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蒼穹の魔女は天才魔法工学技師《マギアクラフター》を振り向かせたい!  作者: 新戸 啓
本編

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42話 リュート=カザキリ

 (おぼろ)げな意識の中、リュートは幼い頃の夢を見ていた。


 それは孤児院での生活のこと。物心がついた頃には、すでにそこで暮らしていた。


 孤児院では当たり前のように朝昼晩の三度の食事が与えられ、衣服も成長や季節に合わせて支給されていた。学校にも普通に通うことができた。それに施設には、寄付された遊具や小さいながら図書館もあった。今、振り返ると本当に何不自由ない生活を送っていたと思う。

 だからか、当時リュートは記憶にない両親のことよりも、施設の保有者である魔女のことばかり気になっていた。どうして見ず知らずの自分たちに穏やかな日常を与えてくれるのか、不思議で仕方なかった。


 そんなリュートは、ある日施設を抜け出して王宮を訪ねた。勿論、魔女に会うために。

 だが、当然まだ小さな子供だった彼は、門番に捕まって保護されてしまうことになる。しかし、しばらく詰所で説教を受けていると急遽(きゅうきょ)中庭に案内されることになって、そこで優しそうな女性と同年代の少女に出会った。


 それが白の魔女、セイカ=アスタリア=シラユリとその娘ユイカだった。

 

 セイカは慈愛の(かたまり)のような笑みで迎えてくれた。

 シラユリの名を持つ魔女は長い間住人に愛されてきたと聞いていたが、その笑みを見ただけで納得してしまった。聖母ではないかと思うほどに、温かくて柔らかい雰囲気を持っていた。だから、叱られると思って緊張していたリュートの心もすぐに和らいだのを覚えている。


 でも、その印象が強くて、そのとき何を話したかはあまり覚えていない。一方的に感謝の気持ちを伝えたと思う。記憶に残っているのは、出された焼き菓子が美味しかったことと、ユイカがセイカにしがみついて離れなかったことくらいだ。もしかしたら、彼女は母親をとられるとでも思っていたのかもしれない。


 帰り間際、リュートはこのまま接点が途切れてしまうのが寂しかったので、自分に何かできることはないかと訊いてみた。すると、セイカは後ろに隠れようとするユイカを抱き上げて、「では、この()と友達になってあげて」と言ってきた。

 当時のユイカは今では信じられないほど、恥ずかしがり屋で人見知りだった。立場上、将来的に社交性が必須となるので、セイカは同年代の子供と接する機会を与えて改善しようと考えたのだろう。結果的にその試みは成功したのだから、母親というものは偉大である。


 勿論、そのあと施設の職員からはきつく叱られた。反省文や奉仕活動など色々と大変だった記憶がある。でも、その行動がきっかけで、月に一度二人に会えるようになったので後悔はまったくなかった。

 ちなみに表向きは王宮の人に迷惑をかけたので、しばらく毎月王宮で奉仕活動をすることになったということにさせられた。リュートの身の上を案じたセイカが、孤児院の管理者と話し合ってそう決めたらしい。


 それから毎月半ばに、二人に会うようになった。セイカは会う度に「また大きくなったね」、「好き嫌いせずにきちんとご飯食べている?」、「悩み事はない?」と言ってきた。本当に繰り返しなので、あるときユイカにそれが口癖なのか確認してみると、母親ってそういうものだよと困ったような顔で答えていた。


 そうやって何度か会ううちに、次第にセイカに褒められたい、認められたいと考えるようになった。勉学は自分に不向きと理解していたので、リュートはセイカの騎士を目指すことに決めた。

 そのとっかかりとして、まず当時二人の護衛を務めていた騎士に稽古をつけてほしいと頼み込んだ。最初はやんわりと断られたが、どうやら裏でセイカが口添えしてくれたらしく、結局、月に何度か稽古をつけて貰えることになった。


 それからは日々身体作りと武術の稽古に明け暮れた。辛くもあったが、それ以上に一つずつ壁を乗り越えていく感覚が楽して(たま)らなかった。もしかしたらこの頃が一番充実していた時期なのかもしれない。


 そして、季節を何度か(また)いだ頃、騎士養成学校への特別入学が認められることになった。当分の間二人と会えなくなるのはわかっていたが、ここを乗り越えればもっと身近にいられる機会が増えると奮起して入学を決めた。

 それが十一歳の頃。二人と再会したのはその三年後、騎士に任命されたときだった。


 任命式で二人を見たとき、まず少女から女性へと移り変わろうとしているユイカの姿に驚いた。美人にはなるとは思ってはいたが、残念な内面をよく知る自分が目を奪われるとは想像していなかった。(残念ながら、見た目も中身もこの頃からそれほど成長しなかったが)


 一方、セイカはこちらを見るなり、一目散に駆け寄ってくると、人目も(はばか)らず抱きしめてきた。そして、昔みたいに耳元で「おかえり。本当に大きくなったね」と囁いてきた。その言葉にこみ上げるものがあったが、公の場だったので何とか我慢したのをよく覚えている。


 騎士になってからは、二人の護衛として一緒に過ごす時間が多くなった。サズには公私混同をしないようにと言われていたが、そもそも二人の方がそうさせてくれなかった。三年の空白を埋めるように私的な会話ばかりで、食事をするときも一緒に座らされる始末だった。今思うと家族というものを体験させてくれていたのかもしれない。


 しかし、そんな幸せな時間は長くは続かなかった。騎士になって約一年、セイカは流行(はや)り病にかかり、呆気なく逝ってしまったのだ。


 悲しむ暇はなかった。ユイカの落ち込み方が異常だったので、彼女を支えることで精一杯だった。だから、誰よりも大切だった人を亡くしたのだと自覚したのは、つい最近になってのことだった。このときは自分のあまりの鈍感さに呆れたが、多分二人同時に立ち止まってしまうことを避けるために、本能的に自分の気持ちに(ふた)をしたのかもしれないと今では思っている。


 結局、ユイカは独りではないと気づくことで立ち直ることができた。生い立ちが複雑な彼女は、何より孤独になることを恐れていたのだろう。

 リュートも彼女が立ち直る過程を見ていたので、悲しみを引きずることはなかった。彼もいつの間にか独りでなくなっていることに気づいたのだ。


 でも、今度は大切だった人が、最も大切にしていた人を奪われようとしている。


『あの子のことお願いね』


 セイカと最後に交わした言葉が過ぎる。


(ごめん。守ると誓ったのに)


『大丈夫よ』


 今度は声だけでなく、優しく微笑むセイカが悲観するリュートの前に現れた。

 

 懐かしい顔。きっと気持ちの弱った自分が慰めを求めて過去の記憶から引っ張り出してきたのだろう。情けない話だが、それでも嬉しかった。


『リュートなら大丈夫』


 彼女は微笑んだまま、もう一度そう言う。


(でも、今のオレではどうにもならない)


 夢の中なので、リュートは素直に弱音を吐いた。


『そう。では、誰かに頼らないとね』


(この状況を変えられる奴なんていやしない。それに今(そば)には誰もいない。一人っきりだ)


『そんな寂しいこと言わないで。あなたには、わたしがいるでしょう?』


 そう言って、セイカは手を差し伸べてくる。リュートは神に(すが)る想いでその手を掴んだ。

 その瞬間、セイカは(ちょう)のような羽を持つ妖精へと姿を変えた。


『さあ、行こう』


 戸惑うリュートが彼女の名を呼ぼうとしたとき、意識は現実に引き戻された。

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