54話 白と黒の邂逅②
叔父のいた心象世界。その世界の破片を飲み込んだ光が次第に収束し始めていた。
ユイカは叔父を見送った後も、その場で天を見つめていた。
怒りと悲しみと虚しさ。それらが複雑に入り混じって、気持ちはぐちゃぐちゃだった。そんなユイカを慰めるように、誰かが後ろから優しく抱きしめてくる。
無数の白い羽根が宙を舞っていた。視界の端には、抱きつく腕の外側からユイカをそっと包み込む白い翼も見える。もしかしたら、彼の言っていた間の抜けた天使とやらなのかもしれない。
「あなたがわたしをここに呼んだの?」
ユイカは背後の見知らぬ人物に訊ねる。
彼女は現実世界でユーリに抱きつかれたあと、すぐに別の誰かに呼ばれて、気づいたら叔父の背中を見ていたのだ。
『ええ。彼に救いを与えるには、あなたが必要だったから。それにわたしもあなたに会いたかった』
見知らぬ誰かは、透き通った女性の声でそう答えた。
「わたしに? というか、それなら、わたし叔父様に許さない宣言しちゃったんだけど、よかったのかな?」
『あれでいいのよ。彼は許されたかったわけではない。ただ、あなたの生きた言葉を聞きたかっただけ』
「生きた言葉?」
それは何だろうとユイカは思ったが、それ以上に背後にいる彼女のことが気になった。
「ねえ、あなたは誰? ユーリ君が言ってた間の抜けた天使さん?」
『そう。元間の抜けた天使。今はそんなことないと思うけどね』
背後の天使はクスクスと笑ってそう答えた。天の使いにしては、とても親しみやすそうな感じである。
「ふーん。じゃあ、天使さんは何てお名前なの?」
『それはまだ秘密。でも、きっとまたすぐに会えるから、そのときは仲良くしてね』
「すぐに会えるのに秘密なの? 変なの」
ユイカは目を細めて首を捻る。そんな彼女に、天使は優しく問いかけてくる。
『ねえ、今恋をしてる?』
「いきなり恋バナ!?」
『わたしは恋愛を司る神様の使いだから』
「絶対嘘!」
ユイカは茶目っ気たっぷりの天使に思わず突っ込んでしまう。
『そんなことないわ。あなたに関しては本当に恋のキューピットなんだから。だから、想い人がいるのなら絶対にアプローチしないとダメよ。その子があなたの運命の人なんだから』
「何か適当だなぁ。まあ、気になる男の子はいるけど、でもその子は立場的に難しそう。それにわたしに興味なさそうだし」
ユイカは最近出会った男の子を思い浮かべて「あはは」と苦笑いする。
『大丈夫。立場なんて些細なことよ。それにわたしをポンコツ扱いするかたつむり少年なんて、あなたが積極的にいけばチョロいもんなんだから』
「かたつむり少年?」
『気にしないで。こっちの話。とにかく、あなたの魅力を活かして少し強引にいけば、思春期の男の子なんて簡単に落ちてしまうから大丈夫。だから絶対にその恋実らせてね』
「な、何かよくわからないけど頑張ってみるね」
ユイカは言葉を捲し立てる天使に押されて前向きに答えてしまう。段々と同年代の女の子と話しているように思えてきた。
『どうしても会いたい子がいるの。だからお願いね』
お茶目な天使は、そう囁いて何故か愛おしそうに下腹部を擦ってくる。
何かを託すような言葉に聞こえたので、その意味を尋ねようとしたが、突然この世界が崩壊し始めた。おそらく意識が覚醒しようとしているのだろう。
『名残惜しいけど時間のようね。さあ、行っておいで。未来であの子があなたを待っている』
背後の天使は、ユイカの身体から離れると背中をぽんと押してきた。
その瞬間、急に瞼が重くなった。
ユイカは蹌踉めきながら後ろを振り向く。まるで未来を知っているような口ぶりだったので、その真意を彼女に尋ねたかった。
しかし、もう視界はぼやけてしまっていて、彼女の姿をはっきりと見ることはできなかった。ただ一瞬だが、優しく微笑む黒髪の女性が見えた気がした。
(待って!)
そう叫ぶ前に視界は暗転した。ハッとしてもう一度目を開けると、そこは現実だった。
場所は研究所の敷地内にある芝生の上。天使に呼ばれる前と変わらず、ユーリと抱き合った状態のままである。気を失う前は空に浮いていたはずなので、彼がその後に飛行魔法でうまく着地してくれたのだろう。
彼は眠っていた。すぐに胸の傷を確認したが、それは消えていた。「あれ?」と思いながら全身を隈なく調べたが、どこにも怪我などしていなかった。
(もしかして夢だったのかな?)
ユイカは不思議に思ったが、一先ず安心した。
次に周りを見回すと、近くでリュートが横たわっているのを発見した。口元が血だらけだったので、慌ててそちらの様子を見に行く。
調べてみると簡易な治癒魔法で命を繋ぎ止めている状態だった。一刻を争う危険な状態だったので、ユイカはすぐにヒーリング・フェザー・レインを使って治療を試みた。すると、何とか間に合ったようで、次第にリュートの顔色が良くなり、呼吸も安定した。
穏やかな顔になったリュートを見て、ユイカは「ふーう」と一つ大きく息を吐く。そして、小声で「ありがとう」と礼を言った。
彼が目を覚ましたら、照れくさくて絶対に言えない言葉。だったら、今のうちに言っておこうと思ったのだ。彼も今更自分に礼を言われるなんて気恥ずかしくて嫌なはずだ。むしろ、この方が彼も喜ぶだろう。
そんな都合の良い解釈で自身を納得させていると、ユーリが「うーん」と唸って目を覚ました。
「大丈夫? 痛いとこない?」
ユイカは彼の下に駆け寄り、訊ねる。
「痛いところはないけど、もうヘトヘトかな」
ユーリは眠そうな顔でそう答えると、思い出したようにリュートに目を向ける。
「彼、大丈夫?」
「うん。もう大丈夫」
「それなら良かった。彼、頑張ったから褒美は弾んであげてね」
「わかってる。でも、困ったなぁ。もう紹介できる女の子いないんだけど」
ユイカは困り顔を作って戯けてみせる。彼は「何で女の子限定なのさ」と苦笑いしていた。
「君はその月の指輪でいい?」
ユイカはそのうち会えるという天使の助言に従って、目一杯可愛らしくして微笑む。
ユーリはそんなあざとい彼女を見て顔を顰めた。そして、彼はため息混じりに確認してくる。
「ねえ、それって何か別のものもついてこない?」
「勿論。これ以上ない素敵なプレゼントでしょ?」




