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「異世界グランダリア生活記(6)~老人の半ズボンはやたらと丈が短く、若者の白衣は右袖がだらりと垂れ下がっていた……/中編~」

 薄暗い本棚の影。そこに身を隠してチラリとのぞくように様子を探る。


 私が目覚めたベッド周りも雑多なものだった。本棚の影を歩く最中さなかも時折足先に本が当たって気を悪くしたものである。


 それらは……覗いた先にみた光景からすれば生易なまやさしいものだったと知った。


 積み上げられた本が山になっている。それらは書物の雪崩なだれ幾度いくども繰り返したのであろう。斜面が出来上がっており、たぶん腕白わんぱくな子供なら登って遊ぼうとするような光景だ。少年時代なら私だって登って滑り台みたいに遊んだに違いない。


 少し高めの天井辺りまで積みあがった本の山。それに半分ほど隠されたようにして窓から陽射しが射し込んでいた。カーテンは左右にしばってあるようだが……とても開け閉めできる状況には思えない。


 そしてたぶんだが、テーブルがある。大きなテーブルだったのだろうが……書物の山に大半がもれているので全容は知れない。それに無事な面積にもメモやらなにやらと、紙が散乱していて材質を知ることすら難しい。


 パサパサと紙類が落下するテーブル。そこには蝋燭ろうそくが1本立っているが、これは大きな窓が不十分な有様なのでそれを補助するための光源なのであろう。本やメモなど紙が散乱しているテーブル上の炎……どう考えたって、“危ない”ものだ。


 危なっかしい炎がらぐ。それはとめどなく浴びる風によってなびいている。


 とにかく“落ち着きがない”からだ。「何が?」というと……。


「――‥‥、‥‥‥‥。‥‥‥した‥に‥点がしょうじるとするならば、それはどちらの理合りあいによる作用であろうか? また、接した時に矛盾むじゅんした定理が存在する場合、その不具合はどのように解決される? すなわち、整合性をたもつのはその権限を有する概念がいねんでなければならない……ということを返して見るに、つまりは権利の所有者は証明を受けるはずだ。となれば、その証明こそが――」


 何かをつぶいていた。その内容がどのような独り言だったのかまるで思い出せもしないが……ともかくまくし立てるような独り言だったとだけ私は理解している。


 そこにいた人――“彼”は何かを呟きながら一心不乱にペンで何かを書きなぐっていた。


 モサモサとさわいでいる。ボリューム感のある白髪……染められもかざられもしない、としにあるがままの白い髪が小刻みな動きに合わせて揺らぐ。


 茶色いセーターのそでから出た右手がガシガシと乱暴に白髪をく。左手で刻まれる筆記のビートに合わせて身体全体が震えているように見えた。


 背後から見たらセーターによって体格よく思えるが……“彼”は実際のところは細身である。


 厚手のセーターによる上半身の重厚な具合と、“半ズボン”からもろ出された脚の細さから受ける凹凸な印象……。


 その時、私は思ったものだ。「なんて恰好かっこうしてんだこの人は……」と。


 そうしてチグハグな後姿に気を取られた私。そこに油断がしょうじたのであろう。


「なんて恰好してんだあの人は――――あっ!?」


 うっかりだった。もっとよく見ようとさらに身体を乗り出したことで、私は本棚に肩をぶつけた。それによって一冊の本が床へと落下していく……ちゃんと仕舞ってないから、そうして簡単に落ちてしまうのだ。


