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さくらの剣  作者: 葉月麗雄
挿話
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泉凪との出会い 後編

桜と泉凪は互いに中段に構えて相手の様子を伺うが、泉凪の技が発動する。


鬼頭流二乃型朧月きとうりゅうにのがたおぼろづき


まるで剣がゆらゆらと幻のようにいくつにも見える。


(捉えどころのない剣の動き。。)


そこから先に泉凪が仕掛ける。


一乃型明鏡(いちのがためいきょう)


「一文字斬りか。ならば、焔乃舞(ほむらのまい)


桜も身体を反転させての一文字斬りで返す。

二人の木刀は激しい音を立ててぶつかり合う。


「ぐ。。」


「う。。」


互いに腕に一瞬痺れが走るほどの衝撃を受けたが、素早く腕を引き次の攻撃の動作に入る。


三乃型霧氷(さんのかたむひょう)


水平から突きへの変化。

桜もこれに負け時と応戦する。


華一閃(はないっせん)


互いの突きが肩口をかすめ、そこから激しく撃ち合いが続いた。

自分とここまで対等に戦える剣客に久しぶりに出会い、桜も熱が上がってきた。

一方の泉凪も道場で無敵の強さを誇っていたが、これほどまで強い相手との試合は父を除いては初めてであった。


ぞくぞくするような感覚と胸の熱くなるような高揚感。

それに楽しさも合わさり、両者は時が経つのも忘れて撃ち合った。

剣と剣で語り合うという表現がいいだろうか。

二人は互いに相手の力量を認め合い、この人は信頼出来ると感じていた。

二十合ほと撃ち合ったところで泉凪が待ったをかけた。


「桜、あなたの剣は二刀流でも戦えるの?」


「もちろん」


「じゃあ、今度は二刀流でやってみよう」


泉凪がもう一本木刀を桜に手渡し、自らも二刀流で構える。

両者は再び両刀の構えでしばらく睨み合いが続いていたが、今度は桜が先に動いた。

桜はこの戦いでは後の先を取っていた。


泉凪の力量を測るためでもあったが、互角とあれば桜も遠慮はなかった。

むしろ本気で戦い、己の持てる技の全てを出してみたいと思った。


「|桜流抜刀術銀龍牙《さくらりゅうばっとうじゅつしろがねのりょうが》」


桜の技に泉凪も応戦する。


五乃型鶺鴒(ごのかたせきれい)


