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蒼穹の魔女は天才魔法工学技師《マギアクラフター》を振り向かせたい!  作者: 新戸 啓
本編

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49話 選択のとき

『実行するなら、あの()が眠っている今が最後のチャンスだよ』


 ユーリの背中を押すようなリリの言葉。ユーリは『うん』と頷く。


『大丈夫だよとか、希望を持たせることは言わないよ。もしかしたら、これでこの街は完全に詰んでしまうかもしれないし。それでもユーリはあの娘が救われる可能性に賭けたいのでしょ?』

『うん』

『じゃあ、行こう! わたしも半分責任を背負うから、あの娘を救いに行こう!』

『うん!』


 リリの激励を受けて、ユーリはマテリアルダーツでマナを補充すると、一直線に眠る少女の下に向かって走った。途中、リュートが並走してきて、こちらをちらっと見て言う。


「まだ諦めてねぇんだろ? 最後まで付き合うぜ」

「ありがと。じゃあ、僕を彼女の下まで送って!」

「おうよ! 任せておけ!」


 リュートはユーリの盾になるように前に出て突き進む。

 そんな彼に対して、アヤメが描かれた魔法陣は新たな魔法を発動させて巨大な光弾を撃ち放ってきた。

 それでもリュートは足を止めなかった。むしろ加速させて光弾に突っ込み、白銀の槍でそれを貫いて掻き消してしまった。

 彼はそのまま注意を引きつけるために展開している魔法陣へと突進していく。


 ユーリはユイカの下にたどり着くと、片膝をついて彼女からの預かり物を取り出した。

 それは太陽の指輪。白の魔女を守護する星彩のレガリアの一つだ。

 ユーリはユイカの左手を取って、それを指に通そうとする。


(星彩のレガリアはリリとの意識の共有に干渉していた。それをうまく利用できれば……)


 ユーリの狙いは、星彩のレガリアによる干渉を利用してリリをユイカの意識に送り込むことだ。しかしその目論見がはずれれば、覇王に正真正銘の絶対防御を与えることになってしまう。深夜とはいえ、月の指輪を持つ自分が傍にいれば、その効力は十分に発揮されてしまうはずだ。


 そのことが僅かな躊躇いを生み、指輪を通すまでの一瞬の間を作った。


 最悪なことに、そのタイミングで少女の目が開いた。


 紺碧の瞳がユーリを捉えると、少女は唇の端を釣り上げ笑う。瞬間、彼女から膨大な魔力が解き放たれ、周囲にあるものをすべて吹き飛ばした。

 当然、ユーリも例外ではなく、上空へと打ち上げられる。Lリンクスに備わった飛行魔法によって何とかバランスを立て直したが、彼女が目覚めてしまったことで太陽の指輪はまだ彼の右手の中にあった。


「大丈夫か?」


 リュートが心配してくれて傍まで飛んできてくれた。


「うん。でも、しくじった……」


 ユーリは立ちあがろうとする少女を見ながら、奥歯を強く噛みしめる。


 少女は展開されている魔法陣に目を向けると、瞬時に十三の魔法陣を再構築させた。次にそれらの展開を解くと、今度は右手を広げて拳くらいの黒い渦を作り出した。彼女はそこに手を突っ込み、何かを引っ張り出す。


「なっ!」


 リュートが少女が取り出した物を見て驚きの声をあげた。何故ならば、それは彼女が眠っている間に隠したはずの虚のレガリアだったからだ。

 ユーリも同様に驚いていたが、さらに事態は急変する。視界に捉えていたはずの少女が忽然(こつぜん)と消えたのだ。


 絶望の未来が脳裏を過ぎる。

 少女はいつの間にかリュートの背後にいた。

 彼女は先端に斥力場を纏った錫杖で彼の背中を殴打する。

 リュートは何も反応できずにそのまま地上まで叩き落された。

 あまりの速さに見えた未来を彼に伝えるどころか、一言も口に出すことさえできなかった。


(転移? いや、今はそんなことより)


 ユーリは間合いをとらねばと思ったが、身体を動かす前に少女が放った雷撃が胸を貫いていた。

 

 呼吸が一瞬止まる。

 全身が痺れ、激しい痛みに襲われた。

 すべての運動器官が働きを失い、ユーリは落下していく。

 狭まっていく視界の中で、美しい少女が冷たい目でこちらを見ていた。

 その表情を見て、ユーリは何とも言えない気持ちになる。


(ああ……。やっぱり君にそんな顔は似合わないや)


 ユーリはそう思いながら重くなる瞼を閉じる。


 果てのない暗闇。

 そこに落ちていくような感覚があった。

 その中で、過去の様々な情景が駆け巡っていく。


 幼い頃、レイナと暮らしていた日々。

 シュリによるお稽古という名の拷問。

 それに空の街で過ごしたここ数日の記憶まで。

 遠い過去から現在までの記憶が、津波のように一気に押し寄せてくる。


(これが走馬灯か……)


 ユーリは本当にあるんだと思いながら、蒼穹の魔女と過ごした日々に目を向けた。


 本当によく笑う娘だった。

 抱えている問題もまったく感じさせず、本当に笑顔が絶えない()だった。

 そんな彼女の傍にいると、陽だまりの中にいるようで心地よかった。

 ずっとその中に浸っていたいと思うくらいに、本当に穏やかな日々だった。

 いっそ与えられた使命など忘れて、彼女と時間を共にするのも悪くない、そう思った瞬間も何度もあった。

 今でも心の片隅でそう思う自分がいるこそ、彼女を必死で取り戻そうしているのだろう。


 でも、それはできない。

 使命を投げ捨てることなどできない。

 リリのためにも、レイナのためにも、止まるわけにはいかない。


 だから、せめて。


 あの笑顔だけでも取り戻したい。


 そう願ったとき、リリの声が心に響いた。


『君はそれを願うの?』

 

 確かめる声は()のリリのものではない。それはユーリに魔法を、そして使命を与えた遥か先の()()にいるリリの声だった。


『たどり着いたね。さあ、選択のときよ』

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