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蒼穹の魔女は天才魔法工学技師《マギアクラフター》を振り向かせたい!  作者: 新戸 啓
本編

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33話 時計台にて②

「遅い!」


 ユイカはこんな状況でも上から目線のリュートに思わず文句が出る。しかし、それは心に少し余裕ができた証拠でもあった。


「馬鹿な! 何故貴様がここに……」


 動揺するジーグはふらついた足取りで後ずさる


「あんなバカでかい魔力、オレが気づかないと思うか?」

「まさか!」


 ジーグは目を見開いてこちらを見てくる。してやられたといった感じの表情だ。


 ユイカは相手を威圧するためだけに魔力を解き放ったわけではない。

 この街の大気を司る風のレガリア。それを持つリュートならば、魔女の異質な魔力を感知できるのではないかと考えたのだ。気づいてさえくれれば、彼は基本的に城に常駐しているので、この距離ならばすぐに駆けつけられる。まさに願った通りの展開になったといえる。


「一度だけ忠告する。大人しく投降しろ」

「生意気な!」


 ジーグはリュートの忠告を無視して、腰の鞘から剣を抜く。そして、すぐさま彼に襲いかかったが、槍で剣を弾き飛ばされ呆気なくあしらわれてしまった。

 ジーグは弾き飛ばされた剣と痺れた右手を交互に見る。目を見開いていた彼は、急に冷静さを取り戻したかのように不敵に笑った。


「さすがに生身では勝負になりませんね」


 そう言って、ジーグは懐から小さな瓶を取り出すと、そこに入っていた無色透明な液体を口に流し込んだ。そして、空となった小瓶を後ろに投げ捨てると、その全身が無色透明なマナの輝きで包まれた。

 魔法薬による身体強化には違いないが、マナが視覚化して輝きを放つほどの物は、健康的な理由でこの街では許可されていない。おそらく彼の背後にいる者が与えた物なのだろう。


「それ、騎士団に支給されてる魔法薬じゃねぇな。身体がぶっ壊れても知らねぇぞ」

「神器から魔力の提供を受ける貴方には、このくらいしないと対処できませんからね」


 ジーグは腰にあるもう一つの鞘から小剣を抜く。それを見たリュートは、驚いたことにジーグが全力を出せるような提案を持ちかけた。


「待っててやるから、その長剣を拾えよ」

「ふん。ずいぶんと余裕ですね」

「今なら身体能力にほとんど差はないからな。オレの槍術であんたが得意とする剣術を打ち破って、その(おご)り高ぶった心を折ってやるよ」


 リュートは相手を煽るようにニヤリと笑って、白銀の槍を構える。ジーグも小剣を投げ捨て、代わりに先ほど弾き飛ばされた長剣を拾って上段に構えた。


「リュート……」


 ユイカは態々(わざわざ)敵に塩を送るようなまねをするリュートが心配になる。風の力を使えば簡単に勝負がつくはずなのに、決闘のような形式をとろうとする彼を理解できなかった。


「心配すんな。オレを信じて黙って見てろ」


 リュートは相手を見据えたまま、そう答える。

 これ以上は彼の邪魔になると思って、ユイカは黙って見守ることにした。


 勝負は一瞬だった。

 先手をとったのはジーグ。

 魔法薬によって限界を超えて強化された身体は、リュートとの間合いを一瞬で詰めて、槍が持つその有利性を奪った。

 そして、ジーグは上段の構えから剣を振り下ろす。

 しかし、リュートはそれを難なく柄の部分で受け止めると、がら空きとなったジーグの脇腹に蹴りを入れた。


 ジーグの顔が一瞬歪む。彼は一度後退しようとしたが、リュートがそうはさせなかった。

 彼は後ろに跳び退くジーグの足下に槍を投げつけると、跳び上がってそれを躱そうとするジーグを再び蹴り飛ばした。

 硬い床に叩きつけられたジーグは、すぐさま体勢を整えようとするが、立ち上がる前にリュートが白銀の槍を拾って矛先を喉元に突きつけた。


 終わってみれば、リュートの完勝だった。相手は副団長まで上り詰めた者だったので少し心配したが、どうやら杞憂(きゆう)だったようである。


「武器を捨てて両手を上げろ」


 リュートは矛先をジーグの喉元に突きつけたまま命じる。

 一瞬、ジーグはキッとリュートを睨みつけたが、舌打ちをしたあと右手に持っていた長剣を足下に置いた。


「それもよこせ」


 リュートはジーグが左手に持つ青い球を指し示して言う。

 ジーグは挑発するように「ふん」と鼻を鳴らして笑うと、リュートに渡すことなく球を投げ捨てた。


餓鬼(がき)かよ。まあ、いい。とりあえず、そのまま両手を頭の後ろにやれ」


 リュートがやれやれといった感じでそう促すと、意外にもジーグは素直に従った。

 しかし、リュートが背後に回って拘束しようとしたとき、ジーグはぼそっと呟いた。


「リズ=フィロパトルに命じる。私の代わりにユイカ=アスタリア=シラユリをその宝玉で届けろ」


 リュートは訝しげな表情でジーグを見る。すぐには飲み込めない言葉に、一瞬周囲への注意が薄れたようだった。

 

 それはユイカも同じだった。

 リズが足下に転がっていた転移の宝玉を拾い上げるまで、何が起きているのかわからなかった。


「リズ?」


 ユイカはリズの行動を不審に思って声をかける。彼女の目は虚ろでまるで生気を失っていた。よく見ると、左手につけた腕輪の宝石が光っていた。


(操られている?)

 

 そう思ったユイカは、慌ててリュートの方に向かって駆け出そうとする。

 リュートは槍を向けて風で彼女の動きを止めようとしたようだが、それは後ろからジーグに腕を掴まれ阻止された。

 リュートはすぐにジーグを蹴り飛ばしてこちらに来ようとしたが、その前に背後に迫ったリズから「導け」という声が聞こえてきた。


 振り向くと霧が膨張しながら押し迫ってきていた。ユイカは何の抵抗もしようもなくその霧に呑まれてしまう。


 霧の向こうからリュートが名を呼ぶ声が聞こえたが、それは転移によって()き消された。

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