40話 蹂躙
「我が姪ながら素晴らしい魔法を編み出したものだ」
覇王は自身を保護する光の衣を確認しながら独り呟いた。
彼はユイカが編み出した双光の衣を使い、天罰の攻撃を防いでいた。しかも、星彩のレガリアのように害意や命の危機に反応するようにして、瞬間的な絶対防御に改良していた。危機が続けば再発動を繰り返すので、それで維持が困難という欠点を補うことにしたのだ。この点に関しては、実戦経験のないユイカではたどり着けない発想だったのかもしれない。
姪の魔法に感心しているうちに、次第に爆煙が晴れて視界が開けてきた。それに伴い、地上の様子も窺えるようになってくる。
地上では天罰が無数の巨大な火球を生み出し、待ち受けていた。天罰は覇王の姿を確認するやいなや、すぐさま上空に向かってそれらを放ってきた。
すかさず、覇王は右手に持った黒い錫杖を天罰に向かってかざす。
瞬間、天罰を中心に周囲に凄まじい圧力がかかった。
迫り来る火球は瞬時に掻き消え、天罰は体勢を崩して地面に押しつけられた。
天罰は地面に這いつくばったまま何とか抵抗しようともがくが、立ち上がることすらできない。
それもそのはずだ。この錫杖はこの街の重力を司っている虚のレガリア。神域魔法で攻撃されているのと同じことだ。
「このまま終わらせてもよいが、もう少しこの身体の慣らしに付き合ってくれ」
覇王が不敵に微笑んで左手を天にかざすと、雲一つなかった空が瞬く間に黒い雨雲で覆われた。
呼び出された雨雲の中では、幾つもの稲光りが走り、雷鳴が大気を震わせている。数秒前まで綺麗な星空だった空が、いつ落雷が起きてもおかしくない状況へと変わっていた。
覇王自身、この事象改変のあまりの速さに驚いていた。
(ここまで違うとは。魔力の増幅速度、制御力が以前の身体とは桁違いだ。男女の違いもあるのだろうが、やはり思った通り姪の才は本物だったな)
自身の見立てが間違っていなかったことを確信した覇王は、「さて」と呟き、大地に這いつくばる天罰をもう一度見た。
美しい少女の顔が一瞬獰猛になり、天にかざした左手が振り下ろされる。
その瞬間、大気が悲鳴をあげて七本の光が闇を切り裂いた。
七つの閃光は天罰の下に一直線にたどり着くと、半壊していた建物を巻き込んで雷撃の海を作り出す。
その衝撃で多くの瓦礫が吹き飛んだが、次々と発生する雷撃を浴びてそのまま宙で砕け散っていった。
そんな地獄図のような中、天罰は雷撃を浴びる度に声にならない叫びをあげて、壊れた玩具のように踊っていた。
白の系譜、第三超越魔法、天の裁き。
白の系譜の中で最も殺傷能力の高い魔法だ。
それでも、あの天罰は魔力で防御壁を張ることでまだ耐えている。
しかも、生成した魔力に自身の根源たるマナを混ぜ合わせることで、魔力の消費量を抑えて枯渇を回避しようとまでしていた。
この器用さと執念は人間の、いや、アラン=エル=フェルメルの知性と本能からきているのだろうなと覇王は推測した。
(だが、余計に頭が回ることで逆に苦痛な時間を長引かせているな。実に残酷なものだ)
覇王はそう思いながらも魔法を止めることなく、すべてが終わるのを待っていた。
やがて雷撃の波状攻撃が収束すると、辺り一帯はクレーターのように大きく窪んでいた。
砂塵が舞う中、天罰は窪みの中心で両手と膝を地面について微動だにしなかった。身体の至る所から煙が出ており、時折体内に残っている電流が迸っている。微かな魔力しか感じないことから、根源たるマナをほぼ注いで何とか生き延びたのだろう。
覇王は錫杖を天罰にかざして、くいっと上にあげる。すると、天罰から重力が奪われ、ゆっくりと覇王の前まで浮上してきた。すでに自身の力で起き上がることもできずに、ボロ雑巾のような状態でぐったりとしている。
「アラン=エル=フェルメル、その身をもって人が天罰化する可能性を示し、さらにその脅威を余に知らしめたこと大義であった。お前の名でこの功績を残すことを約束しよう。だから、もうゆっくりと休め。今、楽にしてやる」
もう言葉が届かないとわかっていても、覇王はアランに賛辞を贈った。それがアランに対する敬意であり、一番の手向けになると思ったからだ。
覇王は左手で雷の槍を作り出し、止めを刺そうとする。
異変に気づいたのはそのときだった。
天罰の身体から出ていた煙に混じって赤い光が漏れ出していた。
(根源たるマナ?)
覇王が訝しげに眉を顰めたとき、天罰の両目と口が大きく開いた。
口元を中心に魔法陣が展開する。
そこに身体から漏れ出す赤い光が引き寄せられ、魔法陣が拡大していく。
(残る根源たるマナを最期の一撃に注いで果てるつもりか)
覇王は「無駄なことを」と小さく呟き、雷の槍で突き刺そうとしたが、寸前で動きを止めて上空をチラリと見た。
次の瞬間、黒い雨雲を突き破って現れた銀色の閃光が天罰の胸を貫いた。
己に起きたことが理解できなかったのだろう。天罰は自身の胸に空いた穴に目をやると、そっとそこに触れる。
事実を認識した天罰は恐ろしい表情になり怒号をあげようとしたが、叶うことなく、その前に赤い光に分散して消滅してしまった。
宙に漂う赤い光は、徐々に色を無くして闇空に溶け込んでいく。それは穢れたマナが浄化された証だといわれている。その神秘的な光景の中で、獲物を横取りした人物が佇んでいた。
燃えるような赤い髪に凛々しい顔つき。何よりその右手には、この街の大気を司る白銀の槍を携えていた。
リュート=カザキリ。彼がそこにいた。




