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38話 白の魔王

 吹き抜けの天井を貫き、天まで昇った光がやっと収束し始めていた。それにつれて下層の様子も次第に明らかになってくる。


 祭壇の中心に佇む少女。

 その足下には血塗(ちまみ)れで横たわる少女。

 術式を起動させるために作った装置は、役目を終えてただのオブジェへと成り果てている。

 見たところ、まったく変わった様子はなかった。


(重要なのは彼女の中身だ)


 アランは注意深く祭壇に佇む少女を観察する。

 少女はしばらく自身の手のひらを見つめていたが、その手を握り締めると血塗れの少女に視線を移した。彼女はそのまま横たわる少女に向けて右手をかざすと、何らかの魔法を発動させた。


 血に染まった少女を中心にユリの花をベースにした魔法陣が描かれる。そして、その魔法陣が弾けると、彼女の下に光の羽根が降り注ぎ、致命的だったはずの傷を瞬く間に癒やしてしまった。


(これほどの魔法を容易く発動させた。それに左利きのはずの彼女が右手を利き手のように使っている)


 アランの口の端が自然と吊り上がる。彼は実験が成功したことを確信した。


 成し遂げた。

 たどり着いた。

 ほんの一部とはいえ、第三超越魔法に触れることができた。

 費やした長き月日がようやく報われた。

 多くのリスクを冒したが勝ち抜くことができた。

 こんな言いようのない満足感が彼の中で次々と湧き上がってくる。

 彼はまさに絶頂の最中(さなか)にいた。


 そんな歓喜に震えていたアランはふと我に返る。

 少女の視線に気づいたからだ。

 紺碧の瞳。空を閉じ込めたような瞳が、アランを捉えていた。慈愛に満ちた面持ちの中に彼女に足らなかった王の風格が備わっているように感じた。


 少女はふんわりと浮き上がり、ゆっくりとこちらまで飛んでくる。そして、少女が目の前に降り立つと、アランは本能的に(ひざまず)いて頭を下げた。


「貴方様の復活を待ち望んでいました。白の魔王、いや、覇王ギルガ=アスタリア=リリアス様」


 アランがそう挨拶をしても、少女からすぐに言葉は返ってこなかった。だが、数秒の沈黙の後、彼女は「ふん」と鼻を鳴らして面白そうに問いかけてきた。


「それは本心か? 姪の記憶によれば、お前の目的は余を復活させる過程にあったのだろう?」

「勿論、それもありましたが、貴方様の下でアクア・スフィアに大きく遅れをとってしまった魔法技術を再建していくことが、私の夢の一つでもあります」


 偽ることは無意味と考えたアランは、素直に秘めた野心を告げた。


「なるほど。それがこの度の働きに対して余に求める褒美ということか」

「いえ、そういうわけでは……」

「よい。お前はそれだけのことをしたのだからな。いいだろう。その座を用意してやる」

「ありがたき幸せ」


 アランは胸に右手を当てて再び一礼する。


「だが、その前に一つ問う。セイカ=アスタリア=シラユリが死んだ流行(はや)り病、それもお前の仕組んだことか? タイミングがあまりにも良すぎると思うのだが」


 予期せぬ問いかけに、アランの身体は一瞬強張った。

 セイカが命を落とした昨年の流行り病。確かにアランが計画し実行したことである。覇王復活の算段がたっても、器が魔女でなければ何も意味がない。だから、どうしてもセイカの命を狙う必要があったのだ。


 しかし、騎士が護衛する魔女を暗殺することなど夢絵空事。ゆえに、アランはきっかけだけ作り、あとは偶然そうなるということに賭けることにしたのだ。


 用意した病原体はマナや魔力を糧として成長するタイプのもの。約七十年前にこの街で流行した病であり、天罰の一種といわれている。魔力を持たない常人には風邪程度の症状しか出ないが、魔力を体内で生成する魔法士には極めて危険な病気となる。

