24話 魔女の誓い
「よっ! 目が覚めたか」
リュートはこちらに来るなり、右手をあげてそう言った。
「うん。多分、君にも迷惑かけたよね。ごめんね」
「お前が謝ることじゃないさ。それにお前をあんな目に遭わせたのはオレの失態でもあるしな。悪かったな」
リュートは申し訳なさそうな顔をする。常におちゃらけている印象が強かったので、ユーリは少し驚いた。やはり騎士を目指したということは、根は真面目で責任感の強い人物なのだろう。もしかしたら繊細な部分を隠すために普段あのような振る舞いをしているのかもしれない。
「なあ、お前を襲ったのはどんな奴だった?」
「うーん。何か変な仮面をつけた男だったよ。多分、魔法士ではないと思う。マナでドーピングしてたし、色々と魔法具を仕込んでいたようだったしね」
「仮面ねぇ。体中が切り傷だらけだったが得物は小剣か?」
「うん。ナイフぽいやつだった。執拗に獲物を痛ぶって精神的に追い込んでいく趣味があったみたい」
「うちの宰相みたいな異常性癖の持ち主ってことか。それは本当に災難だったな」
「あはは……」
ユーリは何と答えていいのかわからず苦笑いする。
「まあ、冗談はさておき、今の話を聞く限り多分数年前に騒ぎになった殺人鬼だな。最近は音沙汰なかったが、こりぁ何者かに飼われてたな」
「騒ぎになったときに捕まえることできなかったの?」
「被害者に生存者はいなかったし、目撃情報もなくて犯人に繋がる手がかりが何もなかったんだ。もしかしたら、そのときから被害者を転移の宝玉で拉致してたのかもしれないな。あんな高価な物をよくそんなことに使ったもんだぜ」
「犯人にとってはそれほどの価値があったてことだろうね。でも、これで転移の宝玉の取引経路から犯人を探せるかも。多く流通するものでもないし、仮に今誰かに飼われてたとしても、単独で活動していた時期に絞ればいけそう」
「そうだな。まっ、その前にそいつは飼い主に捨てられそうだがな。普通に始末されるか口を潰して特攻でもさせるのか。後者なら仕掛けた罠にかかってくれそうだが」
「罠?」
ユーリが訝しげな顔をするとリュートは何か思い出したように左の手のひらを右手で叩く。
「あっ、そうだ。今日はこの建物から出るなよ。お前、実はまだ動かせる状態じゃなくて南区にいるって噂を流してあるみたいだから」
「それは仮面の男を誘き出すための罠? それとも流した噂の場所から黒幕を炙り出すための罠かな?」
「さあな。あのドS宰相の考えはオレにはわからん」
リュートはそう言って両手の手のひらを上にして降参のポーズをとる。
今回、最も怪しいのは儀式を準備をした南区の役人たちだ。だが、あまりに目につき過ぎるので、おそらく組織ぐるみということはないだろう。ゆえに黒幕と繋がる者が紛れ込んでいると考えるのが妥当だ。宰相はある程度目星をつけて、偽りの情報を流すことで篩にかけるつもりなのかもしれない。
ここでリュートが何かを感じたらしく、ふと彼女が眠る部屋の方に視線を向けた。
「どうやら、うちのお姫様がお目覚めのようだ。これでやっとオレも寝れるぜ」
彼は背伸びをして疲れた表情を見せる。任務が終わり、張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろう。
「じゃあ、そろそろ行くぜ。オレがここにいると色々と煩そうだからな」
「お疲れさま」
ユーリが労いの言葉をかけると、リュートは風に乗ってふんわりと宙に浮かぶ。
「あっ、仮面の男は周囲に色々と魔法具を仕掛けてたみたいだから、転移先を見つければ何か手がかりが残ってるかもよ」
「わかった。上に報告しておく。サンキュな」
リュートは右手をあげて礼を言うと、来たときと同じように屋根を伝って奥の建物に消えていった。
