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2話 魔女の騎士

「ここで何をしている?」


 背後の見知らぬ誰かは、少年のような若い声で問いかけてくる。


「見ての通りパレードの見物だけど」


 ユーリは遠方を見据えたまま素っ気なく答えた。


「星花祭の間、ここは立ち入り禁止だぞ。入口の立て札が見えなかったか?」

「うーん。人混みを避けて何となくここに入ったからなぁ」


 ユーリはとぼけた感じでそう答えた。勿論、立て札の存在は認識していた。


「そうか。まあ、とりあえず決まりなんでこの街の住人なら身分を証明できる物を、ゲストなら通行許可書を提示してくれないか?」


 ユーリはその言葉に参ったなぁと頭を掻く。通行許可書は()()に預けたままで手元になかったからだ。彼は面倒事をその連れに押しつけて星花祭を満喫している最中だったのだ。

 とりあえず、ユーリは何とか誤魔化せないものかと相手を確認するために後ろを振り返る。


 背後には白銀の槍を手にした赤髪の少年が立っていた。上衣の胸元には白の魔女の象徴といえるユリの花の刺繍が施されており、さらに襟元には翼の形をしたバッヂをつけている。

 兵士には違いないが、街で見かけた警備兵とは格好が少し違う。それに隙のない佇まいだ。一介の兵士とは思えなかった。

 一先ず、ユーリは困り顔を作って正直に答えることにした。


「通行許可書は連れが持ってるんだけど……」

「おいおい、ゲストならこの街にいる間は通行許可書の携帯は義務だぞ」


 赤髪の少年は、面倒事は勘弁してくれよといった感じでため息を吐く。


「これから花火なんでしょ? 今回は見逃してくれない?」


 ポーカーフェイス皆無なことといい、砕けた言葉といい、まだ組織に染まっていなそうに見えたので、ユーリはダメ元で交渉してみることにした。


「せっかくの祭だし、そうしてやりたいのは山々なんだがなぁ」


 赤髪の少年は頬を掻きながらそう言うと、急に鋭い目でこちらを睨んだ。

 突然向けられた敵意に、ユーリは思わず距離をとる。


「ほら、お前只者じゃないじゃん。それじゃあ、見逃せねぇな。悪いが近くの詰所までご同行願うぜ」


 赤髪の少年は獲物を見つけた狩人のように薄らと笑った。

 ここでユーリはこの少年の正体を察した。白の魔女には、彼女から()()()()を与えられた四人の騎士がいるという。おそらく彼はその一人とみて間違いないだろう。


 さて、どうしたものかとユーリは考える。

 このまま連行されると迎えに来るであろう()()に確実に怒られる。しかも、面倒事を押しつけたことも相まって、その怒りは尋常ではないものになること間違いなしだ。できることなら、彼女の怒りが収まるまで身を隠したいところである。よって、ここで素性を知られるわけにはいかない。ましてや、拘束されるなんて愚の骨頂だ。


「安心しろ。身元が確認できたらすぐに解放してやるよ。その身のこなしからして、大方、戴冠式に招待された魔女の従者なんだろ?」


 押し黙ったままのユーリに、赤髪の少年は諭すような口調で言った。


「ノーコメント。というか、このまま連れて行かれると多分こっぴどく叱られるんだ。だから、やっぱり見逃してくれない?」

「悪いな。こっちも仕事なんでな。諦めて叱られてくれ」


 赤髪の少年はそう告げると槍を構えた。最終警告ということだろう。

 ユーリは少年の持つ白銀の槍に目をやる。

 基本的に魔女は従者と契約して魔法の力を授けることで戦力とするのだが、白の魔女が騎士に与える力は少し異なるという。授ける力は魔法ではなく【神器(じんぎ)】という魔法の力を宿した武具なのだ。

 似たようなものに【魔法具】と呼ばれるものがあるが、それとはまったくの別物らしい。魔法具は人の手によって生み出されたものだが、神器はこの街の創生時に女神が白の魔女に授けたものと云われている。

 おそらく彼が手に持つ槍はその神器とみて間違いないだろう。【魔法工学技師(マギアクラフター)】の資格を持つ身としては、ぜひその力を拝見してみたいものである。もしかしたら今はその絶好の機会なのかもしれない。


(どうせ叱られるのなら少し手合わせしてみようかな)


