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16話 生きた戒律

 天罰に遭遇した翌日、ユイカは戴冠に必要な儀式を執り行うために街の南部にある礼拝堂に向かっていた。


 儀式は礼拝堂に祀られている()()に祈りを捧げるというもの。

 白の魔女の神域魔法は、()きた戒律(かいりつ)という名の自律型の魔法であり、意思を持つ五体の精霊によって街の環境が維持されている。精霊自体は白の魔女の始祖となる者が女神と共に生み出したものであり、そこから代々白の魔女はその使役権を継承してきている。


 各精霊の名は、火と水を司るブレア、大気を司るシルラ、時空間を司るグラビィ、大地と恵みを司るハーディ、そして、光を司るフリュルルだ。

 住人はこれらの精霊が神域魔法によって実在していることを知らない。ただ古くから各地に礼拝堂があることと、戴冠のときに必ず儀式が行われていることから、この街の始祖王と女神が授けてくれた守り神として信仰の対象となっている。


 この一月ですでに三箇所の礼拝堂を巡っており、残すところは今日祈りを捧げるハーディとフリュルルのみとなっていた。フリュルルの祀られた礼拝堂は宮殿の敷地内にあり、戴冠式当日に祈りを捧げることになっているので、儀式で遠出をするのは今回で最後となる。色々と大変でもあったが、このような公務がない限り宮殿のある中央区から出ることはないので、ユイカは少し名残惜しい気もしていた。


 そんなセンチメンタルな気分に浸る彼女は、目的地に向かう王族専用のアクアクロラーの一室にいた。

 そこは宮殿にある応接間のような部屋だった。ユイカが身支度をしている最中なので、傍には衝立(ついたて)が置かれている。

 その衝立の向こうでは、待機する幼馴染の護衛と仮初の婚約者が何かコソコソと話していた。性格が大きく違う二人が一体どんな会話をしているのか気になったので、彼女は聞き耳を立てることにした。


「えっ? お前手を出さなかったの? あんなのでも見た目だけはいいだろ?」

「熟すのを待ったほうがいいんだって」

「バカか。あいつの色気がこれ以上増すわけがないだろ。隙があったらやってしまえって。どーせ、来週には帰るんだから勿体ねぇぞ」


(本当にもう……あのバカは……)


 相変わらずのチャラさを発揮するリュートに、ユイカは自然とため息が漏れる。センチメンタルな気分など一気に吹き飛んでしまった。そして、彼女はあの下品で無礼な幼馴染をどう懲らしめてやろうかと考えはじめる。

 そんな彼女に侍女であるリズが宥めるように言う。


「ユイカ様、精霊様にお会いになるのですから、そんなふうにムスッとしててはダメですよ」

「だってリュートが」

「リュート様が()()なのはいつものことではないですか。それに人の魅力もそれぞれ、その魅力に惹かれる人もそれぞれですよ」

「それはそうだけどさー」


 ユイカはここで一度不満を飲み込んで、衣装の確認のために衝立の向こう側にある立ち鏡の前に移動した。

 衣装は白を基調とした魔法衣とシンプルなティアラだ。どちらもユリの花の装飾が施されている。

 とりあえず、くるりと一回りして確認したが不自然な点はなかった。この儀式も四箇所目なので、もう着慣れてきた感じだ。

 次に顔を確認する。髪はティアラに合わせて後ろで束ねられている。薄くした化粧は、普段よりも彼女を大人ぽく見せていた。これで澄ましていれば、それなりに風格があるように見えるだろう。


(わたしは女王になる)


 正装したこの姿を見る度に嫌でもそのことを再確認させられる。

 当分はかたちだけの女王。今でも内政はサズを中心とした役人に頼りきり。あげられてきた法案を理解するので精一杯。外交に至ってはまだまだ手探りの状況だ。

 それでも時々城を抜け出して人々の暮らしを見る度にこの何気ない日常を守らなければならないと彼女は思う。


(お母様が、シラユリの血が守り抜いたこの安寧を未来に繋がないと)


 ユイカが心中でそんな誓いをしていると、ユーリがやって来て鏡越しにこちらを見た。


「やっぱり君は魔女ぽくないね」

「それって女王ぽくないってこと?」

「そうじゃなくて不吉や畏怖をまったく感じさせないってこと。君を象徴する色が白なのもあるけど、それ以上に君の人柄のせいなのかな」

「もっと怖そうにしたほうがいいのかな?」

「ん? 何で? そのままでいいでしょ。君たちが魔女と呼ばれる理由なんてその力の源にあるだけだし。だから表情作らないでいつも通りニコニコしてれば?」

「わたし、そんなにいつも笑ってるかな」


 ユイカはそう言って苦笑いする。

 この年下の少年は、技術者ということもあるのか、よく周りを観察している。人の機微にも疎いように思わせて実は敏感だ。

 だから、今も機嫌を損ねていた自分を見かねて彼なりに気を使ってくれたのだろう。もしかしたら女王即位への気負いも勘づいて、それを含めての対応だったのかもしれない。

 そういうところが、出逢ったばかりでも自分が自然体でいられる理由なのかもしれない。そう考えると、ユイカの心は少し和んだ気がした。

 だが、そんなところにリュートがまた爆弾を投下してくる。


「ようするに、こいつが言いたいのは魔女ぽい艶やかさがないってことじゃないのか?」


 何ですってと叫ぶ前に、侍女のリズがユイカを制して二人の間に入ってきた。彼女は果物籠に備え付けられていた果物ナイフを手に持ち、引き()った笑顔を浮かべてリュートに告げる。


「リュート様、そろそろお口を閉じないとその鬱陶しい下半身のものをちょん切りますよ?」


 「ひぃ!」と小さな悲鳴をあげるリュート。すぐに彼は暴れ馬を宥めるようなジェスチャーを混じえて「落ち着け、落ち着け」と言う。

 彼女は先日交渉の際にリュートが紹介してほしいと言っていたグラマラスな侍女である。リュートがちょっとあれな噂は侍女の間で広まっていたが、彼女は渋々彼との一日デートを引き受けてくれた。しかし、デートの際に本当に幻滅したらしく最近では彼に対する当たりが強くなっていた。


「大丈夫です。それさえ取っ払えば、きっと邪念は消えてリュート様は素敵な男性になります」

「いやいやいやいやいや、それ何か矛盾してるだろ! なっ、とりあえず落ち着け。俺が悪かったから!」

「ご冗談を。リュート様が反省なんてするわけないじゃないですか。そんなことより近くにいらしてください。切除できません」

「おい!」


 不気味な笑みで距離を詰めようとするリズに対して冷や汗を垂らしながら後退りしていくリュート。その様子はまるで夫婦の修羅場ように見えた。案外、彼にはこういうタイプがお似合いなのかもと思いながら、ユイカはユーリの手を引いて静かに部屋を出ようとする。


「止めなくていいの?」

「いいの、いいの。リュートには良い薬になるだろうし。わたしたちは甲板に行きましょ。街の南部は自然が多くて景色がいいよ」


 ユイカは心配そうなユーリの背中を押して甲板に繋がる通路を歩いて行く。何度か後ろから助けを求める声がしたが、侍女相手にリュートが怪我をするわけがないので、聞こえなかったことにした。


(まあ、女の子になったリュートも面白そうだけどね)


 ユイカは歩きながらそんなことを考え、一人でクスっと笑った。

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