27話 思惑①
「そういうわけでもう寝まーす」
リュートは眠そうな声でそう言って、大きな欠伸をした。彼はユーリから聞いた話をサズに報告しに来ていた。
「ご苦労さまでした。下がっていいですよ」
サズが労うと彼は「お疲れっス」と言って早々と部屋を出て行った。
相変わらずの態度だが、孤児院で悪ガキだった頃よりは大分マシになったので今はよしとした。それに彼が影でどれだけ努力しているか知っているので、過度に叱責せず、適度に教育して立場を自覚させていくことが一番だとサズは考えていた。
(さて、うちの姫を悲しませた愚か者をどうするか)
サズは先ほど上がってきた報告書に目を向ける。
姫はエルグラウンド少年を安易に婚約者にしてしまったことを気にしていたが、招いた魔女の関係者がその座を狙って事を起こした可能性は低いだろう。エルグラウンドの名前は伏せていたが、婚約者がアクア・スフィア出身であることは、公表していた。アーズル・ガーデンだけでなく、アクア・スフィアも巻き込むような揉め事は、常識的な考えを持つ者ならば避けるはずだ。魔女の名代として来ている者たちが、そんなリスクを負うとは到底思えない。少なくとも直接関わっていることはないだろう。別の目的があって、エルグラウンド少年は狙われたとみていい。
(おそらく絡んでいるのは、この街に燻る火種)
サズはそう考えて、今回思い当たる中から可能性が高そうな二箇所に絞って餌を撒いた。
その一つは騎士団。
騎士団は神器を与えられた騎士を補佐する組織であり、四つの団がある。勿論、団長は騎士であり、団員は士官学校を卒業して準騎士の資格を得た者たちで構成されている。
騎士は普通騎士団に所属する者から選ばれるが、一昨年の選定では当時士官学校の学生だったリュートが選ばれた。そのことに不信を抱いている者が騎士団の中にいると聞いている。
どうやらリュートと姫が幼い頃からの知り合いであることから、姫の意向が働いたのではないかと疑っているらしい。本来、騎士は神器に宿る精霊に選ばれるかどうかなので、そんなことは決してありえないが、異例中の異例の選任だったのでそんな憶測が出てきたのだろう。
今回、風の騎士団が儀式の警備を担当していた。彼らの中に首謀者あるいは協力者がいるのならば、礼拝堂に仕掛けをすることは容易いはずだ。リュートを陥れるために行動を起こしたと考えることもできる。現にリュートの責任を問う声もあがってきている。
現在、風の騎士団には礼拝堂で現場検証をさせたあと、偽のエルグラウンド少年を滞在させた屋敷でその警護を任せてある。彼らの中に犯人が紛れ込んでいるのならば、何らかの行動を起こす可能性が高いはずだ。
もう一つ餌を撒いたのは魔法工学研究所。
そこには影で黎明の覇王を信仰し、その復活を目論む組織があると聞く。
黎明の覇王は、およそ八百年前にこの街に君臨した魔王だ。万人が惹かれたというカリスマ性を持って内政で剛腕振るい、強固な街を作り上げたといわれている。
特に天罰の対抗策となる魔法具を考案し、それを活かした戦術は現在の討伐マニュアルの基礎となっているという。
だが、彼の名が後世に残っている理由はそれだけでない。晩年に作りあげてきた功績を汚すようなことをしてしまっている。
彼は自分がいなくなったあとの街の行く末を憂い、永遠を願ってしまったのだ。彼は白の系譜の魔法から魂の融合という秘術を生み出し、自身の姪にあたる人物に転生を試みる。
当然、少女の両親は反対し、幼い娘を救うために一時的に娘の時間を凍らせて眠らせた。そして、暴君となった黎明の覇王を神器を持つ戦士ともに討ちとったいう。
魂の融合など何とも信じ難い話だが、眠れる少女が実在していた以上事実なのだろう。
