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皇太子付きのふたりはケンエンの仲

作者: 仄賀 万紘

 

 ラジーナ国、主要都市――。


『まもなく視察を終えた皇太子がこちらの建物へ到着いたします!』


 ラジーナ国皇太子――ソルディア・ラジーナ。


 いつも穏やかな笑みを浮かべ、国民とも気さくに会話をする、国民から愛される皇太子だ。

 美しく、気品に溢れ、叡智に富み、質素を好む。

 貴族たちが派手な暮らしをする中、品位を落とさない程度に無駄を省いた皇太子の生活ぶりは国民からの支持を集めた。


『あ! 車両から皇太子が降りていらっ――』


 中継のカメラが捉えたのは突然入ってきた黒い大型の車。

 カメラから皇太子を隠すように停車すると、そこから武装した男たちが勢いよく飛び出した。


『キャアアアアア!』


 レポーターの悲鳴が電波に乗って国中に響き渡る。


 皇太子は国民の支持を集める反面、貴族たちからすれば目障りな存在でしかなかった。

 皇太子の手前、堂々と豪奢な暮らしをすることが憚られるようになったからだ。

 大臣たちが言い負かされることも少なくなく、貴族たちからすればやりにくいことこの上なかった。

 皇太子には将来王となった時にお飾りでいてもらった方が自分たちの都合の良い方へすべて動かせるのだ。

 その点、現王は見た目も頭脳も平凡で、のんびりとした性格の心優しい人物だ。

 頼りがいはないが毒気を抜き、不思議と安らぎを与える。

 なぜこの王からあの皇太子が生まれたのか。

 大臣たちは不思議で堪らなかった。

 王妃も嫁ぐまでは気の強そうな瞳をしていたが、今では夫婦で同じまなじりをしている。

 彼女もきっと嫁いでくるまでは父親なり親族たちから夫を懐柔し、手綱を握り、尻に敷くように言われていたに違いない。

 そして政治的実権を握る算段だったのだろう。

 結局彼女が取ったのは文字通り夫の手だけだ。

 すっかりおしどり夫婦で国民から羨ましがられている。


『た、大変です! 皇太子が襲われて……!』


 カメラがズームして皇太子の姿を少しでも大きく捉えようとするが、車の影に隠れてしまって姿は見えない。

 姿を探すように左右に画面が揺れる。

 すると、タンタンタンと一定のリズムを刻むように黒い物体が連続して弾き飛ばされ宙に舞う。

 またすぐに同じリズムで物体が舞ったかと思うと、車両の影から弾き飛ばされたりよろめいたりした様子の男たちが姿を現す。

 そこへ遅れて加勢した警備隊が車両ごと取り囲んだ。


 映像が切り替わり、テレビ局のコメンテーターらが画面に映る。


『いやぁ、一瞬ヒヤリとしましたがあっという間に制圧されましたね~』

『弾き飛んでたのは銃ですかね?』

『遠くて確証はありませんが、それっぽいですよね~』


 ピッ――


 リモコンの操作音が聞こえ、テレビ画面がプツリと信号を失う。

 テレビを見ていた女が後ろを振り返ると、リモコン片手に震える男の姿があった。

 彼の口元はひくひくと痙攣している。


「すごいよねぇ~、ついさっきのことなのにもうどこの局でも放送してる」

「んなことどぉでもいいわ! おっま……えぇぇ!! どこ狙ってんだ、アホ!」

「へ? 当たってないでしょ?」

「すれすれだったわ!」

「あー、それ狙ってやってるから大丈夫だよ」

「少しも大丈夫じゃねぇわ!」

「えー? うるさいな~。じゃあ、私の狙ったところに入ってきたケンが悪い」

「っっざけんな! 死んだらどうしてくれんだ!」

「そんときは埋めるくらいはしてやるよ」

「っ……! ぁあ~~~~~~~!!」

「そうカッカすんなよ。ほらキャンディだ」


 女はソファにくつろいだまま摘まんだキャンディを持ち上げてゆらゆらと揺らす。


「いっらねーよっ!! ガキ扱いすんじゃねぇ!!」

「はいはい。よく吠えるパピーだ」


 キャンディの包み紙の片側を噛み、腕を引いて包み紙のねじれを伸ばす。

 そうして拘束の解けた中身が転がるのをパカリと開けた口で受け止めた。


「またケンカしてるのか」


 ふたりの雇用主である皇太子が「部屋の外まで声が聞こえていたよ」と呆れ顔を浮かべながら入ってくる。


「いつものことでしょー」

「いつものことだ!」

「いつになったら仲良くなるんだい? 君たちは」

「さあ? お金くれたらとか?」

「それはもう払ってるじゃないか」

「物心つくかつかないかくらいからの付き合いだから、もう無理だろうな!」


「君たち、歩み寄りって知ってる? まあ、今はいいや。ケン、エンリカ……君たちにお願いしたいことがある」

「……」

「……」


 お手本のような笑顔の皇太子にふたりは嫌そうな反応を示した。

 “お願い”などと言ってくるあたり面倒ごとの臭いがぷんぷんする。

 そういった嗅覚にもふたりは敏感だった。

 皇太子の手にはふたつの煌びやかな衣装があり、それぞれ男物と女物だ。


「今度パーティーがあるのはふたりも知ってるだろ?」

「ヘー、ソウナンダ」

