女王の宝物③
目的地の洋服屋は、目抜き通りの中でもこぢんまりとしたお店だった。しかし、有名なファッションデザイナーの直営店のようで、どれも品質は高いものだった。勿論、その分結構値も張るようだが。
そこではまた女店主が母と知り合いのようで、マナを見た途端、感極まって涙を浮かべていた。そして「素敵な服を選んであげる」と言う彼女の勢いに負けて、マナはしばらくの間されるがままの着せ替え人形になることとなった。
途中、彼女の選ぶ服があまりにエレガントな服装ばかりだったので、フリュルルに目で助けを求めたのだが、彼は何を勘違いしたのか、店主と一緒になってマナを着飾りだしてしまった。
初対面なはずなのに二人はやたらと息が合っていて、余計に困ることになった。ちなみにフリュルルは、やたらとお姫様チックな服装を勧めてきた。
このままでは二人の趣味に染められてしまいそうだったので、マナは渋々服選びに参加して自分の意見も主張した。
結局、一時間くらい彼らと格闘した末に、二人から提示された物の中でマナが何とか許せる物を一着ずつ、そして自分の好みの物を一着買うことで妥協した。
店を出るときには、クタクタだったが何故だかクスッと笑ってしまった。想像していたより、ずっと楽しかったからだろう。何事も経験してみるものだなと彼女は思う。
お遣いはこれで終わりだったが、せっかくなので近くにあった雑貨屋や宝石店も覗いてみることにした。
事件はその宝石店で起きた。
マナが細かい装飾がされたペンダントに見惚れていると、突然店内に女性の悲鳴が響き渡った。
(なんだろう?)
マナがそう思って騒がしい方に顔を向けると、覆面を被った二人組の男が店内に侵入してきていた。
一人は女性客を拘束して拳銃のような物を彼女に突きつけ、周囲を警戒している。先程の悲鳴はおそらく彼女のものだろう。もう一人は店員に向かって、鞄に宝石を詰めるように脅していた。
『リリ、どういうこと?』
リリならば少なくともこんな状況になる前にマナに知らせることができたはずである。それをしなかったということは何らかの意図かあるのか、あるいは不測の事態があったということになる。
『ここ数時間の間、その人たちが宝石店に入った形跡がないの。それに今店内のカメラを確認したけど、入口ではなく化粧室から現れている。強盗には違いなけど、多分これは計画的なものだと思う』
『そういうことね。だからか』
マナは人質になっている女性を見る。
その女性の怖がり方は、表情に強張りがなく明らかに不自然に見えた。まるで下手な演技をしているようである。
『ねえ、リリ。人質になっている女の人は、間近に化粧室に行った?』
『うん。もしかして彼女が楔を?』
『多分ね』
外から入った形跡がないのならば、考えられるのは転移だ。この街で気軽に転移魔法を使えるのは母のみ。その他の者が転移するには、魔法具を使用するしかない。
そして、転移の魔法具を使用する場合は、座標を固定するために転移先に楔を打たなければならない。おそらく人質の彼女が先行して来店し、化粧室に楔を打ったのだろう。
「どうしようか?」
マナはフリュルルに意見を求める。
「お父様におねだりするのがよろしいかと。彼はマナ様に甘いので必ず成功すると思われます」
「ペンダントの話じゃなくて、あれのこと」
素っ頓狂なことを言うフリュルルに、マナは強盗に視線を送って状況を確認させる。
「ああ、あれですか。あんな小物、マナ様がご心配なさることはありません。こちらに敵意を向けた瞬間、始末する予定です」
フリュルルは満面の笑みでそう告げた。どうやら、彼にとってみれば取るに足らない状況のようである。
「できれば無傷で拘束したいのだけどできる?」
犯罪者とはいえ即死刑ではあまりに可哀想なので、マナは拘束するように指示する。
「マナ様はお優しいですね。畏まりました。容易いことです」
フリュルルは胸に右手を当てると、マナに向かって頭を下げた。
自信満々の顔である。その姿を見て何故だか、マナは急に不安が込み上げてきた。
(本当に大丈夫かな。やり過ぎないといいんだけど……)