眠れる少女は十年前に目を覚まし、立派に成長して、今まさに新たな女王となろうとしている。
そう。ユイカこそ、その少女だ。
彼女が目覚めた当初、その扱いに周囲は悩み揉めた。彼女に施された魂の融合がどう影響しているのか判断できなかったからだ。
ある者は隔離させて常に監視下におくべきだと唱え、別の者は研究の対象にすべきだと唱え、さらに過激な者は災いをもたらす前に始末すべきだと唱えた。当時はどの選択肢が選ばれても少女に明るい未来はない状況だったといえる。
そんな少女を不憫に思った先代の魔女セイカは、星彩のレガリアを少女に与え、その絶対的な結界の力で彼女に施されている術式への干渉を防ぐことにした。そして、さらに少女を養子にすることで立場を与え、周囲の雑音から守ることにしたのだ。四世代の差があるとはいえ、同じ血筋の少女に想うところがあったのかもしれない。
それから少女は、彼女を支えるたくさんの人々から愛を受けて育った。勿論、少女自身も周囲の偏見や批判などに負けずに努力してきたのもサズは知っている。それこそ何度裏で泣いているところを見たことか。だから今回余計に少女の花道となる舞台を邪魔した輩は許せない。
そう憤って、サズは魔法工学研究所の文字を睨んだ。
法務大臣の別邸に掛かったということは、少なくとも研究所の中に今回の事件に関わっている者がいる。
竜の巫女につけた兵士の話によると、賊は予想通り首輪をつけられており、彼女は解除を条件に投降を促したが受け入れらかったという。
「まあ、口を封じられていたのは予想通りですし、生かしたまま捕らえられるとも思ってなかったんですが、まさか死体も残らないとは。身元くらいは調べたかったんですがね……」
サズは誰もいない執務室で一人ため息を吐く。
今回、シュリがこの作戦に参加したのは、これからの方針を説明したときに彼女がこの作戦に是非参加したいと申し出たからだ。できれば赤の魔女の宝物を傷つけた愚か者を自分の手で始末したいということだった。
戴冠式に備えて多くの兵士を動員していることもあり、戦力となる人材が不足していたので、ありがたくその申し出を受け入れることにした。何よりアクア・スフィア側が今回のことで大分譲歩をしてくれたので、こちらとしては断ることは難しかったといえる。
とりあえず研究所の方は目を光らせておくべきだろう。あちらも疑いをかけられたことに気づいたはずだが、それでも何か動いてくるかもしれない。
もし彼らの目的が覇王の復活ならば、月の指輪を狙ってエルグラウンド少年を攫ったことにも説明がつく。彼女に施されている魂の融合を完全に発動させるには星彩のレガリアの影響を無くすしかないからだ。
それを防ぐためにも、姫とエルグランド少年は可能な限りくっつけておいたほうがいいだろう。星彩のレガリアさえ揃っていれば二人の身の安全は確保できる。
それに戴冠式までに本当に恋仲になってくれるのならば、これ以上のことはない。少なからず姫はあの少年に惹かれている。このまま恋を実らせ、シラユリの血筋を残してくれれば、不安定な状況も解消できて万々歳だ。
(何より姫が幸せになることがセイカ様の一番の供養となる)
サズは瞼の裏に焼きついている親子二人の姿を懐かしむ。思わず目頭が熱くなったが、彼は二度頭を振って自分を誤魔化した。
こんな姿は絶対に彼女には見せられない。彼女はその生い立ちのせいで自身の幸せを後回しにする傾向がある。そんな彼女を導くには憎まれ役でいることが一番楽だ。少なくとも彼女が子供を生むまではこのままでいる予定である。
「まあ、嫌がる彼女の顔も可愛いんですがね」
サズは見合い話を出したときの彼女の反応を思い出し鼻で笑う。そして、彼は「また別の嫌がらせを考えないといけませんね」と呟くと気持ちを切り換えて別の書類を手にした。