1話 浮遊都市アーズル・ガーデン
白い月が欠けた一部を探して美しい街を見下ろしていた。
もうすぐ日付が変わろうとしている。それでも街はまだ眠る様子はがない。むしろ、さらに活気づいているようにも感じられた。
時折、喧騒に混じってこの街の女王を讃える讃美歌が聞こえてくる。宗教的で少し物々しい感じの曲調だが、魔女に捧げられた歌と聞けばそれも納得できるだろう。
ここは高度三千メートルに浮かぶ街、【浮遊都市アーズル・ガーデン】。魔女によって統治された神秘的でどこか歪な街だ。
白い月が欠けた一部を探して美しい街を見下ろしていた。
もうすぐ日付が変わろうとしている。それでも街はまだ眠る様子はがない。むしろ、さらに活気づいているようにも感じられた。
時折、喧騒に混じってこの街の女王を讃える讃美歌が聞こえてくる。宗教的で少し物々しい感じの曲調だが、魔女に捧げられた歌と聞けばそれも納得できるだろう。
ここは高度三千メートルに浮かぶ街、【浮遊都市アーズル・ガーデン】。魔女によって統治された神秘的でどこか歪な街だ。
統治しているのは、【白の魔女】と呼ばれる十六歳の少女だ。まだ正式に王位に就いているわけではないが、魔女の力を受け継いでいる以上、すでにこの街の主人であることは変わりない。
そんな空の街では、今宵星花祭という催しが行われていた。本来は星の女神に街の安寧を祈願する祭りらしいのだが、今年は数日後に迫った戴冠式と重なったこともあり、例年以上のお祭り騒ぎになっているのだという。
(皆、それだけ新しい女王に期待しているってことか)
少年はそう思いながら、目抜き通りに目を向ける。そこではちょうどフィナーレに向けてのパレードが始まっていた。
列の前方には仮装した踊り子にマーチングバンド。その後ろに近衛兵が並び、最後尾に騎兵隊に囲まれた馬車が続いている。見物客はその最後尾の馬車に向かって一際大きい歓声を上げていた。
そこにいるのは純白のドレスに身を包んだ少女だ。彼女は歓声に応えるように左手を小さく振っていた。ベールで顔を覆っているため素顔は確認できなかったが、口元で微笑んでいることがわかった。
(あれが白の魔女か。 本物かな?)
ユーリは目を凝らしてみるが、やはり顔はよく見えなかった。
彼は通り沿いにある時計台の屋上でパレードの様子を眺めていた。
小柄で中性的な少年だ。艶のある黒髪は癖っ毛で、おっとりとした目元は少し女性的である。そのせいか、よく女の子に間違われることがあり、彼はその度に煩わしい思いをしていた。
ただでさえ出不精の彼は、最近そのことで余計に閉じこもることが多くなっており、顔を出してもすぐに部屋に引っ込むことから、身近な者たちにかたつむり少年と揶揄されるようになっていた。
彼の保護者である【赤の魔女】は、そんな状況を見かねて、今回の戴冠式に出席するよう命じてきた。彼が今ここにいるは、そんな経緯があったからである。
(別に僕は全然気にしてないのに)
ユーリは胸の内でそう愚痴ると、顔を上げて街を見渡した。
街明かりが評判通りの美しい街並みを浮かび上がらせている。
景観の基盤となっているのが、街の中央にある宮殿と規則的に張り巡らされた都市運河だ。
宮殿は真っ白な城壁と赤褐色の屋根が特徴的で、街の建物もその二色でほぼ統一されている。さらに建物の高さも主役である宮殿を引き立てるように控えめに作られていた。
例外として【誘いの塔】という名の摩天楼だけは、その存在を主張するように高くそびえ立っていた。そこはゲートと呼ばれる転移装置が設けられており、街の玄関口となっている場所である。ユーリもそのゲートを利用してこの街にやって来ていた。
彼の故郷もまた魔女によって統治されている街である。
街の名は、【海底都市アクア・スフィア】。
アーズル・ガーデンとは真逆で海の遥か底に沈む海底都市だ。
そのような辺鄙な場所から来たこともあって、彼は先ほどから上空に広がる星空を見てはずっと胸を踊らせていた。海に覆われた空も神秘的ではあるが、人のちっぽけさを感じさせるこの空も悪くないと思って、自然と笑みがこぼれた。
すると、そんな上機嫌な彼を歓迎するように夜風が頬を優しく撫でた。
肌寒くはなかった。
それにこの高度でも空気を薄く感じることもない。
おそらく浮遊するこの大陸全体に環境を維持するような結界が張られているのだろう。
その大規模な結界も、街を含むこの広大な大陸を浮遊させているのも、あの少女だ。それはもう神に等しい存在といってもいいのかもしれない。
安定した統治を望むならば、その大いなる力によって人々を恐怖で縛り付けることも可能なはずだ。むしろその方が体制の維持もしやすいと思われる。
だがそれなのにとユーリは視線をパレードが行われている目抜き通りに戻す。
パレードは折り返し地点を過ぎて終盤に差し掛かっていた。それでもあの少女に送られる歓声は止むことはない。皆、飾りのない笑顔だ。表面的ではなく心の底から彼女を慕っているように見えた。
(人々に愛される魔女か……。どんな娘なんだろ?)
ユーリは話したこともない少女に想いを馳せる。
魔女とはいえ他人に興味を持つことは珍しかった。やはり普段閉じこもりがちな自分が、見知らぬ土地を訪れていることで気分が高揚しているからだろうかと彼は自己分析する。そして、もしそうならば家に戻ればまたすぐに干からびた感性に逆戻りかと自虐して彼は苦笑いした。
背後から忍び寄る気配を感じたのは、そんなときだった。