「ハツミミですー」


 ケンとエンリカは皇太子と視線を合わさない。

 それでもお構いなしに皇太子は話を続ける。


「交流会の名目となっているが、実質僕の婚活パーティーも兼ねているようなものだ」

「うわ、王子様発言」

「実際王子だからそこは問題ないんだよ」

「君たちにもパーティーに参加してもらいたい」

「あ~、護衛っすね。いつものことじゃないっすか。いっすよ~」

「……」


 ケンが快諾する横でエンリカは黙っていた。


「いや、護衛じゃないよ」

「え?」


 きょとんとするケンの横でエンリカは「やはりな」と苦笑いを浮かべた。



 ◆  ◆  ◆



「こんばんは、素敵なお嬢さん。よろしければ私と一曲踊っていただけませんか?」


 ゆったりとした口調のハスキーボイスが令嬢の耳を撫でた。

 差し出された細長い指先が視界に入り、顔を上げる。

 淡い栗毛のベリーショート、眉尻のない短い眉、三白眼、まっすぐ通った鼻筋、目の下には顔を横断するように走るそばかす、薄い唇。

 あっさりとした顔の作りで美男子とは言い難いが、妙にこなれた表情の中にミステリアスさを含んでいて、声をかけられた令嬢は思わず見惚れてしまった。


「……“イエス”と受け取っていいですか?」


 ポカンとする令嬢に男はくすりと笑う。

 ハッと我に返った令嬢は頬を染めつつも、ゆっくりと首を縦に振り、男の手に自身の手を重ねた。

 令嬢の手を引きダンスエリアまで移動すると男のリードに合わせてふたりは踊り始める。


「さっき一緒にいた彼は知り合い?」

「え?」

「親しげだったから」

「あれは私の兄です」

「そう。よかった」

「よかった?」

「うん。君のい人じゃなくてよかった」

「……っ!」


 男の言葉に翻弄されたせいで足がもつれたのか、令嬢がバランスを崩す。


「おっと」


 男は令嬢の腰に回した腕に力を入れて彼女の体を支えた。

 転ばずには済んだが、引き寄せられたことでより密着した顔と体に令嬢は顔を真っ赤に染めた。


「大丈夫?」


 男のアンバーの瞳が令嬢を見つめて微笑む。


「は、はい……!」


 令嬢はすっかり男の虜になってしまった。

 うっとりと蕩けた表情から一目瞭然だった。


 それを壁際から遠巻きに見つめる女がいた。

 ホワイトベージュの髪を片側で纏めて編み下ろし、ややつり上がった細眉、大きく気の強そうな瞳、小ぶりな鼻と口。

 目を引く容姿に負けない深紅のドレス。

 まるで一本の薔薇のようだ。


「あいつ、なんであんな様になってんだ……?」


 しかし、吐き出される言葉は美しくなかった。

 げんなりとした表情もあまり品があるとは言えない。


レディ(・・・)?」 


 女の隣に立つ皇太子が制するように女へ呼びかける。


「わりっ……あー」


 女は喉に手を当て、気まずそうに視線を逸らした。



 皇太子の「お願い」はパーティー会場での女避けだった。

 少しでも寄ってくる女性を減らすため、ケンとエンリカのふたりは適材適所、それぞれの役割を与えられた。

 エンリカは男装して主要な子女を口説きまくれ、と。

 ケンは女装して傍から離れないように、と。

 エンリカは175cmの長身に魅惑的な瞳を、ケンは163cmの小柄な体型とかわいらしい顔立ちを持っていたことから、この役どころとなった。


「お前はそのムキムキの腕と足を隠せばなんとかなる」


 そう言われて渡されたドレス一式。

 肘上まであるレース生地のロンググローブ、肩と二の腕を覆うケープでできる限り肌の露出を減らしたものだった。

 ロングスカートタイプで足まですっぽり隠れているので、慣れないヒールは履かず底の平たい靴にしてもらった。


「なっ……んで俺がこんな……」


 ケンはぎりぎりと奥歯を噛みしめる。

 皇太子は思惑通り化けたふたりに満足そうに微笑んでいた。


「それはお前……いくら振りとはいえ淑女にベタベタと触れるわけにはいかないだろう?」

「……お前、変なところ紳士だよな。あいつはそんなことぜってー気にしねーぞ」

「ハハ。そうだろうね……というか、僕なりに気を遣ったつもりだったんだけどね」

「んあ?」

「いや、大したことじゃないよ。さ、行こうか、レディ?」


 皇太子はケンに手を差し出す。

 王子スマイルを向けると、ケンはぎこちなく似せた笑みを浮かべた。



 ◆  ◆  ◆



「おや?」


 ケンの視界に深紫色のドレスが入ってくる。


「かわいい子がいると思えば……君か。一瞬わからなかったよ。今日は一段と可憐だね」

「…………どぉも」


 ケンは相手を確認して、それが知った顔だとわかると肩の力を抜いた。

 皇太子をどこかの恰幅のいい男に連れて行かれ、ひとりになったケンはちびちびとグラスを傾けていた。


「お連れさんはいいんすか」

「少し外の空気を吸いに行っている。それに私だって仏頂面の男をずっと見ているよりも、かわいい子を見ていたいさ」

「そうすか……」


 ――なんで俺の知ってる女たちはすぐ口説くんだ?


