた時、永久が驚いてピョンと跳ねたのを覚えている。すぐに慣れて、もはやなくてはならない存在になっていた。

 水分補給に水を飲み干して、ガラスの引き戸越しに庭を眺める。

 緑が眩しい庭に赤い和傘が並ぶ景色は、店の中から見ても美しかった。

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