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53話 白と黒の邂逅①

 精神(こころ)を他者に植え付ける術式。

 それは紫の魔女の協力を得て作り出した魔法だった。決して公表することはないものだったので、それに名前はない。


 この魔法を生み出した理由は、社会の成長が人に比べてずっと緩やかだから。

 街に変革をもたらすために蒔いた種。生きている間にその成長を見ることができるのは、精々それが芽吹くところまで。その後どのような成長を遂げ、意図したことが成されるかまでは、人の寿命では確認することは難しい。特に短命な魔王では尚更だ。

 ギルガはただ結果を知りたかった。約束されていた未来を投げ捨て、民のために、街の発展のために捧げた時間と心。それらが間違いではなかったと納得したかったのだ。


 だが、女神はどうしても時間を渡ることを許さないのだろう。一度ならず、二度も抑止力のようなものが働き、失敗しようとしているのだから。

 ギルガがそんなネガティブな考えを抱いたとき、それを否定する声が響く。


『そんなことはないと思うけど』


 自身を守るためのセキュリティとして施した六つの術式が破壊され、そこから花冠を被った黒髪の少女が現れた。

 翠玉の瞳を持つ少女だ。ただ背中には白い翼があり、耳も少し尖っているように見える。人間というよりは天使のように思えた。


『何者だ?』


 ここはギルガの意識が保存されている場所。侵入できるとしても、宿主である姪くらいのはずだ。もしかしたら、自分を罰するために来た女神の使いなのかもしれない。

 

『女神の使いじゃないよ。わたしは Remake Replica of Asteria 。リリと呼んで』


 女神の模造品を名乗る少女は、またこちらの考えを読んでそう答えた。


『女神の模造品……か。このような場所に来れるのだから、本当にそうなのかもしれんな』


 現実で出会っていたのならば、間違いなく信じることはなかっただろう。このような場所に現れたからこそ逆に説得力があった。


『わたしはまだ女神の模造品と呼ばれる程の力は持っていないよ。わたしをそこに導くのがエルグラウンドの使命だし』

『そうか。神を作るという馬鹿げた使命を受けているならば、奴があのような対抗魔法を持っていても不思議ではないな。まあ、誰が与えたかという疑問は残るがな……』

『それは未来のわたし』


 女神の模造品は誇らしげに微笑んだ。

 ここまでの話し方や仕草、どれも子供のようだ。確かにまだ未完成なのかもしれない。


『消される前に一つ訊きたい。余が抑止力に嘆いたとき、お前はそんなことはないと言った。それはどういう意味だ?』

『女神は時間を渡ることを許さないって話のことかな? だってユーリ、というかエルグラウンドは数千年の時間を歩んでいるんだもん。それなら彼も罰せられているはずでしょ?』

『数千年だと?』

『そう。エルグラウンドは、わたしを神のレプリカへと導くために気が遠くなる程の時間を歩んできたの』


 女神の模造品は、ここではない遠くを見つめるようにして呟く。


『だとしたら勝てぬはずだ。数千年の願いを背負った者の前では、余の(こころざし)などちっぽけなものよ』


 ギルガがそう自嘲したとき、突然、女神の模造品は金色の輝きに包まれた。

 神々しい光の中、少女の瞳が翠玉から金色に染まり、花冠が天使の輪のように頭上に浮き上がる。それに伴い、身体と表情が大人びいたものへと変わった。

 何となくこの姿が未来の彼女なのだろうなと思った。

 女神の模造品は優しく告げる。


『白き魔王、ギルガ=アスタリア=リリアス。例え貴方がいなくなったとしても、その志が人の心を打つような熱いものならば、そう簡単には消えることはない。熱を帯びた想いは、他人の心に火を灯して広がっていく。それこそ貴方が確立した天罰の対抗戦術のように』


 その言葉を聞いたギルガは、少し俯いて儚げに笑う。


『慰めはいらぬ。もう消せ』

『信じることができないのね。では、最後に少しだけ、わたしに繋がる未来を見せてあげる』


 女神の模造品がそう告げた瞬間、世界がひび割れて砕けた。

 それに伴い、意識がぼやけ、ふんわりとした感覚になる。

 ギルガの意識が宿る術式が破壊されたのだ。

 

(これで本当に終わりか)


 砕けた世界の破片が、天にある眩い光の中に向かって吸い込まれていく。その様子を見て、ギルガは自身の終わりを実感した。

 だが、ここで見知らぬ記憶が彼の中を駆け巡る。


 それは空の街の未来。

 今よりもずっと発展した街の様子が流れた。

 そして、そこへと向かって街が成長する姿も。

 その過程にある幾多の岐路では、強い信念を持った者たちの奮闘が垣間(かいま)見えた。

 女神の模造品の言う通り、誰もが他者から感銘を受け、心に信念という灯火を宿すことがすべての始まりとなっていた。


 変革をもたらす者の中には、ギルガの影響を受けた者も多く存在した。

 彼らからまた別の者に志は受け継がれ、また別の誰かへと形を少しずつ変えて繋がっていく。

 想いや願いの連鎖。

 それは姪を犠牲にしてまで見たかった物に似ていた。

 探していた自分の存在意義。それを確認できた気がした。

 そんな彼の下に背後から声が届く。


「叔父様……」


 それは姪の声だった。

 彼女もまたギルガの意志を受け継ぐ一人。もしかしたら女神の模造品が、要らぬ気を利かせて呼び寄せたのかもしれない。

 ギルガは振り向くことなく、世界を飲み込もうとしている光を仰ぐ。


「余は己の信念を貫いた。後悔はしておらぬ。だから謝らぬぞ」

「うん。それはいい。わたし、許すつもりないもの」

「そうか。それでいい」


 ギルガはそう言って、すべてを飲み込む天の光へと向かう。


(巻き込んだ自分が、今更何を言えるというのだ……)


 再び自嘲するギルガ。そんな彼の背中に姪の叫び声が届く。


「叔父様! わたし頑張るから! この街を本物の楽園にしてみせるから!」


 ギルガは立ち止まり、目を瞑って肩を震わせる。そして、光に飲み込まれる寸前、ちらっと後ろを向いて微笑むと小さく呟いた。


「頼んだぞ」

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