11話 説教される魔女
蒼穹の街に鎮座するセレスティアル宮殿。
その三階、謁見の間。
そこはシャンデリアなどの内装は勿論のこと、部屋の隅にある花瓶や壁にかけられた絵画の額縁など細かな所まで贅が尽くされている。
その中でも権威の象徴である玉座は、シンプルな作りながら一際目立つ存在感を放っていた。
その玉座へと続くふかふかの絨毯の上に、この街の主人であるはずの少女と騎士の地位を与えられた少年が正座をしていた。
二人の前には黒い燕尾服を着た男が腕組みをして立っている。年齢は三十歳前後。眼鏡のフレームを右手の中指でグイッとあげて、二人を鋭い眼光で睨んでいる。
彼の名はサズ=レアータ。彼こそがこの街の宰相を務める者だった。
「さて、何か言いたいことがあるなら聞きましょうか」
重々しい空気の中、サズはため息を一つ吐いたあと、ようやく口を開いた。
「今日はとても楽しかったわ」
ユイカは反省を微塵も感じさせず微笑む。
サズの前では例え自身に百パーセントの非があっても、それを簡単に認めてはならない。彼はとても優秀なのだが、欠点としてサディスティックな部分があるのだ。ゆえに、こういう場合は必ず相手の最も嫌がることを罰として与えてくるはずだ。それを回避するにはうまく駆け引きをして交渉するしかない。
「それは何よりですね。ですが、その代償は高いですよ、姫」
こちらの皮肉を気にすることなく、サズも微笑み返してきた。主人を前にして相変わらず豪胆である。ちなみに姫とはユイカのことだ。幼い頃の自分を知る者は皆そう呼ぶ。そろそろやめてほしいと言っても、どうも彼らには幼子の自分の印象が強いらしい。
「皆に心配をかけたことは申し訳ないと思っています。そこは反省しています。ですが、民の暮らしを見聞するのも重要じゃない?」
「ええ。それは理解できますが、あまりに危機管理意識が低いのでは? せめて、リュートを連れて行くべきだったと思います」
「この街において、わたしに傷をつけることができる者がいると?」
「いませんね。ですが、それは星彩のレガリアが機能してのこと。何らかの理由で姫が星彩のレガリアを手放した場合は別です。例えば目の前で子供が賊に捕われ、賊から星彩のレガリアを要求された場合姫はどうなさいますか? おそらく姫はその要求に従うでしょう? その慈悲深さは姫の変えがたい長所でもあり、反面、上に立つ者としては脆弱な部分でありますから」
ぐうの音も出ない指摘だとユイカは思った。
拒絶の力を宿す星彩のレガリアは、この街において誰にも打ち破れない守護の力を有している。だが、それはその力が機能してのこと。確かに彼が指摘するような状況になった場合、自分を犠牲にしても子供を守ろうとするかもしれない。
「わかりました。そのような状況は考慮していませんでした。今度からはできる限りリュートを連れて歩きます」
「できる限りですか。まあ、わかって頂けたのなら結構です。ですが、けじめはつけて貰いますよ」
サズは薄らと笑みを浮かべる。ユイカは嫌な予感しかしなかった。
「何をさせるつもり?」
「簡単なことです。良い機会なので、見送っていた見合い話をすべて受けて貰います。多くの方が、ちょうど街に滞在していますので」
「絶対いや!」
ユイカは反射的に立ち上がった。
「見合いをしたからといって、何もすぐに結論を出す必要はありませんよ。言い方は悪いですが品定めと考えればよろしいかと。まあ、それでも不安定な現状を打破するためにも、早めに相手を見つけて頂けると我々も助かりますが」
ユイカは「むぅぅぅ」と唸る。サズの言ってることは正論で何も反論する言葉が出てこなかった。
「もう観念して結婚してしまえよ」
ここまで黙っていたリュートがこちらを見上げて言う。やれやれといった表情が実に憎たらしかった。
「大体、お前は難しく考え過ぎなんだよ。とりあえず、適当な男と付き合ってみろよ。ダメだったダメで次でいいだろ」
「乙女心がわからないリュートの意見は必要ありませーん」
「男なんだからそんなもんわかるわけないだろ」
「だからいつもすぐにフラれるのよ」
ユイカはべーと舌を出す。
「うるせー。頭お花畑のお前に言われたくねぇわ」
「お、お花畑ですって?!」
あまりに失礼極まりない発言に、ユイカはムカッときてリュートを睨む。しかし、彼はそっぽを向いて涼しげに知らん顔をしていた。
リュートは母が所有していた孤児院の出身であり、幼い頃からの顔見知りだ。今でも幼馴染として関係は続いており、主従関係はほとんど成立していないと言っていい。公の場でしっかりしてくれれば、それは別に構わないのだが、上から目線はやはり腹が立つ。
「二人とも本当に反省しているのですか?」
何か言い返そうと思ったとき、サズが咳払いをして割り込んできた。ユイカとリュートは肩をビクッとさせ、慌てて姿勢を正した。
「リュート、君は節操がなさ過ぎです。今回も君が姫の誘いに乗らなければ、ここまで大事にはならなかったはずですが。もういっそのこと切りますか?」
「えっと、何を?」
「言葉にしないとわかりませんか?」
「すいませんでした。それだけは勘弁してください」
絨毯に額をつけて謝るリュートを見て、サズは満足げに頷いていた。本当にこのサディスティックな側面がなければ玉座を譲ってもいいくらいなのにと、ユイカは心の内でため息を吐く。
謁見の間にユーリがやって来たのはそんなときだった。