 ケンに話しかけたのは国家治安機関所属のヴィヴィアナ・ネフェルシスという女だった。


「君も大変だな。この間の中継映像見たよ」

「あー……はは」


 ケンが乾いた笑いを漏らすと、そこへタイミング良く皇太子が戻ってくる。


「久しぶりだね、ヴィヴィアナ嬢。ご活躍はかねがね」

「おや、殿下のお耳にまで届いているなんて……光栄です」

「仕事人間も大概にね」

「お心遣い感謝します。では、私はそろそろ連れを探しに行きますので」

「うん、またね」


 皇太子とケンがヴィヴィアナを見送ってから数分経った頃。

 カーテンレール音が耳に届く。

 給仕たちが一斉にカーテンを閉めてしまったせいで、外からの明かりが遮断される。

 会場は人工的な明かりのみになった。

 パーティー中は昼夜関係なくカーテンは開かれていることが多い。

 あまり見かけない光景に「なんだ?」と談笑で溢れていた会場のざわめきが小さくなる。

 漂う不審な雰囲気にケンは会場へ目を走らせた。

 先程カーテンを閉め、今は番人のように窓際に点々と立つ給仕たちの顔はとても賓客を迎え入れるのに適しているとは言えない顔つきをしていた。

 戸惑い怯える人々を面白そうに眺めている。


 ――入れ替わっているな。


 本物の給仕たちは身包み剥がされ、どこかで拘束されているのだろう。

 出入口にもふたり、給仕の振りをした男たちが立っている。


「あんた、顔見られないように。あと目立つな」

「……わかった」


 すでに事態を予見した皇太子は言うとおり俯いた。

 皇太子がいることなど筒抜けだろうが、紛れられるのならそれに越したことはない。


『お集りの紳士淑女の皆さ~ん。テロリストでぇーっす』


 マイクスピーカーから告げられた言葉に会場はどよめく。


『はいはい、勝手に動かないでね~。変な動きしたら撃つよ?』


 会場を取り囲む男たちの手には銃やナイフが握られている。

 その銃口や切っ先を向けられた招待客たちは少しでも距離を取ろうとお互い寄り添うように縮こまった。


『我々の要求はひとつ。先日港で逮捕された者たちの解放だ』


 テロリストが言っているのは2週間ほど前に密輸の現行犯で検挙された者たちのことだ。


『悪いがアンタたちには取り引きの材料になってもらう』


 会場の中心に集められる中で、皇太子から少し離れたケンはエンリカと合流する。

 離れたといっても守備範囲内にはいる。

 端から中央に集まる中で自然と円形に人が固まっていく。

 ふたりはその波に埋もれて寄り添いながら声を潜めた。


「お前、丸腰か」

「そうだね」

「……俺の服の下に2丁仕込んである」

「それは素敵なお誘いだ」


 エンリカがケンの耳元で囁くと、ケンはエンリカを睨み付けた。


「顔近づけんな。さっき口説いた女みたいな扱いすんな」

「妬くなよ、ケン」


 周囲を覆う人影ができたところで、エンリカがケンのスカートの中に肩まで入り込み、素早く銃を取り出す。


「俺が隙を作る」


 ケンの手にはシャンパンボトルが握られている。

 移動する時にテーブルから回収していたのだ。

