43話 今できること
「あっ、気がついた?」
目が覚めると、黒髪の少女がこちらの顔を覗き込んでいた。
リュートは一体誰だと思って、もう一度よく見ると、それはユーリ少年だった。
(はは。このオレが男と女と見間違えるなんて、まだ意識が朦朧としてるな)
リュートはそう自嘲しながら上半身を起こした。
「痛っ……」
全身に軋むような痛みが走った。それでも先ほどまでは指一本動かすことすらできなかったのだから大分ましな状態だ。おそらくユーリが回復薬を使って応急処置をしてくれたのだろう。
「ごめん。さっき無駄に回復薬使っちゃったから、ここまでしか治せなかった」
「いや、十分だ。助かった」
リュートは礼を言ってから、辺りを見回した。
どうやら研究所に隣接する森林公園のようだ。結構な距離を弾き飛ばされたみたいだが、森林に入ってすぐのところなので、研究所の敷地内にはすぐ戻れそうである。
次に風で周囲の気配を探ってみたが、覇王が追ってくる様子もなかった。悔しいが彼にとってみれば、リュートは生死を確認する必要もない取るに足らない存在ということなのだろう。実際、楽園の支配者である魔女からしたら、神器を持っていようが赤子と変わりないのかもしれない。
「何でここに?」
リュートは何故この場にユーリがいるのか気になり訊ねる。
「ここに来たとき、ちょうど君が弾き飛ばされたのを見たから。タイミング悪かったらこんな場所気づかなかっただろうし、良かったよ」
「そうじゃなくて、何でこんな危険な場所に来たんだ?」
「勿論、彼女を助けに。一応、この街にいる間は僕のフィアンセだしね」
状況をよく理解できていないのか、ユーリは相変わらず能天気な感じでそう答えた。
リュートはそんな彼を緊張感がなさすぎると心配する。
彼はエルグラウンドという替えのきかない存在だ。それにユイカが気に入っている人物でもある。危険に晒すわけにはいかない。そう考えたリュートは帰るように促すことを決めた。
「お前は帰った方がいい。状況はあまり芳しくない」
「でも、魂の融合ってやつを解除できるのは僕だけだと思うし」
「そんな隙ねぇよ。あいつは今、神器の一つ、虚のレガリアを持っている。それはこの街を浮遊させるほどの力を秘めてるんだぞ。おまけに属性魔法も使いこなしているし、何よりあいつ、ユイカが編み出した絶対防御の魔法までものにしていやがった。覇王の復活には星彩のレガリアが邪魔になることが救いだったのに、あれじゃ星彩のレガリアを身に着けているのと変わりねぇ」
リュートは説明しているうちに行き場のない怒りが湧き上がり、右拳で地面を殴った。
「虚のレガリアって、この街の時空間を司る精霊とリンクしている神器だよね? 確かに重力で動きを止められたりしたら厄介だなぁ」
「実際にそれをやられたが、間合いをとられていたら避けようがないぜ。近づいたら近づいたで斥力を作って弾き飛ばされるしな……」
「ああ、それでさっき弾き飛ばされてたんだね」
ユーリは納得がいったようで、うんうんと頷いていた。変わらず緊張感の欠片もないような素振りだったので、リュートの中で少し憤りが生まれた。
「でもそれさえ注意すれば何とかなりそうだけど」
「あん? 人の話聞いてたのか? 虚のレガリアに加えて、絶対防御に近い魔法もあるんだぞ! 物理攻撃も魔法もあいつには通じねぇんだぞ!」
芽生えていた憤りもあって、思わずリュートの口調は強くなってしまった。だが、熱くなった彼に対して、ユーリは怯んだりすることはなかった。むしろリュートを落ち着かせるように穏やかな口調で語りかけてくる。
「絶対防御なんてものはないよ。星彩のレガリアでさえ、発動条件を逆手にとれば隙が生まれる。完璧なんてものはない。どんなものにも必ず綻びがあるはずだよ。まずはそれを見定めないと。それに覇王だって八百年前に一度討たれているんだし。だから説明して。君が見たものを。君が知ることを」
敵対するのは神に近い力を持つ魔女。それでも目の前の少年は、まったく動じることがない。特別な才能を持っているとはいえ、幾つもの戦場で修羅場を潜り抜けてきた歴戦の猛者というわけではないはずだ。この落ち着き様は一体何なのだろうかとリュートは疑問に思う。
違和感を覚えたリュートは、彼に問いかける。
「お前何者だ?」
ユーリはその問いかけに一瞬きょとんとした顔をしたが、肩を竦めて微笑むと戯けた感じでこう答えた。
「僕はユーリ=ノワル=エルグラウンド。女神を救う使命を授かった者だよ」




