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7話 神域魔法

 結局、二人は歩いて来た公園の散歩道を戻り、途中で目抜き通りとは別の通りに出てることにした。

 今はその裏路地を歩いている。ガラクたちが追って来る様子もなかったので、そこからは走るのをやめて速足で歩いていた。


 繁華街の裏路地に並ぶ店の多くは、どれもこんな真っ昼間からやっているような店ではなかった。中には王女様が一生関わることのないような店まである。ユイカはそれらを物珍しそうに見ては「何のお店だろ?」と呟いていた。


 人気の少なさと王女様の教育への影響を配慮して、ユーリは彼女を促し早々に表通りに出た。すると、ちょうど近くに周辺の地図が載った案内板があったので、立ち止まってそれを確認することにした。

 交通機関を探すと、近くにアクアクロラーと呼ばれる水上バスの乗り場があることがわかった。


 アクアクロラーは()()を動力とする船舶だ。マナはアナザーヘブンに満ちる無垢の力であり、魔法士の体内でも()()として生成されている。

 本来、魔法を扱う者しか関係ないものだったが、常人でも扱える魔法具の開発過程でマナが水晶に蓄積する性質が発見され、そこから動力を得る技術が確立された。それが今から約五百年前のことだ。

 現在、魔法具から派生して研究されてきたその技術は、様々な分野で活用され、人々の生活を飛躍的に豊かにしている。アクアクロラーもその恩恵の一つである。


「これでお城の近くまで行ってしまおう」

「それが良さそうだね」


 やっと帰宅の意思を示した王女様に胸を撫で下ろし、ユーリは喜んで同意した。


 船乗り場までは歩いてそれほど時間はかからなかった。案内板の指示に従って表通りのわき道から川岸に向かって下って行くと、すぐに辿り着くことができた。

 船乗り場は小さな公園のような広場と併合していた。都市運河のあるこの街では、アクアクロラーは生活に欠かせない交通機関なはずだが、ここも星花祭明けの影響か、人の姿はまばらだった。


 最初に二人は切符売り場や待合室のある建物に入り、経路と発着時間を確認してから切符を買った。それから十五分くらいの待ち時間があったので、もう一度広場に出て木陰にあるベンチに腰かけて一休みすることにした。


「ねえ、さっきのが光の加護ってやつ?」


 やっと落ち着いたとこで、ユーリが気になっていたことを訊ねる。すると、ユイカは「うん。凄いでしょ」と自慢げに頷いた。


 彼女の説明によると、それは神器の一つということだった。

 神器(じんぎ)は、この街の環境を維持している魔法とリンクしている道具であり、身に付ける者はその力の一端を借り受けられるのだという。


「環境を維持してるってことは、神器自体が君の【神域魔法(しんいきまほう)】ってことになるの?」

「うーん。ちょっと違うかな。白の魔女の神域魔法は【()きた戒律(かいりつ)】という自律型の魔法なの。神器はその力の一端を借りるためのものって感じかな」


 神域魔法とは街の創造、環境維持のために女神が魔女に与えた限定的な神の力のことだ。

 この魔法により、魔女は支配下にある街において、あらゆる自然法則に最優先で干渉でき、己の理想郷を築きあげているのだ。

 どうやら白の魔女はその大いなる力と神器を結びつけ、騎士に貸し与えることで街の戦力としてるようである。


「わたしの持つ神器の名は【星彩(せいさい)のレガリア】。これには光を司る()()の力が宿っていて結界を作り出す力を持っているの。その拒絶の力は星の光をもとに太陽の指輪と月の指輪が昼夜の対になって、わたしを常に守護しているの」


 ユイカは胸元の布を引っ張り、隙間からもう一度指輪を見せてくる。二つの指輪と同時に胸部の緩やかな曲線もあらわになったが、彼女はそのことに気づいてないようだった。


「じゃあ、昨日赤髪の少年が持ってた槍は?」


 ユーリはふと昨夜のことを思い出し、問いかける。


「赤髪? ああ、リュートのことね。あの槍はこの街の大気を司る【風のレガリア】。彼はわたし専用の護衛だよ」

「何で専用の護衛がこの場にいないのさ」

「ちょっとね。交渉したの。内容は秘密」


 ユイカは口元で人差し指を立てて、うふふと微笑む。


「どうせ可愛い娘を紹介するとか、そんな約束なんでしょ?」

「えっ? 何でわかるの?」

「男が屈する理由なんてそんなもんだから」

「そっかぁ。とてもグラマーな侍女がいるんだけど、その娘を紹介してほしいって頼まれたの。本当に男の子って単純よね」

「そうかもね。でも君もグラマーじゃなくても、もっと注意した方がいいかもよ」


 ユーリは自身の襟元を引っ張って告げる。

 ユイカは何のことだと眉間を寄せていたが、すぐに自分の失態に気づいたのか顔を赤くして俯いてしまった。彼女は小声で呟く。


「粗末なものをごめんなさい……」

「粗末って程ではなかったけどね」


 ユーリは曖昧に答えて早々に口を閉じる。ユイカが思った以上にしおらしくなってしまったので、もうこの話題を広げない方が良いだろうと判断したからだ。


「少し浮かれすぎてたかなぁ。同年代の男の子なんて身の周りにはリュートしかいないから何か新鮮で」


 ユイカは「あはは」と少し照れながら笑う。そして、不安げにこちらの顔を覗き込むと小声で言葉を付け加える。


「もし君を不快にさせてたらごめんね……」


 ドキッとさせるような表情と仕草。こういう行動が男を勘違いさせることに気づくべきなのだろうが、今はそんなこと言える雰囲気ではない。


「別に不快じゃないよ。僕だって他の街に行ける機会なんて滅多にないし、こうやって出逢ったばかりの女の子と知らない街を歩くのも結構楽しいし」

「本当に?」

「こんなこと嘘ついてもしかたないでしょ」

「そっかぁ。じゃあ、今度は君がアクア・スフィアを案内してね」


 曇っていたユイカの表情が一気に晴れて満面の笑みに変わる。あまりの変わりように免罪符を手に入れるための演技だったのではないかと少し疑いたくなった。


「まあ、そんな機会があったらね」

「きっとあるよ」


 何の確信があるのか、ユイカは含みのある笑みを浮かべてそう言った。

 異様な気配を感じたのはその直後のことだった。


(マナが淀んでる? いや、これは……)


 ユーリはすぐに立ち上がり感覚を研ぎ澄ませて周囲を探る。すると、河川の真ん中で黒い靄のようなものが渦を巻いているのを見つけた。


「どうしたの?」


 急に立ち上がったユーリを不思議そうに見ていたユイカが訊ねてくる。それに対し、彼はただ一言呟いた。


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