47話 頼れる天使
覇王を蘇らせている十三の魔法陣。
その中のメインの術式に干渉するためには、最初に厳重なプロテクトをはずさなければならない。
しかし、彼女の凍った時間が解けるまで、あと十分前後というとこ。早めに見積もって五分。時間との勝負になると思った方がいい。
(まずはこの鍵模様の魔法陣からだ)
プロテクトに使用されている六つの魔法陣のうち、これは残り五つを暗号化している術式だ。この入り口部分が最も厳重となっている。しかし、この術式が作られたのは八百年も前のこと。ユーリにとってみれば、時代遅れの構造に過ぎない。
ユーリはすぐにその構造の欠陥を見つけ出し、鍵模様の魔法陣を破壊する。すると、暗号化されていた五つの魔法陣が通常の神与文字に戻って再構築された。
その五つの魔法陣は、各々が単独で作用しているわけではなく、五つが複雑に絡み合うことで、一つの術式として成り立っていた。時間をかけて地道に全容を把握すれば解除できそうだが、それでは途方もない時間が掛かる。
ただし、それは人間の頭脳での話だ。こちらには圧倒的な計算能力で海底都市のインフラを管理している頼れる天使がいる。
ユーリは腰の鞄から握り拳程度の大きさの立方体を取り出す。それは【キュービック】という超小型の無人航空機で、リリの視覚を確保するためのカメラとマジックディバイスが備え付けられていた。
ユーリはLリンクスを通してアクア・スフィアにいるリリとキュービックを繋げる。すると、それは宙に浮いてユーリの周りを飛び回った。
『リリ、見える?』
ユーリは頭の中で確認する。戦闘の前にあらかじめリリとは意識を繋げていた。
『うん! 大丈夫!』
『じゃあ、お願い』
『何か、わたし都合のいい女みたいなんだけど』
『そんなことないよ。一番に信頼してるし、愛しているよー』
『それって二番以下もいるってことじゃない。それに棒読み!』
ぶーと文句を言いつつも、リリは人間を遥かに凌ぐその計算能力で、あっという間に五つの魔法陣を破壊してしまった。
これによってメインの術式への干渉が可能となった。
ユーリは術式の核となっているユリの紋章が描かれた魔法陣を見つめる。これは彼女の魔力をこの術式に提供し、さらに制御している部分。魔力を血液に例えるなら心臓のような役割をしている部分だ。
(魔力の供給を断つのが手っ取り早いんだろうけど、供給元である彼女自身に影響があるかもしれないしなぁ。時間がないけど、ここは慎重になるべか)
『その方が無難かも。術式が複雑だから、強制遮断はこの娘にも負担が大きいはず』
リリは判断を迷うユーリに助言をくれた。やはり、彼女の存在は時間に追われる中で非常に頼りになる。
『となると、アヤメの魔法陣二つも最後にした方がいいよね?』
『うん。特にこの娘の心を閉じ込めているものは、すべての問題が解決してからの方がいいかも』
『そうだね。時間がないけど、安全優先でいこう』
『慌てる必要はないよ。実質、覇王の意識が保存されている魔法陣まで破壊してしまえば、残りはこの娘の時間が動き出してからでも大丈夫だから』
『うん。わかってる』
最後に破壊するのは、彼女の心を閉じ込めいる魔法陣。その前が彼女の魔力を制御しているユリが描かれた魔法陣。覇王の意識が眠る魔法陣はさらにその前だ。つまり、実質あと四つ壊せば彼女を救うことができる。
しかし、ここからは魔法具にもよく用いられるプロテクトの術式と違って、見たことのないオリジナルの術式。そう簡単には破壊できない。ここからが本番と言っていいだろう。
『それじゃあ、この十字の魔法陣からだね』
ユーリがメインの術式に向けて気を引き締めていると、リリがウキウキの声でそう言って、いきなりマジックディバイスを通して十字の形をした魔法陣に干渉し始めた。
『ちょっと! リリ?!』
慌てるユーリをよそに、リリは次々と十字の魔法陣に書かれた神与文字を書き換えていく。すると、十字の魔法陣は次第に強い輝きを放ち始めて、中心部に小さなひびが入った。そして、そのひびは瞬く間に全面に広がって、最後には魔法陣は粉々に砕けてしまった。
『嘘でしょ……』
呆れるユーリ。
どうやら、リリの能力は、ユーリの想像を遥かに超えて向上しているようである。これなら、余裕をもって彼女の凍った精神が動き出す前に解除できるかもしれない。
『えっへん! わたし、天才だし。未来の偉大な魔女だし。そのうち神様の役割も果たしちゃうし』
リリは得意げに言う。腕を組んで鼻高々な彼女の姿が頭を過ぎった。
『そうやって調子に乗ってると、そのうちに痛い目に遭うよ』
素直に褒めてもよかったが、少し鼻についたので、ユーリは素っ気なく対応する。何よりちょっと悔しさもあった。
『もう! 男の子の嫉妬は醜いよ。素直にわたしを褒めて讃えて愛しなさい』
『ねえ、君何かこの娘に似てきてない?』
『だって、ユーリはこういう元気な娘が好きなんでしょ?』
『別にそんなことないと思うけど。てか、そんな変なとことに学習能力使わなくていいのに』
『変なとこじゃないもん。重要なとこだもん』
リリは子供ぽい口調で反論する。
二人のやり取りは、緊張感が無くなり、いつもの日常のものへと戻っていた。術式の解除に目処が立ったことで気が緩んでしまったのだ。
そんなところに、リュートの叫び声が届く。
「おい! その魔法陣!」
リュートが指差す方を見ると、覇王の意識が宿る魔法陣が輝き出し、隣に別の魔法陣が展開していた。
ユーリが「えっ?」と声を漏らした瞬間、新しくできた魔法陣が弾けて、そこから眩い光が放たれた。