 ともかく、本棚からこぼれた本は木板の床へと落ちた。「ドサッ!」とした、明確な落下音が発生する。


「――――!!!?」


 その瞬間、白髪の人は動きをとめた。それまでせわしなく身体を揺すって一心不乱な筆記を行っていた“彼”はまるで石化したかのように静止した。


 そして、数秒間の硬直ののち……。


「――――なるほど、解ったよ。“納得”できた……だからもう、満足だ」


 【分厚い眼鏡】のレンズ。振り返った白髪の人の表情。


 そこには満面の笑みがあった。ゆがんだ表情の口元にある歯は完全ではなく、何本か失われているらしい。


 レンズの屈折によって目元が特に歪んでおり、ひとみが異常に大きく見えた。そして顔にはシワが多く、それは笑顔だからという理由だけではない。


 その年齢からして、顔にシワが多くあることは不自然なことではない。


 白髪の人――“分厚い眼鏡の老人”は満面の笑みを浮かべて“こちら”を振り返った。


 シワだらけの笑顔でハッキリと、その老人は私のことを見ている。窓から差し込む陽射し、テーブル上の蝋燭によって逆光の横顔に揺らぐあかりがかかる。


 欠けた歯の口を開いた笑顔の老人……分厚いセーターによってその時は体格よく思えた彼が、ゆっくりと私に近づいてきた。


 本棚の影に身を隠していた私は老人の笑顔を不気味に感じ、咄嗟とっさに重厚な書物を胸元に身構える。


 しかし、そうしながらも動けない。私は声も出せず、後ろに下がることもできずにゆっくりとせまる老人を見続けた。いっそ跳びかかってくるなりされれば逃げたのかもしれないが……みょうにゆったりとした動作だったのでかえって動けなかった。


 間近にまで迫った老人は笑顔のまま、右腕をこちらに伸ばす。そうして私の肩をつかむと欠けた歯の口を近づけてくる。


「ひ……ヒィィッ!!?」


 ここにきて私は恐怖を自覚した。それまで漠然ばくぜんと「不気味だ」と思っていた感情が明確に拒否反応へと変化したのだろう。


 思わず重厚な書物で自分の顔を護った。かかる老人の息がわりと臭かったからそれへの突発的な防衛反応だったのかもしれない。


 そうして結果的に老人の眼前へと突き出された重厚な書物……。防衛のために盾として用いられたそれを見て、老人は言った。


「おぉ……きみ、ファイザー女史の課題に興味があるのかね?」


 その時は何を言われたのかも解らなかった。そして今だってその回答をまともにすることはできない。だって、まるで知らない事柄だからである。


 ともかく。重厚な書物越しに何かを言われた私は「ひぃぃ!?」と重ねておびえた。


 怯えて硬直していると…………しばらくして、気配が無くなったことに気がつく。


 恐る恐るに私は書物を降ろした。すると……老人はすでに眼前からいなくなっていた。


「君、“コウタ”くん……紅茶を飲みたまえよ。少し、話でもしようではないか?」


 そのように言葉が聞こえた。書物を降ろした視界の先にはノソノソとして動く人影が見える。


 それは白髪の老人であり、茶色いセーターにたけが異常に短い半ズボンのよそおいが非情に見苦しい。今にして思えばだが、それは下着のパンツだったのではないか疑惑が私の中にある。


 半ズボンの老人は何かカップを手にしており、左手でテーブル上の紙類を押しのけるとカップをテーブルに置いた。本やらメモなどがゲーセンのメダルゲームかのようにバサバサと落下していく。


 そして指し示される椅子。テーブルの横にポツンとある背もたれのない椅子が指さされているのだが……私は動けない。


 状況を飲み込めず、私は硬直したままセーターの老人を注視していた。そこにあるのは別に笑顔でもなんでもない、ぼんやりとした表情の老いた人でしかないのだが……さきほどの狂気じみた笑顔を眼前としたので警戒がすぐには消えなかった。


 そうした私の感情を……察することなどなかっただろう。そんなことを“彼”が気にするわけもないが……ともかく眼鏡の老人は何かキョロキョロとしていた。


 しばらく挙動不審にすると……老人は本に埋もれた低い棚の上を押しのけ、そこに腰掛けた。どうやら椅子をすすめたはいいのだが、自分の座る場所を考えていなかったらしい。だから無理やりに棚の上に腰掛けたのだろう。


