第13話 歴史が違うんだけど!?
5月20日(金曜日)
朝8時頃、俺は教室で海利に昨夜のことを話していた。
「それで結局、全然眠れなかったと」
「一睡もできなかった」
春乃と紫水は朝までぐっすりと寝ていたが、俺は常に目がバキバキだった。
最後まで手を出さずに乗り切った俺を褒めてほしい。
「ごめん、心火! まさか、先に寝ちゃうとわ。紫水が一緒にいたのも知らなくて」
隣の席に座っている春乃が、起きてからずっと謝っていた
今日の朝起床した春乃は、隣の隣に紫水が寝ていることに驚いていた。
その紫水はという「なんで心火がいるんだよ!」
っと、朝起きてすぐに逆ギレをしてきた。
「春乃おまえな~、心火の睡眠の邪魔しちゃだめだろ~」
「何も言い返せないです」
鏡を見たら、目の下のクマがひどかった。
昨日は寝ていなかったわけではなかったけど、本当に寝不足になってしまった。
「寝れなかったのってさ、春乃のいびきがひどかったからじゃねぇの?」
お茶らけモードの海利が、責任を感じている春乃をいじりだす。
「そ、そんなわけないでしょ! え、違うよね?」
自分がいびきをかいているかなんて、自分ではわからない。
不安に感じた春乃は、俺の方をみつめてきた。
「あ、うん……、まー、そうかな……」
俺はどっちつかずな反応をしてしまった。
確かにいびきはしてなかった。
可愛い寝息はしてたけど。
俺は「……す……き」という、春乃の告白のような寝言を思い出していた。
うるさかったわけではないけど、あんなの聞いたら心火に対してと分かってもドキドキしてしまう。
「変な間があったんだけど」
「やっぱり、おじさんみてぇないびきかいてたんだろ~」
「わ、私してないよね。絶対にしてないよね!!」
乙女心に傷がついたのか、顔を赤らめながら俺を問い詰める。
春乃は俺の両肩を手で掴み、前へ後ろへと動かした。
っう。なんか吐きそうになってきた。
「おい、心火の顔色悪くなってんぞ。やめろ、やめろ」
恥ずかしさのあまり俺に強く当たる春乃を、見かねた海利が止めに入る。
まだ朝だというのに、こいつら元気すぎる。
俺は今日一日、学校を乗り切れるか心配になった。
俺はそのあとの授業を、ほとんど眠ってしまった。
さすがに注意をされそうだったので、起きては授業を受けているフリをし、少し経ったら再び眠りにつく。
こんなことを3限の時間までずっと続けていた。
無理矢理にでも起こしてきそうな隣の春乃は、そんな俺を見ても何も言わなかった。
自分で気合いを入れて家まで来たのに、俺よりも先に夢の中へ行ってしまったことを、相当気にしているようだ。
夢と現実の狭間の行き来を繰り返していると、俺の目がぱっちり覚めることがあった。
「それでは授業をはじめます」
4限の時間になると不健康そうな見た目の男性教師が入ってきて、授業を開始した。
次の単元は日本史か。
だいたいの時代の流れは勉強してきたから、この授業も寝てていいな。
軽く捉えた俺は、教科書を開いて見知らぬ名前を発見した。
鍵山雲快??
誰だそれ。
と思っていたら、その人の説明を見て驚愕した。
全国を統一した人物!?
え、豊臣秀吉じゃないのか?
