37話 赤の試練
王宮を出たあと、ユーリは足速に同じ敷地内にある迎賓館に向かっていた。目的はシュリに預けてある魔法具を回収するためである。
相手は魔女。生半可な気持ちで挑んだら瞬殺される。いや、万全の準備をしても結果は変わらないのかもしれない。
それでも後悔だけはしたくなかった。結果が同じだとしても最善を尽くしたいと彼は思う。
(ずっと人を避けてきたのに何やってるんだろ)
ユーリはふとそう思って自嘲する。
どうもこの街に来てから自分らしくない行動が目立つ。彼女に翻弄されているのは自覚しているが、不思議と苦ではなかった。むしろ、心地よかったと言ってもいい。
それがどうしてなのかは、考えないようにしていた。自分の受けた使命に彼女を巻き込みたくはなかったからだ。
(レイナのようにはしたくない……)
そう思って保護者の顔を思い浮かべたとき、ユーリの行く手を阻むように空から人が飛び降りてきた。
暗がりだったが、特徴のあるシルエットのおかげですぐに誰だかわかった。これから会いに行こうとしていた人物、シュリ=アスタリア=ノバラである。
「どこへ行くの?」
シュリは問いかけてくる。
「ちょうど良かった。持ってきた魔法具使いたいんだけど」
「ずいぶんといきなりね。どうしたの?」
「彼女が面倒事に巻き込まれたらしいんだ」
ユーリは収束しつつある光の柱に視線を向ける。
「そう。やはり、あれはユイカ様の……。戴冠式の裏で覇王の復活を目論む輩がいるとは聞いていたけど、最悪の事態になってしまったのね」
シュリは物憂げに光の柱を見て呟く。どうやら、礼拝堂の事件のときに覇王の話題も出ていたようだ。
「ちょっと助けてくるよ」
「本気? わたしたちには関係ないことよ。というか、赤の魔女の従者であるわたしたちが、この街の揉め事に干渉することなんて許されないわ」
「それは大丈夫。サズさんの同意は得たから」
「そう。本気なのね……」
シュリは赤い瞳を閉じて静かに頷く。そして、再び目を開けると厳しい視線を向けてきた。
「相手は魔女。いくら、あんたでも死ぬわよ」
「そうかもね」
「ふざけないで。またお姉様を悲しませる気なの?」
「レイナならわかってくれるよ」
「そうやってお姉様に甘えてるだけじゃない! あんたはお姉様の半身みたいなもんでしょ! もっとお姉様のことも考えてあげてよ!」
泣きそうな顔で声を荒らげるシュリに対して、ユーリは何も言い返せなかった。彼女の言っていることが何一つ間違っていなかったからだ。
二人の間に数秒の静寂が訪れる。
重い空気と嫌な緊張感。
先にそれを破ったのはシュリだった。
「もういい。そんなに行きたければ行けばいい。ただし、ここから抜け出せたらね」
シュリが自暴自棄気味にそう言うと、彼女の身体から血液に似た赤い魔力が漏れ出した。そして、彼女がこちらに向けて右手をかざすと、足下を中心に大きな魔法陣が展開し、八つの火の玉に取り囲まれた。
八つの火球は、立方体の格子点となる位置にあった。この魔法を何度か見たことのあるユーリは、慌ててその場を離れようとしたが、瞬時に炎が蠢く檻が形成されて閉じ込められてしまった。
赤の系譜、第一超越魔法、業火の牢獄。
この魔法は脱獄しようとする者を容赦なく焼き尽くす強固な檻である。過酷な彼女の訓練から逃亡しようとした際、ユーリは何度かこれで捕まったことがあった。
「もし、ユイカ=アスタリア=シラユリがあんたの使命に関係しているのなら、使命魔法で簡単に抜け出せるでしょ。そうでないなら諦めなさい」
檻の外側からシュリのそんな声が届く。
(これはシュリからの試練)
ユーリはそう受け取り、檻からの脱出を試みることにする。