銀龍牙は右一文字斬り、右袈裟斬り、真っ向斬り、左袈裟斬り、左一文字斬り、最後に突きという左右超神速の六連撃である。

一方の鶺鴒も同じ左右袈裟斬りと真っ向斬りによる超神速の五連撃。


泉凪は五連撃目までは何とか受け止めたが、最後の突きを受けきれず、胴に一撃を受けた。

桜も本気の斬り合いではないので、突きの威力を抑えていたが、それでも泉凪が一瞬呼吸困難に陥るほど強力であった。


「泉凪、大丈夫か?」


「だ、大丈夫だ。しかし両刀による超神速の六連撃とは恐れ入った。私の負けだ」


「私の剣をここまで受け止めたのは泉凪が初めてだよ。さすがに別式筆頭なだけあるね」


桜が握手を求めると泉凪もそれに応じた。


実践未経験でこれほどまで鋭く強いとは予想外であった。

桜は泉凪の実力を見直すと共に、この人が実践で戦いの経験を積んだら、あるいは私を超える剣士になるかも知れないと思った。


一方の泉凪は、桜の抜刀術のスピードとパワーに驚かされた。

女性でここまでの剣を振るうには相当の筋力と骨格が必要であろう。

しかし桜は身長こそ男性並みだが、体型はむしろ華奢と言ってよかった。


この身体でこれだけの剣を振るっていたら、いずれ身体が壊れてしまう。

桜の剣は一歩間違えば己の肉体を崩壊させる諸刃の剣だという事を泉凪は内心不安視した。


試合を終えて泉凪は道場の奥にある自宅の一室に桜を案内した。


「ここは客人をもてなす部屋よ。遠慮なくゆっくりしていて」


泉凪はお茶を入れてくれて、二人はしばらく談笑する。

そして泉凪が意を決したように桜にある話しを打ち明ける。


「桜、実は私は大奥であるお方のお命を狙う者を突き止めるよう命じられている」


「。。そうなんだ」


桜はあえてそれ以上言葉を発しない。

大奥での出来事は門外不出で外部に漏らしてはならない事を知っているからである。

だからこれはここでの二人だけの話しという認識で泉凪の話しを聞いていた。


⭐︎⭐︎⭐︎


それは武術上覧の数日前の事であった。

大奥に初出勤した泉凪は早速月光院の元へと挨拶に向かう。


「鬼頭泉凪でございます」


「面をあげい」


泉凪が顔をゆっくりとあげると、大奥最高の権力者。六代将軍家宣の側室にして七代将軍家継の生母、月光院の姿があった。

齢三十九歳になるが、年齢よりも若く見え、まるで異人を思わせるようなぱっちりと大きな目に高い鼻、白く透き通るような肌が印象的であった。


「お前が最強の別式、鬼頭泉凪か?思っていたよりずっと若いのう。歳はいくつじゃ?」


「十六でございます」


「元服したばかりの小娘ではないか。本当に頼りになるのかえ?」


「言葉よりも実際にその目でお確かめ頂ければ」


「なるほど、噂に違わずいい度胸じゃ。ならば私を狙う敵から私を守って見せよ」


「月光院様を狙う敵?」


「断っておくが天英院ではないぞ。彼奴は確かにこの大奥では目の上のたんこぶじゃ。だが、私の命を狙うような真似はすまい」


天英院とは六代将軍家宣の正室で、月光院の産んだ家継が七代将軍に決定したのを受けて大奥の首座は天英院、次席は将軍生母となった月光院に決まる事となる。


だが、天英院は位が高いだけの名誉職。実質的には将軍生母である月光院の権力が大奥では一番であった。

このため公家出身の天英院と街娘出身の月光院は考え方や習慣の違いからそれぞれの臣下たちを付けて激しくやり合っていた。


「では誰が?」


「それを調べるのもお前の仕事じゃ。せいぜい力を尽くすがいい。何かわかればすぐに知らせよ」


「はっ!」


泉凪は大奥を後にするが、早くも壁に当たった事を感じずにいられなかった。


「月光院様のお命を狙う者とは。。この大奥で失礼ながら天英院様以外でそのような人物は思い当たらぬ。まるで砂の中から一粒の砂金を見つけるような話しだ。。」


⭐︎⭐︎⭐︎


「大奥は普通の世界ではない。将軍様の寵愛を受けるためにあらゆる手段を選ばない女の集まりだからね。そんな中で権力を握る者は命を狙われる危険も大きいんだろう。


しかし、問題はそれが誰なのか見当もつかないんだ。月光院様は天英院様ではないと仰っているが。無礼をあえて承知で言うと天英院様以外に月光院様のお命を狙う人物が大奥にいるとは考えにくい。


月光院様はそう仰るが、やはり天英院様を調べるべきか、月光院様の言う事を信じて他の手がかりを探してみるか。。迷っている」


泉凪の話をそれまで黙って聞いていた桜であったが、自身の考えを泉凪に伝えた。


「泉凪が天英院様が怪しいと思っても、まずは月光院様の言われた通りに別の人間がいると仮定して調べた方がいいと思う。


それで何も出て来なければ次に天英院様を調べればいい。いきなり月光院様に背くような行動は取らない方がいいよ」


「そうか。。上様にお仕えしている桜がそう言うならそうしてみるよ」


月光院は天英院と並んで大奥の巨頭である。

自分の意に逆らう者には容赦はしないだろう。

それに犬猿の仲である天英院を自分の命を狙うまではないとはっきり否定しているのだ。


月光院にはすでに犯人の目星がついていて、泉凪を試すためのカマ掛けかも知れない。

そう疑えばキリがないが、この場合はまず言われた通りに動くのが筋であろうと桜は考えていた。


「泉凪、私に出来る事があるなら協力するよ」


「ありがとう。正直言うと一人で不安だったんだ。桜の力を借りられるなら助かる」


こうして最強の御庭番と最強の別式が手を合わせて大奥にはびこる悪人探しを行う事となった。

天英院と月光院は互いに火花を散らすようなライバル視していたと言われていますし、ドラマなどでもどちらかが悪役のような描かれ方もしていますが、ここではどちらが主でどちらが悪という書き方はしないつもりです。

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