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蒼穹の魔女は天才魔法工学技師《マギアクラフター》を振り向かせたい!  作者: 新戸 啓
本編

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25話 野ばらの棘①

 ユーリが目覚める数時間前。ジェイは南区にある邸宅に忍び込もうとしていた。

 聞いた話によると、ここは法務大臣の別邸だという。そして、彼が仕留め(そこ)なった少年がここで静養しているらしい。


 勿論、ジェイの目的は少年の殺害だ。それを達成しなければ、彼の人生は終わりを迎えることになる。


(失敗は許されない)


 彼はそう考え右手でチョーカーに触れる。

 これはパトロンとの契約の証だ。

 あちらが与えてくれるものは定期的な転移の宝玉の支給と、遊び終わったあとの事後処理。これによってここ数年は遊んでもそれが表沙汰にならなくて済んでいる。

 それに転移の宝玉が手に入るのもやはり大きい。個人で活動しはじめた頃は、四個買っただけで貯蓄が尽きてしまった。今では表の仕事の給料で家族を持つ余裕もあり、偽装も完璧になっているといえる。


 だが、当然こちらも提供しなければならないものがある。今回のような暗殺の仕事だ。依頼を受けて七日以内に達成しなければ、このチョーカーに刻まれた術式が発動し首が切断されてしまう。パトロンの情報を漏らそうとした場合も(しか)りだ。


 今回の失態で転移の宝玉を使用していたことが明らかになってしまっただろう。家族は名残惜しいが、今晩中に仕事を片付けて朝一番に他の街に高跳びしなければならなくなってしまった。

 自分の慢心が招いたことだが、それでも安寧を奪ったあの少年はこの手で始末しなければ気がすまない。


(今度は油断しない。あの少年は戦闘とは別方向の力で恐ろしい力を持っている)


 ジェイはそう(いまし)めて複数の錠剤を噛み砕いて飲み込む。それは興奮剤と一時的にマナを体内に取り込み身体を強化する魔法薬だった。


「ひっひっひ。この身体が起動する感覚やっぱりいいねぇ」


 マナが身体に充満したのを感じたジェイはすぐに行動に移す。

 まず鋭さを増した聴覚を活かして高い塀の向こうの気配を探った。

 至って静かだった。話し声はおろか足音も布が擦れる音もしない。どうやら近くに人はいないようだ。

 次に魔力探知機で塀に魔法具が仕掛けられていないか調べる。すると上部に反応があった。おそらく一般的な物で触れると感電を引き起こすものだろう。触れなければ問題ないので、ジェイは壁を跳び越えて敷地内入った。芝生に着地すると、すぐ近くの木の後ろに身を隠す。


 広い庭は芝生で敷き詰められており、綺麗に手入れがされていた。その奥にある屋敷は図面で見た通りの木造の二階建。ただ光源は月と庭にある外灯のみで屋敷は真っ暗だった。明らかに人の気配がなかった。


(どういうことだ?)


 ジェイは不審に思いながらも、気配を消したまま少しずつ屋敷に近づいていく。異様な雰囲気に彼の緊張は次第に高まっていった。


 神器(じんぎ)を持つ騎士がこの場にいることはまずない。彼らの最重要任務は魔女の警護と天罰の討伐であり、決まった配置からはそう簡単に動かせないはずだ。したがって、この場には多くの警備兵を配置して対処しているものだと予想していた。

 だが、この静けさはどういうことなのだろうか?


 ジェイが困惑しながら庭の中央まで足を進めたときだった。

 前方の芝生に影が過ぎる。

 瞬間、彼は背筋にぞわっとした寒気を感じた。

 恐る恐る見上げると、屋敷の屋根上で赤い目をした少女が上品な笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。


「ご機嫌よう」


 少女は少し首を傾げてそう言うと、背中の翼を広げて屋根から飛び降りた。彼女は背中の翼をはためかせてゆっくりと彼の目の前に着地する。


 社交界から抜け出して来たような場違いな黒いドレス。

 それ以上に目立つ耳元の角と背中の翼。

 仮装というわけではないだろう。()()()だ。


「今夜も月が綺麗ですね。あなたも月見がてらのお散歩ですか? それともこんな時間ですし、死神さんかしら?」


 わざとらしい口調。完全に罠に()められたとジェイは理解する。

 彼はダガーを取り出し、躊躇(ためら)うことなく少女の首を刈らんと襲いかかる。しかし、殺意が込められた刃は彼女の首元に触れる寸前に消えてしまった。想定外のことに彼は慌てて後退する。


「やっぱり死神さんですか。ごめんなさいね。わたしの命は、お姉様の物なので簡単には差し上げられないの」


 (なまめ)かしい唇から発せられたその言葉は、ジェイの耳にあまり入ってこなかった。失われた刃を見て驚愕していたからだ。

 欠損した刃の先端は真っ赤で一部液体状になっていた。尋常じゃない熱量で溶かされたように見える。ジェイ自身、熱風は感じられなかったので、瞬間的に刃だけに何か大きな力が作用したのだろう。


 これはおそらく()()()()の魔法。

 赤の魔女の血を引く者だけが使える炎の属性魔法だ。


(だが、赤の魔女には血族はいないはずだ。となると、この少女が噂の竜の巫女か)


 ジェイは少女の正体を理解して息を()む。それを察したのか、少女はドレスの裾を掴んで挨拶をしはじめた。


「失礼。名乗るのが遅れました。わたくしは、シュリ=アスタリア=ノバラ。昨日は連れがお世話になったようですね。不甲斐ないあの子に代わりまして、今宵(こよい)はわたくしがお相手して差し上げましょう」

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