まず、彼女の言う使命魔法は当てにならない。変な話だが、ユーリ自身も発動条件がよくわからないのだ。与えられた使命に関わることでしか発動しないタイプの魔法と予想しているが、自分でコントロールできなければ意味はない。今は自分が確実にできることを考え、その中からこの状況を打開する方法を見つけるしかないだろう。
ユーリはそう考え、とりあえず手持ちのマテリアルダーツ六本を取り出した。そして次に檻の構造をもう一度よく確認する。
この炎の檻は八つの火球が、魔力の支点となって形成されている。おそらくそこを壊してしまえば形は保てなくなるはずだ。
問題は六箇所をこのマテリアルダーツで破壊できたとしても二箇所残ること。一箇所は護身用のナイフでいけるかもしれない。はめ込まれたマナマテリアルの誘爆でおそらく破壊できるだろう。
だが、あと一箇所をどうするか。
(残る武器はこの拳だけ……)
ユーリは左手を握りしめて、シュリを一瞥した。彼女は腕を組み無表情のままこちらの様子を窺っていた。
「僕の覚悟見せてあげるよ」
ユーリはそう告げると、マテリアルダーツを次々と隅にある火球に向けて放った。どのダーツも一直線に目標に辿り着き、炎に触れた瞬間に小さく爆発して火球を破壊していく。
ユーリはそれを確認しつつ、護身用のナイフも残る火球に投げつける。ナイフは火球の中心に突き刺さり砕けてしまったが、はめ込まれていたマナマテリアルが爆発したことで何とか火球を消し去ることができた。
そして最後の一つ。ユーリはそこに向かって跳んだ。利き手とは逆の右手に全魔力を込めてそれを殴りつけようとする。
「バカ! やめなさい! 右手を失うわよ!」
素手で火球に触れようとするユーリを見て、シュリは叫ぶ。
だが、ユーリは構わず右手を振り抜いた。
魔力で強化された右拳は一瞬で炎に包まれる。それでも怯むことなくさらに魔力をそこに注いで八つ目の火球を破壊した。
八つの支点を破壊された炎の檻は、崩れるように消えていく。
ほぼ同時にシュリが大急ぎで駆け寄って来た。彼女は黒焦げになった右手を見るなり、小瓶を取り出して青い液体を右手にかけた。
ここではじめて激痛が襲ってきた。あまりの痛みで暴れて喚くユーリをよそに、シュリは怒りと悲しみが混じったような表情でずっと「バカなの? バカなの?」と繰り返し呟いていた。
結局、最上級の魔法薬を三本使って、右手はようやく元の姿に戻った。右手を失うことも覚悟していたが、何とかそうならずに済んでよかったとユーリは安堵する。
(きっと加減をしてくれてたんだろうな……)
そう思いながら、ユーリが右手の具合を確認していると、シュリがその手に腕時計型のLリンクスを付けてくれた。それはマジックディバイスの他に飛行魔法とシールド魔法の機能が加わった情報端末だった。
シュリはさらに腰に複数の魔法具が入った鞄を付けてくれた。ユーリはそんな彼女に申しわけなさそうな顔を向ける。
「シュリ……」
「約束よ。好きにしなさい。わたしは立場上何も手伝えないから」
「うん。わかってる。ありがとう」
ぶっきらぼうに告げるシュリに、ユーリは心の底から礼を言う。
シュリは何か観念したようにため息を吐いて、ユーリを見つめてくる。
潤んだ赤い瞳が真っ直ぐにこちらを捉えていた。普段なら照れ臭くて視線を逸らしていただろうが、今は素直に受け入れることができた。
「絶対お姉様を悲しませないで」
シュリは最後にそう言葉を残して屋敷の方へと飛び立っていった。
ユーリは小さくなっていく彼女の背中に向けて誓う。
「【黒の魔女、Remake Replica of Asteria】の名において、必ず君たちの下に戻るよ」




