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3話 夢の少女

 赤褐色(せきかっしょく)のレンガが敷き詰められた石畳の上を歩いていた。


 両脇の花壇には暖色の花が並んでいる。歩みの先には立派な造りの噴水があった。

 貴族や富豪が住むような立派な屋敷の中庭、あるいは屋上に作られた庭園のように見える。どちらにしろ、ユーリの知らない場所だった。


 わかることは、この場所が故郷の海底都市ではないということだ。降り注ぐ光が全く違う。海底都市の淡い雪のような光ではなく、あらゆる生命に活力を与えている力強い光だった。

 ユーリはその慣れない眩い日差しを掻き分けるようにして石畳の上を進んでいく。


 噴水に近づくにつれ、天辺に祈りを捧げる女神像が装飾されていることがわかった。その女神の足下から噴射されている水は、八方に綺麗な放物線を描いている。そこから飛び散った水しぶきが日差しに反射して輝いていた。

 その輝きが覆い隠していたのか、噴水の手前まで来てやっとその奥にある人影に気がついた。


 一人の少女が噴水の奥にあるベンチに座っている。

 金色の髪の少女だ。

 ユリの花の装飾が施された髪飾りでその綺麗な髪を束ねてサイドアップにしている。

 少し俯いているが、それでも整った顔立ちをしていることがわかった。

 全体としては、女性特有のふくよかさに少し欠けているが、幼さを残すその姿は妖精のような神秘的な存在を彷彿(ほうふつ)とさせていた。

 そのせいか、少し人間離れした美しさのようにも感じた。


 誰かを待っているのか、少女は退屈そうに足を伸ばして(かかと)で地面を右左と交互に叩いていた。その姿は約束をすっぽかされて、いじけているようにも見える。


 そんな少女をもっと近くで見たいと思い、噴水の右側を回って近づいていく。すると人の気配を感じたのか、少女は頭を上げて、こちらに顔を向けた。そして、まさに少女と目が合うそのときに目が覚めた。

 現実と夢を繋ぐ回線が強制的に遮断されたような急な目覚めだった。いつもなら起きてから夢心地の状態がしばらく続くのだが、今はしっかり覚醒して現実に定着していた。


(多分あれは……)


 今見た夢を思い出しながら、ユーリは上半身を起こす。

 とりあえず時刻を確認しようとしたが、時計らしき物は見当たらなかった。ただ天井の間際にある小さな窓から光が差し込んでいたので、少なくとも夜は明けていることは確認できた。


 あらためて周囲を見回すと、そこはこぢんまりとした部屋だった。

 備え付けられた家具は、ベッドと一組の小さな机と椅子のみ。四方は一つの扉を除いて壁で囲まれている。その扉の向こうもバスルームがあるだけだ。

 つまり、この部屋には出口が存在しない。部屋の内側には外に繋がる扉がないのだ。聞いた話によると、昔()()()と呼ばれた王族を幽閉していた場所ということだ。


 何故このような場所にいるかというと、戴冠式に招いた客人を囚人のいる牢獄に入れるわけにはいかないという、この街の宰相の判断だ。

 シュリは別に構いませんのにと愚痴をこぼしていたが、その判断に対して無理に食い下がることはなかった。さすがに相手の立場を考慮したのだろう。


 試しにユーリは扉をノックするように壁を軽く叩いてみる。感触的にはかなり厚く造られているように感じた。王族に使用されていたということは、おそらく魔法への対策も施されているはずだ。


 王族、つまり魔女の血筋に近い者は先天的に魔法の力を持って生まれてくる者が多い。

 孫の代までならばほぼ確実に、ひ孫で半々、それ以降になると極端に確率は下がる。魔女の力を継承できる者は、基本的には魔法を扱える魔女の血縁者なので、大抵は孫の代までが王族として認められている。

