30話 接触
戴冠式まであと二日と迫った午後。ユーリはすべての課題をやり遂げたユイカとまったりとお茶を飲んでいた。
ユイカはテーブルの向かいの椅子に腰をかけている。彼女は上機嫌に用意された焼き菓子を食べていた。勉強から解放され、自由の身になれたことが、余程嬉しかったようである。
そんな彼女はしばらくの間黙々と食べていたが、突然何かを思い出したように「あっ!」と声をあげた。
「そうだ。訊きたいことがあるのだけど」
「うん?」
「ねえ、精霊になりたい女の子って知ってる?」
「精霊?」
「何か君に指輪を渡してから、たまに頭の中に女の子の声が聞こえるんだよね。何か心当たりない?」
勿論、大ありである。間違いなくリリのことだ。おそらく意識の共有が星彩のレガリアに干渉してしまっているのだろう。
本来ならこの街の許可がいる魔法なので、ユーリは一先ず知らない振りをすることにした。
「さあ、よくわからないなぁ」
「そっか。何か誰かと話してるみたいで君の名前も出てくるんだけどなぁ」
ユイカは疑いの眼差しを送ってくる。普段、他人と接することの少ないユーリは、そのプレッシャーに耐えられずに目を逸らしてしまう。それでもここで引き返すわけにはいかないので、彼は引き続き惚けることにした。
「そ、そうなんだ。不思議なこともあるんだね」
「ねっ、不思議だよね。シュリ様に訊けば何かわかるかな?」
ユイカは下から覗き込むようにして逸らした視線に入り込んでくる。ユーリは引き攣った笑みで応じたが、彼女は魔女の微笑を添えて降伏を迫ってくる。
「ねえ、ユーリ君。わたし、怒るとすっごく面倒だよ?」
それはすごくよくわかると反射的に言いそうになったが、ユーリは慌ててその言葉を飲み込む。まだ出会って間もないが、彼女が機嫌を損ねた場合、直情的なシュリよりも厄介なことは何となく想像はついた。まだシュリのような表立った怖さの方が対応できる気がする。
結局、逃れられないと思ったユーリは、観念して事情を説明することにした。
リリという人工的な存在。彼女と意識を共有する術式を作り出したこと。それをこの街でも使っていたことを順々に説明していく。その間、ユイカは興味津々に話に聞き入っていた。そして、彼女はすべての話を聞き終わると身を乗り出して言ってくる。
「その娘と友達になりたい!」
「はっ?」
「わたしもその娘と意識の共有してみたい!」
「無理だよ。この術式は僕専用に改良してあるし。それに君は神与文字を書けないから専用の魔法具でも作らないと無理かな」
「じゃあ、作って。それで今回のことは不問にしてあげます」
「簡単に言わないでよ……」
余計に面倒な事になったと、ユーリは肩を落とす。
基礎となる術式はできているので、実際魔法具を作るのはそんなに難しくはない。
問題は彼女とリリを引き合わすことだ。間違いなく相性はよい。二人とも無駄に行動力があり、何より我が強い。そこらへんが相乗効果を生むと、二人の間に入ることになる自分が振り回されることは目に見えている。
(ニ人が出会うことだけは何とか阻止しないと……)
「無理だと思うよ」
「えっ?」
「何とか出会わせないように考えてるでしょ? 表情見るとそんな気がする」
「君、無駄に勘が鋭いときあるよね」
もう否定するのも面倒になったので、ユーリは正直に思ったことを言葉にした。
「昔から妙に直感が働くときがあるの。そんなときは必ず当たる。だから、わたしとその娘が出会うと思った時点で君が何をしようと無駄だと思うよ」
ユイカは自信満々にそう告げる。
本当かなとユーリは疑ったが、すぐに彼女が神に近い力を持つ魔女の一人であることを思い出す。常識なんて通用しない。
「勘弁してよ……」
ユーリは小声でそう呟くと温かい紅茶を啜って自身を慰めた。
◇◇◇◇◇◇
その日の夜。リズは一通りの仕事が終わり、魔女が暮らす後宮から歩いて帰宅していた。
治安のよいアーズル・ガーデンでも女性が一人で歩くような時間ではないが、宿舎は王宮の敷地内にあるのでまったく問題ない。むしろ昼間の街中よりも安全といえるだろう。
(最近、ユイカ様はとても楽しそうだ)
リズは星空を見上げながら主人である魔女のことを考える。
昨年の今頃は、母であるセイカを流行り病で亡くして酷く落ち込んでいた。病は星彩のレガリアさえ身につけていれば防げていたので、ユイカはそれを奪いとるかたちになっていた自身を責め続けていたのだろう。一時は周囲に心配をかけまいと空元気を振る舞っていて余計に心配したものだ。
それでも時間が解決してきているのか、最近やっと以前の彼女に戻ってきた。少し自己犠牲が強くなった気もするが、笑う数も増えて明るさが戻ったように見える。
(これでユーリ様が支えてくださったら最高なんだけどなぁ)
リズは二人のやり取りを思い出して顔が綻ぶ。
そこから何とか二人をくっつける方法はないかと考えていたら、いつの間にか宿舎の近くまで来ていた。
彼女はそこで正面から近づいて来る人物に気づく。
「えっ?」
リズは目の前にいる男を見て驚く。女性専用の宿舎なので、本来こんな場所にいる人物ではないからだ。
「あの、どうしてこんなところに?」
リズは恐る恐る訊いたが、男は薄っすらと笑ったまま何も答えなかった。
リズは言いようのない胸騒ぎに襲われる。それは彼女にとって波乱の夜の幕開けにすぎなかった。




