45話 苛烈
眩い光が少女の全身から溢れ出し、周囲を照らす。膨張するその光は、やがて白い光の柱となって天まで昇ると、まだ残っていた黒い雨雲を吹き飛ばした。
魂の融合が起動したときのように街全体が震えていた。決着を宣告したギルガが、体内の膨大な魔力を解放したためである。
「行くぞ」
ここまでずっと受け身でいたギルガは、初めて先手をとる。
莫大な魔力で強化された身体は、飛行魔法のスピードをさらに上げ、瞬く間に赤髪の少年の下へとギルガを運んだ。そして、彼はその勢いのまま力任せに黒の錫杖でリュートを殴りつけようとする。それは単純な物理攻撃に過ぎなかったが、魔力を全解放した彼の攻撃は避ける以外選択肢のない威力を秘めていた。
そのギルガ渾身の一撃をリュートは白銀の槍で受け止めようとする。ギルガは無謀だと心で罵ったが、彼は後ろに跳び退きながら風で自身を後方に飛ばすことで、その衝撃を受け流してしまった。
(何というセンス)
ギルガはあまりに見事な捌き方に感心する。その一方で、距離をとったリュートは、そのまますぐ側にある森林に身を隠そうとしていた。
(ここは逃がさない)
ギルガは彼を追いかけ、もう一度黒の錫杖で襲いかかる。
それを阻止しようと、周囲の風が動き出していたが、莫大な魔力を纏ったギルガの動きは、その風さえも置き去りにした。
「終わりだ」
今度は錫杖の先端に生み出した重力も加えてリュートを押し潰そうとした。
だが、まさにそのときだった。経験したことのない奇妙な感覚がギルガを襲う。
(何だ? この感覚は? まるで周囲のマナに監視されているような……)
戸惑うギルガは、一旦攻撃を止めて周囲を見回す。
場所は研究所の端。森林公園のすぐ側だった。
(もう一人いるな)
警戒するギルガが茂みの中を見てそう直感したとき、そこから無数の小さな矢のようなものが飛んできた。
避けるような攻撃ではなかったが、ギルガは間近に経験した違和感が気になり、空に飛び上がって躱す選択をした。だが、それを予期していたかのように、無数の矢は白い閃光となって追いかけてきた。
「ちっ! 小賢しい!」
ギルガは黒の錫杖を振りかざして、それらを重力という見えないハンマーで打ち落とした。
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は背後から迫りくる気配を感じる。振り向くと、目を離した隙に赤髪の少年が、切りかかってきていた。
ギルガは慌てることはなかった。彼は白銀の槍を双光の衣で弾くと、すぐさまそれを解除して錫杖で反撃しようとする。しかし、そこにまた無数の小さな矢が襲ってきた。仕方ないので、彼は一旦その場に留まり、双光の衣を再発動させてそれを破壊する。
その間に赤髪の少年はさらに上空に飛び上がっていた。彼は白銀の槍を右手に持ち、大きく振りかぶって投擲する構えを見せていた。
大気が唸り、周囲の風が白銀の槍に吸い寄せられていく。視覚化された気流が槍に絡みついて、そこに大きな力が宿りはじめていた。
(神器の力を極限まで研ぎ澄ましたか。神域魔法クラスとなると、双光の衣では耐えれるかわからんな……)
瞬時にそう判断したギルガは、黒い錫杖を赤髪の少年に向け、強い斥力場を作り出して攻撃に備えた。
その瞬間、白銀の槍が放たれた。
銀色の閃光が大気を抉ってギルガに襲いかかる。
それが斥力場にぶつかった瞬間、空の街が悲鳴をあげた。
二つの神器のせめぎ合いが、凄まじい衝撃波を生み出し、浮遊する大陸全体に駆け巡る。
空は荒れ狂い、大地はその衝撃に耐えれず、ひび割れていく。まるで世界の寿命が尽き、崩壊するような様だった。