 そんな訳で王族を閉じ込める場所ならば、魔法対策として何重にもトラップが施されているはずだ。強引に壁を破壊しようとしても脱出はほぼ不可能だろう。


「展開されている術式を破壊すれば出られそうだけど、まあ、大人しくしてるのが無難だよね」


 ユーリは自分に言い聞かせるように小さく呟くと、再びベッドで横になった。


 真っ白な天井を眺めながら昨夜のことを振り返る。

 赤髪の少年。確かリュートという名だったか。

 シュリの話によると、一昨年、十四歳という異例の若さで魔女の騎士に選任されたという。突如現れた超新星ということで、この街では英雄のような扱いを受けているらしい。


 刃を向けられてみてわかったが、おそらく武術においては自分よりも数段高みにいる。身を守る術として、定期的にシュリに拉致され、嫌々に武術をかじった自分とは比較にならないはずだ。


 天賦の才もあるが、加えて幼少から絶え間なく鍛錬を続けてきたのだろう。そうでなければあの若さで辿り着ける領域ではない。

 彼は血の滲むような努力の上に騎士という地位を掴んだのだ。それを理解している者がこの街にどれほどいるか。安易にヒーローを求めたがる民衆とは気楽なものである。


 ユーリがそんな年寄じみた考えを巡らせていると、突然机の近くの壁が白く輝き出した。

 何事かと起き上がると、そこには外と繋がる扉ができていた。

 当然、シュリが迎えに来たのだろうとユーリは考えた。しかし、そこから現れたのはメイド服を着た見知らぬ女性だった。


 メイド服の女性は深くお辞儀をすると、丁寧な口調で話し始める。


「おはようございます。お食事のご用意ができましたのでご案内致します」

「あの、迎えは?」

「シュリ様は午後にいらっしゃるようです。それまでは宮中でお過ごし下さいと、サズ様より言伝を預かっております」


 サズとはこの街の宰相の名だ。

 まだ三十を過ぎたばかりと聞くが、卓越した政治的手腕とカリスマ性により、若き魔女を支えているらしい。戴冠式も間近に迫って多忙なはずなのに、シュリの我儘に付き合わされて何とも気の毒である。


 とりあえず五分ほど身支度の時間を貰ってから部屋を出た。そして、廊下で待っていたメイド服の女性に連れられて、しばらく迷路のような廊下を進んだ。

 歩みを進めるうちに次第に内装が優雅な作りになっていく。やがて明るく開けた場所に出ると、吹き抜けの螺旋階段があり、それを上るとホテルのラウンジのような洒落た作りの広間にたどり着いた。

 そこは全面ガラス張りで、アーズル・ガーデンの街並みを一望できた。おそらく多くの客人を招いた際などに使用される場所なのだろう。もしかしたら昨夜の夜会もここで行われたのかもしれない。


 メイド服の女性に促されて、窓際のテーブルの席に座った。次に彼女は配膳台に用意された食事をテキパキと並べていく。最後にカップへコーヒーを注ぐと、「ごゆっくり」と微笑んで調理場と思われる奥の部屋に消えていった。


 窓の外を見ると、昨夜時計台から眺めた空とは別の空がそこにあった。

 どこまでも広がる蒼く()んだ空は、闇で境界が曖昧となった夜空と違う意味で果てを感じさせない。

 それに景観に王宮を含まない街並みも新鮮だった。この風景は支配者の特権ともいえるだろう。


 ユーリはその素晴らしい景色を眺めながら、のんびりと食事をとった。

 途中、壁にかけられた時計で時刻を確認すると、朝食というよりは昼食に近い時間で少し驚いた。

 どうやらあのような特殊な場所でもぐっすりと眠れたらしい。


 一通り食べ終えると、食後のコーヒーとデザートが運ばれてきた。ユーリがそれらを堪能していると、ふと視界の端で白い何かがふわりと動いた気がした。


 気になって目を向けると、フロアの入り口に白いワンピースを着た少女がいた。

 少女はまるで深い森に迷い込んだ兎のようにキョロキョロと周囲を見回している。

 金色に輝く髪とユリの花の髪飾り。紺碧の瞳はこの街の空を集約しているようだ。何より老若男女問わず誰もが目を向ける美しさを持っている。


 夢で見た少女だった。

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