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さくらの剣  作者: 葉月麗雄
序章
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偽高麗人参事件 前

桜が満開の季節。


徳川吉宗は花見を広めた将軍でも有名である。

享保二年 (一七一七年) から、江戸東郊の隅田川縁への桜の植樹を開始し、一七二〇年には江戸北郊の飛鳥山にも桜を植樹した。

吉宗はこうした桜の名所を作り、人々の憩いの場として提供していった。


しかしこれらの桜が育つのはまだ先の事で、この日吉宗はお忍びで上野山の桜を見に来ていた。

この花見には桜も同行していた。


花びらがパラパラと目の前を過ぎ去る。

風に舞う色鮮やかな桃色の花吹雪。


「こうして桜の花を見ていると、お前と出会った日の事を思い出すな」


「はい。まるで昨日の事のように思えます」


桜と吉宗の出会いは吉宗が紀州にいた頃、一七一一年の事であった。


一七〇七年 (宝永四年) に起きた宝永地震によって紀州は壊滅的な被害を受けた。

吉宗はこの壊滅的な状況から紀州を立て直そうと改革を行っていた。

この時の倹約令が後に将軍になった時の大改革へと繋がった。


そんなある日、吉宗がお忍びで町へ繰り出すと、河原で石を拾っては近くの長屋の脇に積んでいる幼子を見つけた。


「お前、そこで何をしている?」


「おとうとおかあが死んだ。墓を建てる金がないから土に埋めて石を積み上げてお墓を作ってあげているんだ」


両親は地震により大怪我を負い、その後の傷の治りが芳しくなく、亡くなったという。


「名は何という?」


「おふう」


「おふう、これからどうするつもりだ?」


「。。わからない」


そんな事聞かれても両親を亡くしたばかりの三歳の子供が答えられるはずもない。

しかし吉宗はおふうに話しを続ける。


「どこにも行くあてがないのなら、俺について来るか?」


「お武家様に? ついて行ったら食べさせてくれるの?」


おふうは目の前にいる人物がまさか紀州藩主だとはこの時は知らずにいた。


「無論、生活は保証してやる。だが、それ以上はお前が自分で掴み取るんだ。武芸を学ぶもよし。学問を身につけるもよし。これからの時代、女も剣術や医術を学んでいけるようになるであろう。いや、俺がそういう世にしてみせる」