それから間もなくユイカがバルコニーに繋がる窓から顔を覗かせた。彼女は周囲を見渡してユーリを発見すると、ほっとした顔をしてこちらにやってきた。
「起きたら君がいなくて、びっくりしたよ。身体は大丈夫?」
「うん。君が治してくれたんでしょ? ありがとう」
「お礼なんて必要ないよ。こちらの不手際で君を命の危険に晒してしまったんだから。本当にごめんなさい」
ユイカは謝罪の言葉とともに深々と頭を下げる。
その素直さは実に彼女らしいと思ったが、一国の主人である者が見せていい姿ではないので、ユーリは慌てて頭を上げさせた。
「君はもうすぐ女王になるんだから、むやみに頭を下げないの」
「いいの。これは安易に君を婚約者にしてしまったわたしのケジメだから」
ユイカは肩を竦めて微笑む。
これまでとは違い、その笑みの中にどこか陰りが見えた。やはり自身が招いた客を危険な目に遭わせてしまった責任を感じているのだろう。
「じゃあ、もう痛いのは嫌だから、戴冠式が終わるまでちゃんと守ってよ」
「無理してこの街に滞在しなくていいんだよ……」
「出不精の僕がせっかく外に出てるしね。どーせなら君が女王になるところを見てから帰るよ」
「エルグラウンドである君がリスクを負ってまで出席する価値はないと思うよ。本当なら、わたしに女王になる資格なんてないんだから……」
「資格? 資質なら十分あると思うけどな。まあ、魔女の寿命考えると滅多に見れるもんじゃないし、記念に出席していくよ」
「そう」
ユイカは儚げに笑うとユーリをそっと抱きしめてきた。彼女は彼の耳元で囁く。
「じゃあ、白の魔女の名において君をあらゆる悪意から守ることを誓う。だから、君の傍にいることを許してね」
「えっ? まさか、君自身が護衛するとか言わないよね?」
ユーリはユイカの両肩を持って引き離すと、眉を寄せて問いかける。
「そうだよ。君に触れていれば星彩のレガリアの守護対象になるし、もしものときは魔法で傷も治せる。それにリュートの警備も自動的についてくるしね。悪くないアイデアでしょ?」
ユイカは数秒前の儚げな表情と打って変わって得意げに人差し指を立てて言う。
ユーリはその様子を見て呆れてしまったが、同時に彼女に明るい表情が戻って少しほっともした。例え無理をしているのだとしても、そうやって振る舞えるのならばまだ心に余裕があるはずだ。
「あのさ。僕、思春期男子なんだけど、その辺まったく考慮してないでしょ」
「うーん。間違いがあったらそのときはそのとき。責任をとって貰えばいいかなって。わたし、君を気に入ってるし、何よりエルグラウンドというのが魅力的」
「何か打算的だなぁ。てか、責任って……。王族なんて絶対になりたくないんだけど……」
「じゃあ、そのときは死刑台に上がるしかないんじゃないかな」
「いやいや、状況を考慮すると十分情状酌量の余地があるでしょ」
「残念。わたしの心を弄ぶ罪は何よりも重いのよ」
そう言って、ユイカはクスクスと笑い出した。
その無邪気な笑みは、自然と相手を妥協させる力を持っていた。無自覚に人を魅了する魔法でも使っているのではないかと疑ってしまうくらい惹かれるものがある。やはり彼女もまた生まれながらにして人の上に立つことを許された存在なのだろう。
これ以上虜にさせられないようにとユーリは視線を彼方に逸らす。
空は群青色に移り変わっていた。
それに伴い、朝露に濡れた草木が本格的に目を覚まして青々と輝いていた。
海の底に沈むアクア・スフィアでは決して見ることのできない光景だ。
ユーリはそこにはっきりと生を感じたが、それが太陽のせいなのか、死線を潜ったばかりだからなのか、よくわからなかった。