 エンリカはボトルを一瞥しただけで何も聞かなかった。

 何に使うかなど不問なのだ。


「その場に座れ」


 人々が腰を下ろし、遮蔽がなくなった瞬間――。

 ケンはボトルの口を塞いでいた指を僅かにずらした。

 すると中身が勢いよく吹き出し、テロリストたちに降りかかった。

 ケンは直前に人影に隠れてボトルを大きく振っておいたのだ。


 突然のことに出入口に立つテロリスト2名が反応するが、構える前に右前腕が撃ち抜かれる。

 力の抜けた手から銃が零れ落ちた。

 上がった銃声に招待客たちから小さく悲鳴が漏れ、頭をできるだけ低くしようとさらに縮こまって身を寄せ合う。

 ケンが預けた背中側にはエンリカがいた。

 ケンがシャンパンシャワーを仕掛けたことで視線が集まり、エンリカは動きを悟られずに攻撃ができたのだ。


 エンリカは扉付近に駆け寄り、銃口でテロリストを牽制したまま落ちている銃を蹴り飛ばす。

 テロリスト2名は撃たれた腕を庇いながら警戒心を顕わにした。


「抵抗するなら今度は足を撃つよ。無駄に穴開けたくないだろ?」


 エンリカの銃口が下降して太腿を捉えると、男たちは利き腕が使い物にならないからか、すぐに観念してゆっくりと膝をついた。



 エンリカの後ろ側ではケンがボトルを縦に振り続け、左右に体を揺らしながらテロリストとの距離を詰めていた。

 テロリストたちは目に染みるシャンパンを必死で拭おうとするが、拭っても拭っても液体が降りかかる。

 ボトルの勢いが弱くなったところでケンはテロリストの一人にボトルを投げつけ、駆け出す。

 ケンはケープを剥ぎ取ると、太くはないが筋肉のついた引き締まった二の腕が露わになる。

 胸の詰め物の隙間に忍ばせていた携帯ナイフを取り出し、腰回りのスカートをぐるりと引き裂いた。

 最後の方は力づくで引き千切り、分解したスカートはナイフを持つテロリストの顔面へ投げつけた。

 残りの銃を持つテロリストの腕を掴み、銃口がテラス側を向くように捻り上げる。

 テロリストの左肘が背後のケン目がけて繰り出されるが、ケンは避けずにその動きより速く掴んだ腕ごと相手の腰を押した。


「!」


 重心が崩れたテロリストの背で身を翻すと、相手を背負い投げ、床に思い切り叩きつける。

 直後、銃を奪い取り、ロックをかけて無力化した。

 残りのふたりがまだ痛そうな目をかろうじて開けながら振りかぶってくる。

 左右に挟まれたケンは相手をギリギリまで引きつけ、あと一歩と迫ったところでしゃがみ込んだ。

 テロリストのふたりは仲間を傷付けまいと一瞬怯みを見せた。

 ケンはその隙を見逃すはずもなく、左右の胸倉を掴むと力いっぱい引き合わせて顔同士をぶつけた。

 立ち上がり、ふたりの後頭部を掴むとダメ押しでもう一発ゴチンと額同士を合わせる。

 ふたりが白目を向いたのを確認した後、床で伸びている男の上に積むように放り投げた。

 会場を見渡し、他の脅威がないことを確認する。

 安全が確認でき、一息吐こうとした時、ふいに出入口外が騒がしくなる。

 ケンは顔を上げて眉間に皺を寄せた。


 ――こいつらの仲間か?