(何を考えているんだ。早く攻撃を止めろ。これでは街が持たんぞ)
ギルガが舌打ちをしたとき、再びあの奇妙な感覚に襲われる。同時に下から視線を感じたので、そちらをちらっと見た。
荒れ狂う風の中、黒髪の少年がじっとこちらを見ていた。その瞳は魔力を帯びて青白い輝きを放っていた。
(この感覚はあの少年のせいか。何を見ているのか知らぬが実に不快だ)
ギルガがそう嫌悪したとき、黒髪の少年が飛び上がってこちらに迫ってきた。
「鬱陶しい!」
ギルガは斥力場を維持しつつ、左手に雷の槍を作り出して黒髪の少年に向かって投げつける。すると、それは雷鳴を轟かせ、稲光となって黒髪の少年を襲った。
しかし、黒髪の少年は、予めキルガがそうすることを知っていたかのように、落雷に合わせて小さな矢を投擲してきた。
小さな矢は雷撃に触れると、そのエネルギーを吸収して弾ける。それを見たギルガは、「ほーう」と感嘆し、思わず口元を緩めた。
(味な真似を。ならば)
ギルガは迫りくる黒髪の少年をギリギリのところまで引きつけると、寸前で展開させていた斥力場を解除した。当然、塞き止めていた白銀の槍がギルガの命を狙ってくる。膨大な魔力で身体強化している彼はそれを紙一重で躱した。
(余の代わりに的となるがよい)
ギルガはそう思いながら、すぐ傍を通り過ぎていく閃光の先を見る。しかし、そこに少年はいなかった。何故か彼はすでに右に逸れて難を逃れていたのだ。
(あの状態から避けただと? 余の狙いを推測したというのか?)
ギルガは奇妙に思ったが、今は風のレガリアを手放したリュートを攻めるべきだと判断して、すぐに上を向いて無防備な彼の下へと飛んだ。
赤髪の少年は力を使い果たしたらしく、息を切らして、ぐったりとした感じでこちらを見ていた。抵抗する気力も残っていないのか、拳を構える様子もない。ただ強い意志を宿した瞳だけは、まだ生きていた。
「終わりだ」
ギルガがそう告げて黒の錫杖を振り上げる。そんな彼を見て、リュートは勝ち誇ったようにニヤリと笑った。そして、彼は小さい声で呟く。
「あんたがな」
ギルガが眉を寄せた瞬間、彼を覆っていた膨大な魔力はリュートの身体に吸い込まれてしまった。
(なっ!)
ほんの一瞬とはいえ、突然身体強化と飛行魔法の効果が切れたことで、百戦錬磨のギルガもさすがに少し体勢を崩した。
その隙を狙われた。
気づくと、三枚の手のひらサイズのカードがギルガの周りを回っていた。その内の一枚がダーツで貫かれると、それは青白い炎に包まれ燃え始める。その瞬間、ダイヤの模様が描かれた魔法陣が展開し、正十二面体で形成された結界に閉じ込められてしまった。
そして、拘束されたと同時にもう一枚カードにダーツが突き刺さる。同じように燃えると今度は雪の結晶の形をした魔法陣が出現し、ひんやりとした冷気が結界内を満たし始めた。
何とかしなければとキルガは思うが、まだ魔法は発動できなかった。体内ではすでに新たな魔力が生成されていたが、それを出力させるまでの刹那の時間が必要だった。
その僅かな時間を待たずに、三枚目のカードにダーツが突き刺さって燃える。すると、それは砂時計のような模様が描かれた魔法陣を作り出した。
(そうか! これは氷の砂時計と同じ原理!)
ギルガは、ハッとして黒髪の少年を見る。
姪の記憶によると、少年はエルグラウンドの名を受け継ぐ者だ。アーティファクトの術式を知っていても不思議ではない。
「必ず助けてあげるから、今はゆっくり眠って」
黒髪の少年は儚げに微笑んでそう告げる。
ギルガではなく、心の奥底で微睡む姪に向けられた言葉。それを理解したとき、彼の意識は途切れた。た。




