29話 魔女と侍女
『うーん。やっぱり特殊過ぎて何かに利用できるものではなさそうかな』
『そうかな。わたしには適用できる部分はあるんじゃない?』
『君と精霊では全然違うでしょ』
『じゃあ、わたしを精霊みたいにしてよ。そうすれば色々とできること増えそうだし』
『そんな無茶な……』
ユーリはLリンクスの画面とにらめっこしながらリリと神器の解析をしていた。側から見れば、だらけてソファーに寝そべっているようにしか見えないのでリリと話をしていてもバレることはないだろう。実際、お茶の準備をしているリズはまったく気づいていなかった。
散々な目に遭った日から三日が経っていた。その間、ほとんどの時間を王族が生活する後宮で過ごしていた。どうやら宰相がユイカの公務を調整して、居住区でこなせるものだけにしてくれたらしい。
ただ多くの時間ができた彼女には、代わりに宰相からの指示で講師陣から大量の課題が出されたようである。今も彼女は隣の書斎でぶつぶつと文句を言いながら勉学に励んでいるはずだ。
「ユーリ様、お茶の用意ができましたのでこちらへ」
リズがバルコニーにあるテーブルに促してくる。
ユーリは「うん」と返事をして、リリとのリンクを切ると、そちらに向かった。
席に着くと、リズは二つ目のカップと茶菓子の準備をしていた。ユーリは不思議に思って顔を窺うと、彼女はにっこりと微笑んで言う。
「多分、そろそろ部屋から出てきますよ。平常心でしたらあと一時間くらいは集中できると思いますが、相当イライラしてましたからね。ここら辺が限界です」
「ふーん。彼女のことよくわかってるんだね」
「ユイカ様に仕えてもう三年ですからね。人を知るには十分な時間を一緒に過ごしました」
リズは過去を懐かしむように目を細める。きっと様々な情景が頭の中を駆け巡ったのだろう。
「だから、わたしが保証します。ユイカ様は超優良物件です。ぜひ、貰ってやってください」
「何でそうなるのさ。てか、どちらかというと僕が貰われる立場なんだけど……」
「逆玉じゃないですか。何がご不満なんですか?」
「いや、不満とかじゃなくてさ……」
ユーリは苦笑して言葉を濁す。
リズはそんな曖昧な態度のユーリに納得がいかないようだった。おそらく彼女は自分がエルグラウンドであることを知らないのだろう。知っていればアクア・スフィアがエルグラウンドの流出を許すはずがないとわかるはずだ。
「うーん。確かに性格はほんの少しだけ残念なところもありますけど、あんな美少女他にいませんよ? それともリュート様みたいに豊かな胸がお好みなんですか? ユイカ様は細いのであのくらいでちょうどいいんですよ。多少物足りなかたっとしても愛嬌ってものです!」
次々と言葉を捲し立ててくるリズに、ユーリはたじろいでしまう。どうしようかと困惑していると、彼女の背後で薄ら笑みを浮かべる魔女を発見した。
「リーズゥー」
主人から不意に名を呼ばれたリズは、口を開けたまま固まる。そんな彼女に魔女は後ろから抱きついて耳元で問いかけた。
「一体何が残念なのかな? 物足りないってどーいうことかな?」
魔女はいつも通りにこやかな表情で穏やかに見えたが、言葉には明らかに怒気が含まれていた。
「えっと……。ユイカ様の魅力を説明してたつもりなんですけど、ちょっと間違っちゃいましたかね?」
「ううん。いいの。リズはわたしに欠けているものを教えてくれたのでしょう? だから、それを補おうと思うの」
「補う?」
ユイカは「そう」と頷くと、ユーリに向かって微笑む。
「ユーリ君、今わたしと一緒になったら、もれなくリズもついてきます」
「えっ? ユイカ様?」
「残念で物足りないわたしには、リズが必要なの。だから一緒に持っていこうかなって」
「人を嫁入り道具みたいに言わなでくださいよぉ」
「だってリズはわたしにないものを持ってるでしょう?」
「ひゃっ!」
小さな悲鳴をあげるリズ。ユイカが彼女のグラマラスな身体を弄っていた。その光景は妙に艶かしくて、ユーリは目のやり場に困ってしまう。
「ねえ、この魅惑的な身体も君のものになるけど、どうかな?」
ユイカは悪戯な笑みを浮かべて目配せをしてくる。どうやらこの茶番に付き合えということらしい。楽しそうに目を輝かせている彼女はどうも止まりそうにもないので、ユーリは仕方なく彼女に合わせることにした。
「あっ、うん。それはちょっと考えちゃうかも」
「ちょっと! ユーリ様?!」
リズはユーリが乗り気になるとは思っていなかったようで、戸惑った表情を見せる。ユイカはそんな彼女の頭を後ろから優しく撫でた。
「大丈夫。そうなったら二人で可愛がってあげるから」
「えええええぇぇぇぇぇ!!!」
ユイカの意地悪な囁きに、リズの悲鳴が周囲に響き渡る。彼女の顔は真っ赤に染まっていた。
それでようやく気が済んだのか、ユイカは両手でリズの頬に触れて「冗談よ」と言って微笑む。
「……ユイカ様の鬼、悪魔」
「違うでしょ。わたしは怖い怖い魔女よ」
恨めしそうに呟いたリズに、ユイカは小さな子供を怖がらせるような手振りを混じえて返した。
だが、優しい侍女はすぐにそれを否定する。
「いいえ。ユイカ様は普通の女の子です。小さな胸を気にする年頃の女の子です」
リズはそう言って舌を出すと、新しいお湯を取りに部屋の中に戻って行った。
その背中を見送るユイカは「反省の色が見えないなぁ」と口を尖らせていたが、どこか嬉しそうにも見えた。
「本当に仲いいね」
ユーリは素直な感想を述べる。他にも侍女はいるが、この数日の間に二人のやりとりを見ていると、リズがユイカにとっても特別な存在であることは十分に伝わってきた。
「リズだけは、昔からわたしをわたしとして見てくれるからね」
ユイカは照れくさそうにそう言って、はにかんだ。
彼女は周囲の人間に恵まれていると思っていたが、もしかしたら彼女自身がそういう人間を惹きつけているのかもしれない。
ユーリは、はにかむ彼女を見て何となくそう思った。