「おい、男! こいつら起きる前にベルトで手足縛っとけ!」


 ケンが出入口に向かいながら集団に指示を与えると、数人が慌てたように立ち上がった。

 出入口横ではエンリカが倒した2名が拘束され、転がされていた。

 今は皇太子が率先して止血のためテーブルナフキンを縛っている。

 その周りで招待客の男数人が恐る恐るといった様子で補助していた。


 ――っとに大人しくしてられない坊ちゃんだな。


 扉の外側から駆けてくる足音が聞こえる。

 ガチャガチャとノブが回されるが、鍵がかかっていて扉は開かない。


「おいっ! 大変だ!」

「!」


 何かに急き立てられるようにドンドンドンと小刻みに扉が叩かれる。

 外から中へ助けを求める声だ。


 ――通報を受けたにしても治安機関が到着するには早すぎる……。


 外にどのくらいの人数がいるかわからないが、追い込まれたテロリストたちが中へ雪崩れ込んでくるかもしれない。


「……」


 ケンとエンリカは扉前でアイコンタクトを取ると、両開きの扉に分かれて立つ。

 そして同時にそっと左右の鍵を開けた。


 カチリ――


 ドアノブがゆっくりと回る。

 息を呑むふたりが目にしたのは……。


「やあ」


 ……深紫色。


 姿を現したのはヴィヴィアナだった。

 涼しい顔をして微笑んでいるが、彼女の足元で首根っこ掴まれているのはおそらく駆け込もうと扉を叩いていた男だ。

 彼女の後ろを覗き込むと、廊下の奥では数人のテロリストが伸びていた。

 そして、そのうちのひとりに腰かける男の姿も見える。


「こっちは終わったけど、そっちはどう?」

「……オワリマシター」



 ◆  ◆  ◆



 その日の晩。

 無事に王宮へ戻った3人はソファで休息していた。


「……な~んか最後持ってかれた感あるよなー」

「ねー……でも、怪我人なしってことだし、いいってことにしよ」

「そう思うしかねぇよなー……まっ、今回は俺が3人で、お前がふたりだろ? っし! 俺の勝ち~、ってことで今日のデザート寄越せよ」

「敵の配置上どうしようもなくない?」

「はいはい、負け惜しみね〜」

「……」


 チャキッ


「おいっ、何構えてんだよ!」

「ケンを3人目にしてやろうかと思って。そうしたら仲良く引き分けだろ?」

「どこが仲良いんだよ!?」

「君たち……こんな時でもブレないね……いや――だからいいのか」

「は?」

「生きてるなって感じするよ」

「またそんな適当言って」

「君らふたりが揃えば負ける気がしないなー」

「……どっちか欠けたらどうするんすか」

「その時はきっと僕が死ぬ時だ」

「そんなん言われたら俺ら死ねないっすねぇ」

「すげぇ脅し文句だな~痺れるぅ~」


 エンリカがケンの肩に腕を回す。

 体重をかけられたケンは迷惑そうに眉間に皺を寄せたが、その口元は微かに笑っていた。






【 オマケ 】


「胸つぶすのに防弾チョッキきつめにしてたから苦しかったー」

「は? お前つぶすほど胸ねぇだろ」

「……ひどいなぁ、ケン。今夜は久しぶりに一緒にシャワー浴びようか。そうしたら是非がわかるだろう?」

「おっ……なっ……バッ……!!」


 顔を赤くしたケンがエンリカを指差し、はくはくと口を開閉する。


「そんなので赤くなってるうちはダメだよ〜? ケ・ン」


 皇太子が横槍を入れる。


「うっせ! 黙れ黙れ! あ、かくなんて、なってねぇし!?」


 ケンは「やってられっか!」と足音うるさく出ていく。


「ふっくくくくく……駄目だろ、あれは……っくく」


 エンリカはソファにもたれながら本で顔を覆っている。


「っはぁー……やっぱ最高だ、ケン……かわいすぎだろ」


 ひとしきり笑うと、顔から本を離して胸の上に置いた。

 エンリカが手を離しても、本が滑り落ちることはなかった……。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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水平線の埋もれた夜に

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