それからページを何枚めくっても、聞いてことのある偉人は1人も出てこなかった。
織田信長、西郷隆盛、聖徳太子。
小学生でも知っているような人たちが、この世界の歴史にはいないのだ。
それもそうなのだ。
ここは似ているようで、俺の世界とは全くの別物。
田中が珍しい名前なのだ。
歴史上の人物の名前が違くても何ら不思議ではない。
教科書に出てくる偉人たちの似顔絵が全員美形なので、違和感が凄かった。
俺は眠気を押しのけ、無我夢中で教科書を読みこんだ。
どうやら、大まかな歴史は同じらしい。
全国統一だったり、世界大戦だったり。
しかし、微妙な年代の違い、人物の違いなど、元いた世界の教科書とは似て非なるものだった。
これはまずいな。
高校の授業とか、1度やったし楽勝とか考えてたけど、歴史だけは別だった。
俺の元々ある知識がある分、余計どっちがどっちか分からなくなりそうだ。
……もう、帰りたい。
帰ってぐっすり寝たい。
結局その授業は、眠らずにしっかりと受けた。
「心火、大丈夫?」
「うん、なんとか」
授業が終わり、疲れでさらにゲッソリしているであろう俺を見て、すかさず春乃が心配してくれた。
いやまぁ、疲労困憊の原因はお前でもあるんだけど。
満面の笑みを、彼女は俺に向けてきた。
授業中は終始落ち込んでいたようだが、今は心火を元気づけようとしてくれているようだ。
「じゃあ、ご飯食べて元気だそ!」
「そうだね。お腹減ったしね」
今日の朝、心火の母親 霧歌さんに弁当を渡されたことを思い出した。
昼休みになったので、心火の周りにお決まりのメンバーが集まり、昼食をとり始めた。
俺は弁当を開けると、シンプルながらも美味しそうなおかずがたくさん詰め込まれていた。
特にアスパラのベーコン巻が旨そうだ。
「いただきまーす」
海利たちと俺が手を合わせて、箸を進めようとしたときだった。
「はいりなさい」
お嬢様のルニールが座ったままその場で手を叩いた。
すると、教室の後ろの扉がガラガラと開き、一気に香ばしい匂いが入りこんできた。
そこに現れたのは、スーツ姿の成人女性だった。
緑髪ショートカットで眼鏡をかけている。
先生、ではなさそうだ。
「失礼いたします」
彼女は銀色のカートを押しながら、教室に入ってきた。
そこには巨大な蓋をされた皿がいくつか乗っていた。
高級なレストランのやつだな、これ。
教室には似合わないその女性と光景に、周囲は何も反応しなかった。
海利が俺に、空気を読め的な合図を送ってきたぐらいだ。
その皿はルニールの席に運ばれた。
これって要するに、彼女はルニールの執事でわざわざ食事を運んできってことか。
「お待たせしました」
「ごくろう、駒岸」
駒岸と呼ばれた眼鏡執事は、ルニールの膝にナプキンを置いて、蓋をオープンした。
そこには、おそらくフレンチと思われる輝かしい料理が入っていた。
「サーモンのミキュイでございます」
色とりどりの野菜が添えられたサーモンが、さらに盛り付けられていた。
量的に前菜っぽく、このあとまだまだ食事がある様子。
ルニールの奴、高校の昼食でコース料理を食うつもりか。
「虎頭心火、どうかしましたの?」
「おいしそうだな~っと」
「でしょうね。あなたのような庶民には、到底味わえないような料理ですもんね」
シンプルにむかついたが、今の俺は心火なんだ。
あいつはこんなことでキレはしないだろう。
「あれはほっときなさい。黙っておばさんの弁当を食べるの」
「そうします」
俺がじっとルニールの食事をみつめてしまったので、春乃が気にしないように言ってきた。
お嬢様の彼女とは、根本的に価値観が違うのでやり取りが難しい。
俺は春乃に言われた通り、霧歌さんの手料理弁当を食べ始める。
うん、とても美味しい。
だし巻き玉子の味付けが俺の舌にあっている。
というより、心火の舌にか?
物凄く美味しいし栄養バランスも完璧なのだが、次々入れ替わるルニールの皿についつい目が行ってしまう。
謎のコース料理がチラついて純粋に食事を楽しめない昼休みであった。
やっぱり、一口分けてくれないかな?
分かっている事 〈追加〉
その⑮
ルニールには駒岸という執事がいる。