 好奇心に負けたユーリは、腰の鞄から素早く手のひらサイズのダーツを取り出すと腰を少し低くて身構えた。

 一方、赤髪の少年はユーリが戦闘の意思を見せたことに対して眉を寄せていた。


「正気か? 立場があるなら問題になるぞ」

「ただの遊びだよ。ルールは単純。僕が逃げて君が捕まえる。暇ならつきあってよ」


 ユーリの無茶苦茶な誘いに赤髪の少年は目を見開くと、少し遅れて大声で笑い出した。


「なるほど。そうか。鬼ごっこか。確かにそれなら何の問題もないな。いいぜ、その遊びつきあってやるよ。だが、遊びで怪我するなよ?」

「君もね」


 同意を得たユーリはニヤリと笑い、臨戦態勢に入る。

 赤髪の少年との距離は約三メートル。白銀の槍がただの短槍だとしても、すでに彼の間合いの中だ。ここから抜け出すには一瞬の隙を作らなければならない。

 そう考え、相手の視線を誘導しようとしたそんな矢先だった。「おやめなさい」という声がユーリの動きを止めた。

 聞き慣れた少女の声に、ユーリは慌てて空を見上げる。すると、そこには白い月を背に浮かぶ少女の姿があった。


 風に誘われるように銀色の長い髪が静かになびいている。こちらを見つめる赤い瞳は慈悲深く、その佇まいは月夜に咲く花のように可憐だ。

 ただほんの少し人と異なる姿をしていた。両耳の側には黒い小さな角があり、何より背中にはコウモリのような羽を携えていた。


「わたくしは、シュリ=アスタリア=ノバラと申します。赤の魔女、レイナ=アスタリア=ローザの名代として戴冠式のご招待を受けました」


 シュリと名乗った少女は黒いドレスのスカートを掴んで挨拶する。


「存じ上げております。私はリュート=カザキリ。白の魔女、ユイカ=アスタリア=シラユリの騎士を務めております。このような不敬な形での挨拶をお許しください」


 赤髪の少年は片膝をつき、頭を少し下げると、ユーリのときとは打って変わって丁寧な口調で話し始めた。

 彼の対応の変化は当然だろう。女神アスタリアの名を持つシュリは、赤の魔女の後継者であり、それに次ぐ地位にある者なのだ。


「いいえ、失礼があったのはこちらの方です。彼はわたくしの護衛を務める者です。どうやらご迷惑をかけたようで」

「いえ、迷惑など。何か手違いがあったのでしょうが、こうして無事に再会できたのならば幸いです」

「お気遣い感謝致します」


 シュリはニコッと笑う。様々な社交の場を経験して得た魅惑の笑みだ。


「猫被りめ……」


 普段の彼女を知るユーリはボソッと呟く。


「猫がどうかしましたか? ユーリ?」


 シュリはきょとんとした顔でこちらを窺う。わざとらしく作った表情だ。


「別に何でも」


 ユーリはぶっきらぼうに返事をする。

 シュリは「そうですか」と頷くと、もう一度リュートに視線を戻した。


「ところでリュート様、一つお願いが」

「私にできることならば何なりと」


 間髪入れずそう答えたリュートに、シュリは笑顔のまま「感謝致します」と礼を返す。そして、そこから突拍子(とっぴょうし)もないことを言い始めた。


「では、お持ちの拘束具で今すぐ彼を拘束してください」

「拘束ですか?」


 リュートは困惑した表情を見せる。


「どうか遠慮なさらずに。そのまま捕まえて一晩牢屋にぶち込んでおいてください」

「ちょっ! シュリ?!」

「あら? まさか、今のわたくしと一緒にいたいのかしら? それはそれは見事な覚悟ですこと」


 シュリは頬を引きつらせながら微笑んでいた。湧き上がる感情を何とか抑えているように見える。やはり面倒事を押し付けたことで、かなりのおかんむりのようだ。これは慈悲の心があるうちに謝ったほうが賢明かもしれない。

 そう結論を出したユーリは、「すいませんでした。反省してきます」と言って両手をリュートの前に差し出す。

 その姿を見たリュートは「まじかよ」と呆れた顔で一言呟いていた。


 渋々御用となったユーリは二人に連れられて屋上の出入り口に向かう。これから一晩牢屋で過ごすことを考えると憂鬱な気分になった。

 そんな彼を慰めるかのように、祭りのフィナーレを告げる花火があがる。


 三人は立ち止まり、一斉に夜空を見上げた。

 生花よりも儚いその花は一瞬の輝きを放っては次々と散っていく。その度に遅れて産声、あるいは断末魔ともいえる叫びが届いた。


 隣ではシュリが子供のように目を輝かせて見上げていた。


「少し見ていきますか?」


 シュリに気を使ったのか、リュートは彼女にそう訊ねる。

 しかし、シュリはすぐに社交モードに戻って「いいえ」と微笑んだ。

 そんな彼女を見て、ユーリは素直じゃないなと苦笑する。憂鬱な気分が少しだけ吹き飛んだ気がした。


 ユーリはもう一度空を見上げる。咲き乱れる炎の花に隠れて白い月はまだ欠けた一部を探していた。

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