 そうしながら老人はもう1つ用意したカップに口をつけた。そこからただよかおり……これは目覚めた時に感じた「ほのかな甘さ」の理由、つまりは“紅茶”である。カビ臭さはこの部屋にある古い本や棚によるものだ。


 紅茶を飲みながら老人は部屋の天井を見上げた。そうして何も言わず、ただそこに何かを視ているかのように大人おとなしくしている。その表情は実におだやかで、自然体そのものな油断しきった様相に思えた。


 すっかり落ち着いた老人。その様子を見ていた私もしだいに気持ちを落ち着けて……されど警戒はしながらも……老人を注視しながら椅子へと腰を降ろす。


 思えばのどだってかわいていた。もう、きっと何時間も何も口にせず飲んですらいなかったのだろうから。


 香る甘い匂いにつられて、私はカップを手にした。そうして一瞬だけためらいながらも、それを口にする。


 それを見た……わけではないだろう。だが、それと同時に老人が口を開いた。


「コウタくん……どうだね? それは……その紅茶という飲み物の味はどうだい?」


「――――えっ?」


 私はその時何かをかれた。しかし、警戒心もあってかすぐには答えられなかった。


 数秒の沈黙をはさみ、私は恐る恐るに回答する。


「こ、紅茶……ですか? はぁ、まぁ……おいしい……です。ありがとうござい……ます?」


 なんとも半端な回答になってしまったが、それも仕方がないことだろう。普通にだれかの家にまねかれて紅茶を出された上で「紅茶のお味はどうですか?」と問われれば、簡単に回答できる。


 だが、その時は状況が異なっていた。さらに言うならば……微妙に、質問の意図に違和感を覚えた。


「ふぅむ、おいしい……か。それは変わらずかね? 見知った味、ということでかね?」


 老人は続けて質問を繰り出してくる。なかば混乱状態にある私はまたすぐには回答できず、少し考えてから答えた。


「えぇ、あの……普通に紅茶だなぁって・・・・・あっ!? もしかして、その、これって高い紅茶ですか? そう言われると何か、そうですね……普通のより甘くて美味しい感じがします!!」


 この時点から私の意識は鮮明となっていた気がする。というよりは職業病というべきか……質問の意図を推察して「お世辞を言わないきゃ!」と、社会人たる者のマナーをまっとうしようとしたのであろう。実際、美味しい紅茶ではあったのだし……。


 私は笑顔を作り、口調を上ずらせて回答を行った。そうした回答を聞いた分厚い眼鏡の老人は天井から視線をこちらに移し……そして、優しく微笑ほほえむ。


 その笑顔は先ほどにあった狂気じみたものではなく、私がよくやるようなつくろったものでもない。


 ただ、自然体にあるだけの表情だったのであろう。今なら、そのように理解できる。


「そうか。“普通”に、普通“より”……か。なるほど、そうだろうなぁ……いやいや、別にそう高級なものでもないと思うよ? ともかく、回答をありがとうコウタくん」


 小さな棚に腰掛けた老人。パタパタと、半ズボンからあらわとなった両足が揺すられている。


 機嫌良く、そうした態度を隠そうともせず。まるで無邪気で無垢むくかのようにしてそこにる人。


 この時、彼はきっと自分の中で確認を行っていたのであろう。だから私の回答を聞いて“納得”し、穏やかな表情を浮かべてうなずいていた。彼が嬉しそうにするのはいつもそういう時だったので今ならそのように思える。


 紅茶の甘い香り――砂糖を多めに入れたらしい紅茶。その味と香りに私は少し安心感を覚えていた。


 甘いものは人の心をリラックスさせる効果があるし、何よりまだ名前も知らぬとなりの老人が“それほど恐くない”と察せられるものがあったからだろう。


 見た目はちょっと怪しいものの……悪い人ではなさそうだな、と。だから私はその時、勇気を出すことにした。


 そう、まずは彼の名前でも聞こうかとしたその時――



「 おぅ、じじィ! 邪魔するぜ!! 」 






つづく






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