「女でも剣を学べるの?」


おふうの問いに吉宗はうなずく。


「お前がやる気ならばな」


「私、強くなりたい。剣術を習いたい」


そう言って目を輝かせるおふう。

さっきまでは生きる希望をなくし、抜け殻のようだったのに。

吉宗はこの子を自分の家臣として引き取る事を決め、松平の姓を与え、桜という新たな名前を付けた。


「おふう、お前は今日から松平桜と名乗るが良い」


「さくら。。」


桜の花のように人々に好かれる優しい人に育つように。

吉宗はそう考えておふうにこの名を付けた。

それから十四年。

十六歳となった桜は自ら考案した剣術「桜流抜刀術」を作り上げ、将軍配下である御庭番最強の剣士にまでなっていた。


桜は別式にはならず、自ら志願して御庭番となった。

自分を助けてくれた吉宗を慕い、その恩に報いるために側で仕えたいと考えていたからである。


「上様に出会わなければ、私は今頃紀州のどこかでのたれ死んでいた事でしょう。私にとって上様は恩人です。このご恩は一生かけて任務に励む事でお返しするつもりです」


「そう固く考えるな。余が勝手にお前を連れてきた。そこから先はお前自身が己の力で道を切り開いたのだ。余は単なるきっかけに過ぎん」


そこまで言うと吉宗はこれ以上お礼を延々と言われては敵わぬと、その話しはこの辺にして桜餅でも食べに行くかと桜を誘った。


「桜餅! いいですね。お供いたします」


「桜は甘い物が好きだったな。余がご馳走してやろう」


「え! 畏れ多いです。自分で払います」


「今日は無礼講だ。遠慮するな」


「。。ではお言葉に甘えさせて頂きます」


剣を持てば鬼神の如き強さの桜もひとたび剣をおけば年頃の女性であった。


⭐︎⭐︎⭐︎


「いらっしゃいませ」


桜の元気な声が店内に響き渡る。

藪蕎麦は表向きは庶民に人気の蕎麦屋だが、その実態は江戸城下で御庭番が運営している店だ。

蕎麦屋の店主、村雨源心。彼もまた御庭番の一人である。


普段は気が優しい蕎麦打ち名人であるが、桜同様、凄腕の御庭番である。

源心もまた幼少期から吉宗に付いていて桜とは幼馴染であった。


歳は源心が七歳上であったが、互いに気心知れているし、仕事で組む事も多い。

傍目から見たら兄と妹のようである。


この店は他の御庭番との情報共有や京や大阪から江戸に来た御庭番の休息所として作られ、二人は吉宗や大岡越前からの司令がない時はここで町人に扮して諜報活動の任務にあたっている。


桜は街娘でいる時は元の名前である「おふう」と名乗っている。

街娘姿の桜はなかなか可愛い。お客さんに人気の看板娘だ。


「桜、源心」


そこへもう一人の仲間がやって来た。


「左近か」


左近とは名を十文字左近といい、同じく御庭番である。

ちなみに十文字左近は女である。

十文字左近という名は腕利きの御庭番だった父親の名をそのまま継承したものである。


病気で志半ばで亡くなった父親の跡を継いだ彼女は父に劣らず優秀な御庭番だ。

本名は「みや」といい、歳は二十歳で桜より四歳年上。桜は「姉さん」と呼んで慕っている。


「桜、上様から江戸城に来るようお達しだよ」


その言葉に桜と源心から笑みが消えて真剣な表情になった。


「何か重大な事件が起きたのかな?」


桜の言葉に源心も頷く。


「今回は桜と私が呼ばれたから源心は留守番ね」


「えっ? 俺は留守番かよ」


「何でも今回の仕事は女の方が都合のいいらしい」


左近にそう言われて源心は仕方なさそうな表情であった。


「というわけで、私は姉さんと行ってくるから留守を頼んだよ」


桜が少し意地悪くそう言うと源心は寂しそうに二人を見送った。


⭐︎⭐︎⭐︎


小石川養生所より大岡越前の元に偽の高麗人参が出回っているとの知らせが入ったのは数日前の事であった。

中身はただの木の根で、美容にいい美人になる薬だと騙されて飲んだ女たちは身体を壊して養生所に担ぎ込まれる。


値段は三本で一貫二百文 (およそ三万円) という一般庶民にとってはかなりの高額である。

商人の一日平均売上がおよそ六百文ほどだったと言われているので、二日分の売上に相当する。

買っていくのはお金持ちの商人の娘たちだという。

被害者は少なくとも十数人とみられた。


大岡越前は吉宗に報告し、偽の高麗人参の出どころを突き止めるため、桜と左近が呼ばれたのである。


「桜、左近。忠相の話しは聞いたな」


二人は「はい」と返事を返す。


「今回の一件は若い女子を狙って偽の高麗人参を高額で売りつける手口だ。そこでお前たちを選んだ。忠相と協力して犯人を見つけ出せ」


「はっ!」


今回は桜も町娘に扮しての囮捜査。

左近と共に江戸の町を歩きながら高麗人参を売ってくれる商人がいないかを聞き回る。


「こうして聞き周りしていれば、そのうち向こうから現れる。若い娘を狙っているようだからね。まずはその偽の高麗人参を手に入れて証拠を掴まなければ」


左近の言葉に桜もうなずく。


しばらく捜索を続けているうちに桜に声を掛けて来た女がいた。

商人のおかみらしき人物で、歳は三十前後といったところであろうか。


「お前、高麗人参を探しているのかい。ついておいで」

一両の金額換算は金のレートにより変わります。この作品では一両を10万円で計算しています。

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