20話 強襲②
意識の底で警鐘が鳴った気がした。
それは命の危機が迫っているときに働く直感のようなもの。
案の定、ダガーがユーリの首元を抉る未来が襲ってくる。
彼は咄嗟に身体を右に捻り後方に跳ぶことでその未来を破棄する。
だが、仮面の大男は瞬時に左の貫手に切り替えてきた。
今度はそれを左手の甲で弾いて軌道を少しずらすことで何とか躱す。
身体を動かす度に右肩に激しい痛みが走るがそんなことを気にする余裕はない。
対処を間違えば即死に繋がるほどの速さと強度だ。
「いいねぇ! お前いいよ! もっともっともがいてくれよぉ!」
仮面の男はユーリが攻撃を回避する度に興奮しているようだった。
獲物を仕留めるまでの過程を楽しむタイプなのだろう。もし結果で満足するようなタイプだったら、ダガーに毒を仕込んでおけばその時点で終わっていたはずだ。
いつでも狩れる獲物。痛ぶれるだけ痛ぶってから仕留める。そう考えてくれているのならばありがたい。その余裕が隙を生んでくれる可能性がある。
しかし、ただ単純に隙を突いて逃げても、すぐに捕まってしまうだろう。
この状況を打開するには何か策が必要だが、できることは限られている。
(もっと魔法具を服に仕込んでおくべきだったかな)
ユーリは平和ボケしていた自身に嫌気がさして舌打をする。
策を練るとしても、現状使える手段が一つに限られている。
それは神与文字による簡易な魔法。
たった一行の文書で発動できるが、効果自体はどれもたいしたものではない。
ただ一つだけこの状況で使えそうなものがあった。
問題は一行とはいえ、彼がその文を書く時間を与えてくれるかだ。
(与えてくれないのなら作るしかないよね!)
仮面の男がダガーで突き刺しにかかってくる。その未来が見えた瞬間、ユーリは覚悟を決めて自ら間合いを詰めた。
これまで攻撃を躱すことに専念していたため、その行動は相手の意表を突くかたちとなった。
ほんの僅かだが男のダガーの出が遅くれる。
その遅れが間合いの優位を奪うことになり、ユーリは左手に持っていた空のマテリアルダーツでダガーを持つ右手の甲を刺すことができた。
「ちっ!」
仮面の男は一度距離をとろうと後退する。
その隙にユーリは発光の意味を持つ神与文字を書いた。
瞬間、ユーリの左手人差し指から眩い光が生み出されて周囲を照らす。
「ぐあああああああああっ!」
間近でもろにその光を浴びた仮面の男は目の付近を手で覆って呻く。
一時的だが強力な光源は確実に相手の視覚を奪った。
(今だ!)
ユーリはすぐさま背中を向けてこの場を離れようとする。
まずは生い茂る木々に紛れて逃げようと考え、あえて暗がりの方を目指した。
「逃がすかよぉぉぉぉ!!!」
背後で仮面の男が叫ぶ。
少なくともあと数秒は視覚が戻らないはずだが、何となく嫌な予感がしたのでちらっと後ろを確認した。
すると、仮面の男は右手をこちらに向けていた。そして、籠手の部分から蜘蛛の糸のような物を噴射してきた。それは網目状に広がってユーリに襲いかかってくる。
ユーリは慌ててすぐ近くの木の枝に跳び乗った。すかさず、仮面の男は左手に切り替えて照準を補正してくる。だが、やはり視覚が戻っていないのか、完璧にはこちらを捉えていなかった。
(音を辿ってる? もしそうなら人間の聴覚じゃないでしょ!)
とりあえず、ユーリはニ発目の噴射と同時に発火の意味を持つ神与文字を書き、糸を燃やして防ぐ。
おそらくこれは相手を絡めとる粘着性の糸だ。籠手のサイズから両手に一発ずつと考えていいだろう。これ以上はないはずだ。
そう考え、ユーリは木から飛び降りて再びこの場を離れようとする。
しかし、今度は突然茂みから道化師の姿をした人形が飛びかかってきた。
ユーリは咄嗟に蹴り飛ばして対象しようとしたが、触れた瞬間に爆発する未来が見えたので慌てて右に避ける。
人形はそのまま前方の木に直撃して終わりかと思ったが、旋回して再びこちらに迫ってきた。
(追尾? 僕の体温に反応してる? それとも魔力か?)
何にしても魔法具なら術式を弄ってしまえばいい。そう考えて、ユーリはマジックディバイスを使って人形に組み込まれている術式を展開させる。魔法陣が浮かび上がると、条件なしで自爆の術式だけ起動させて処理した。
「ひっひっひ。面白いことするねぇ。そんなことができるってことは魔法工学技師か?」
仮面の男がゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。歩様を見る限り、視覚は取り戻しているようだ。
「言っとくが簡単には逃げれねぇよ。そのためにこの場所に誘導したんだからな」
「ここら辺一帯に仕掛けをしてあるんだね」
「ああ。術式を破壊できるみてぇだが、俺に致命傷でも負わせない限り、逃げ切る時間は作れねえぞ。ひっひっひ」
「そっか。まったく乗り気じゃないけど、どうやら君の遊び相手をしないといけないようだ」
「そうだ。死ぬまで遊ぼうぜ!」
仮面の男は嬉々とした叫びをあげて、再び襲ってきた。




