6話 無邪気な魔女
目抜き通りに向かう途中の散歩道。すれ違う人々は、皆彼女を二度見していた。
人目を引く華のある美しさなので、当然と言えば当然なのかもしれない。当の本人はそんな視線も慣れっこなのか、まったく気にしていないようだった。
(よく城を抜け出しているみたいだけど、これ街で結構噂になってるんじゃ……)
あまりの注目度に、ユーリはそんな不安が過ぎる。彼は後で知ることになるが、その不安は当たっていた。街では幸運を運ぶ妖精や恋人たちに試練を与える天使など、一風変わったジンクスとなって彼女の存在は広まっていた。(彼女の耳にもその噂は侍女から入っており、実は今も今日出会えたりしないかなと考えていたりする)
不慣れな視線に苛まれる中、ちらほらと繁華街が見えてきた頃合いだった。ユイカが正面から歩いてくる二人の男を見て、突然「えっ?」と驚きの声をあげた。
よく見ると燕尾服を着た小柄な青年と彼の護衛とみられる大柄の男がこちらに向かって歩いて来ていた。
青年の格好は明らかに街中では浮いていたが、それを強引に納得させてしまうような気品を醸し出していた。
もう一人の大柄の男は、鍛え抜かれた身体と大気を痺れさすような威圧感から、かなりの手練れであることがすぐにわかった。
当然、そんな人物が護衛をしているのだから、青年が特別な身分であることもすぐに察した。おそらく、戴冠式に出席するどこかの魔女の血縁者なのだろう。
彼らはユイカの目の前まで来くるとゆっくりと立ち止まった。
「ユイカ様、ご機嫌いかがでしょうか?」
燕尾服の青年は微笑みを添えて胸に右手を当て一礼した。
「えっと、ロータス家のご子息様ですよね?」
ユイカが困惑した表情を浮かべながら訪ねる。
「はい。ガラク=ロータスです」
青年は微笑んだまま頷く。
確かロータスというのは【青の魔女】に連なる一族のはずだ。予想通り魔女の血縁者である。
「どうしてこちらに?」
ユイカがそう問いかけると、ガラクは片膝をついて胸に手を当てて答える。
「僭越ながら、お迎えに参じました」
「えっ? 城の者がわざわざガラク様を迎えによこしたのですか?」
「いえ。おそらく私だけではありません。サズ様より余興として街にいるユイカ様を連れ帰った者に縁談の席を設けるということでしたので」
「はい?! 縁談?!」
ユイカの声が裏返る。
あまりにその声と顔が面白かったので、ユーリはぶっと吹き出した。勿論、気位の高い魔女様は不満そうにすぐにこちらを睨んできた。
ユーリは一度コホンと咳払いをしてからわざとらしい口調で言う。
「残念ながら私のエスコートはここまでのようです。ここからは貴女に相応しいお方と時間をお過ごしください」
面倒事からの解放に喜びを隠せないユーリ。それをユイカは恨めしそうに見つめていたが、何故か急にニヤリとしてガラクの方を向いた。
「ガラク様、大変申し訳ありませんが、今回は先約がおります。彼がわたしに一目惚れをしたらしく、どうしても時間を共有したいということなので」
「はっ、はい!?」
今度はユーリがすっとんきょうな声をあげる。ユイカはそんな彼に追い討ちをかけるように、恥ずかしそうにモジモジしながら言う。
「今さら照れることもないでしょう? あんなことまでしておいて」
「ちょっと何言ってるの?! 何もしてないでしょ!」
ユイカは慌てるユーリに近づき、耳元で囁く。
「したでしょう? 間接キス」
「間接キスって……。子供なの? それともバカなの?」
「バカって何よ。失礼ね。わたし、この街の女王なんだけどぉ」
「でも戴冠式まだし」
「何それ。君こそ子供じゃん」
「少なくとも君よりは大人だし」
二人の子供の口喧嘩ような、付き合いたてのカップルの痴話喧嘩のような低レベルな言い争いに、呆れ顔のガラクが申し訳なさそうに割り込んできた。
「ユイカ様、やはり我々とともに城に帰還して頂きます。このままというわけにもいきませんので」
ガラクはガタイのいい男に目で何らかの指示を送った。
ガタイのいい男は頷くと、二人の背後に回り退路を塞ぐ。
「ガラク様、それではわたしを捕まえられませんよ。今も伴侶としても」
ユイカはそう啖呵を切ると、ユーリの手を掴んで後ろへ駆け出した。
「ザザ!」
ガラクがガタイのいい男に向かって叫んだ。
ザザと呼ばれた男は、その合図に従って横を通り過ぎるユイカの腕を掴もうとする。しかし、彼の右手が彼女を捕らえることはなかった。彼が彼女の右腕に触れようとした瞬間、まるで感電したように眩い光が弾けて彼を拒絶したからだ。
弾け飛んだ光は、無数の美しい光の羽根となって周囲に舞い散る。その中を無邪気な笑顔で駆け抜る少女は、まるで天使のように見えた。不覚にもユーリはその姿に一瞬見惚れてしまった。
ユーリはすぐにはっとして後ろを確認する。不思議な力に弾き飛ばされたザザは、バランスを崩して尻もちをついていた。ガラクはユーリと同様にユイカに目を奪われているようだった。
ユーリは再び前を向き、手を引く少女に目をやる。その視線に気づいた彼女はこちらを見て微笑むと、まるで他人事のようにこう言った。
「これは二人でお説教かもね」