 表向きは根絶したことになっているが、隠れて研究用に保存した者がおり、最近まで一部の研究員がそれを受け継いでいた。アランは彼らを内々に処分し、手に入れた病原体を街にばら撒いたのだ。

 結果、この街で最も巨大な魔力を持つ魔女だけが死ぬこととなった。住人の症状が軽かったことで原因の究明が遅れたことが功を奏したといえる。


 口を閉ざしたままのアランに対して、少女はずっと真っ直ぐにこちらを見つめていた。魔女の正装である魔法衣を羽織(はお)っているせいか、いつもより余計に威圧感があるように感じた。


(誤魔化すことは逆効果か)


 アランはそう判断して真実を告げることにする。


「はい。貴方様を復活させるためには、どうしても貴方様の姪を魔女にする必要がありましたので。偶然というものに賭けてみました」


 覇王は「ふむ」と頷くと、一呼吸置いてから口を開く。


「お前は人が必ず踏み留まるところを躊躇なく進むのだな。まあ、そのおかけで余は今この場にいるわけだが。しかし、お前を余の傍に置くことは危険と判断した。お前の性質は何かを破壊することに対しては活きるかもしれないが、新しい時代を作ることに関してはあまりに不向きだ」


 覇王の言葉を聞いたアランは、彼が伝承通りの名王であることを確信した。この僅かな時間でアランの本質を見抜き、高い確率で起こるだろう先の不和と破綻を回避したからだ。


「お前には何不自由ない暮らしを約束しよう。研究がしたいと言うのなら惜しみなく補助もしよう。しかし、余の監視下に置くことにはなるだろう。それは許せよ」

「……心得ました。研究を支援して頂けるだけで十分です」


 アランはそう答えつつも自問する。


 不自由のない暮らしとやらに自分は満足するのだろうか?

 待ち受けているのは、おそらく籠の中の鳥のような生活。

 停滞の未来しか見えない。

 倫理に囚われ、進まぬ未知への探究。

 そこに食らいつてこそ、アラン=エル=フェルメルなのではないか?

 この楽園において禁忌である魔女殺しでさえ自分は成し得たではないか。

 薄く伸ばした半世紀と凝縮した五分。

 迷わず後者を選ぶのがアラン=エル=フェルメルだろうが。


 アランは思わず「ふっ」と笑う。覇王はそれを何事だといった感じで首を傾げていた。


「失礼しました。つい思い出し笑いを。ところで、覇王、一つお願いがあります」


 アランはそう言って立ち上がり、下層の祭壇に視線を向ける。遅れて覇王も顔向きを変えた。


 アランが見つめる先にあるのは、オブジェに収まっているマナマテリアル。それはアーティファクトによって、凶悪な天罰の根源たるマナが封じられているもの。スイレンから譲り受けたものである。


(覇王復活で消費されたマナはほんの僅か。余った大量のマナで最期の実験といこうか)


 アランはオブジェに銃口を向けると、躊躇いなく引き金を引いた。

 自動補正の機能を備えた魔晄銃により、銃弾は難なくマナマテリアルの中心を捉えて砕いた。そして、砕けたマナマテリアルから黒い霧が溢れ出してくる。


「覇王。天罰は(けが)れたマナが生物に宿ることで発生しますが、何故か人間が天罰となることはありません。どうしてなのでしょうか?」


 覇王は何も答えなかった。ただ狂った人間が成すことを見届けようとしているようだった。


「私はこう思います。天罰の恐ろしさを知るアナザーヘブンの人間は、本能的にそれを忌避(きひ)している。マナは人の意思に強く影響を受けるので、その忌避感によって穢れたマナの侵食をプロテクトしているのではないのかと」


 雄弁に語るアランの周りを黒い霧が渦を巻くようにして覆いはじめる。


(私はお前らを歓迎しよう。さあ、来い。知恵を持った最強の天罰となろうではないか!)


 アランが示した最期の意思と穢れたマナが融合する。そして、黒い霧が彼の体内へと入り込むと、強い光を放ちながら大きな嵐を生み出した。


 それは新たな天罰が誕生する瞬間だった。

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