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10話 天罰③

 一目散にこちらへ突っ込んでくる大蛇に対して、ユーリは慌てて身構える。


 避けるという選択肢はない。

 それでは背後にいる人々がそのまま狙われる可能性があるからだ。

 その可能性を排除するためにも、引き続き注意はこちらに向けておかなければならない。


 ユーリは大蛇を覆う青い魔力を注視する。前傾姿勢で突進してきているためにそれは頭部周辺に凝縮していた。逆に尻尾の方はほとんど覆われていなかった。

 そのことを確認して、ユーリは突進してくる大蛇に向かって走り出した。


 大蛇は獰猛(どうもう)な牙を()き出しにして襲いかかってくる。

 彼はその噛みつきを右に反転しながら紙一重で(かわ)すと、そのまま大蛇の後方に回った。そして、魔力で覆われていない無防備な尾を左手に持ったナイフで斬りつけた。


「ギィィッ!」


 大蛇は小さく呻くと、身体を(ひね)り充血した瞳でこちらを睨みつけくる。引き続き注意を引きつけることに成功したようだ。

 その証拠に、大蛇は再び獰猛な牙で襲いかかってくる。ユーリはその凶悪な牙をバックステップで躱しながら徐々に河岸から離れていった。

 ある程度の間合いをとったところで、大蛇の動きが止まった。

 額にある青い瞳がまた光る。

 それから刹那の間を置いて大蛇の周囲に幾何学模様が展開し、そこから氷の刃が乱射された。


(やはりあの瞳が魔力制御の起点となっているのか。それなら)


 ユーリは襲いかかる氷の刃をナイフで砕くと右手に持っていたダーツを大蛇の顔面目掛けて放った。

 それは先程と同じように光弾となって大蛇を襲う。しかし、大蛇は近距離にも(かかわ)らず身体を仰反らせ、ギリギリのところでそれを躱した。

 だが、それも計算の内だった。一瞬でも大蛇の視線を自分から外すことが目当てだったのだ。


 その僅かな時間の間にユーリは大蛇の側面に回っていた。そして、背後からその頭上に跳び乗ると、そのまま全体重をかけてナイフを額の瞳に突き立てた。

 両手が少し痺れる。予想以上に硬かったが、それでも何とかナイフの刃は瞳に突き刺さった。


「グッギッギィィィィィ!!!」


 大蛇は全身をくねらせ苦しみだす。ユーリは突き刺さったナイフを残し、慌てて大蛇の頭上から跳び退いた。


 大蛇のもがき苦しむさまを見て、成功したと浮かれたのも一瞬だった。ひび割れた瞳から青い光が漏れ出し、魔力が暴走し始める。周囲は瞬く間に氷の刃が混じった吹雪に包まれた。

 魔力制御に支障が生じた影響で、体内にある根源たるマナが魔力と化して暴走しているのだろう。命を撒き散らしている状態だ。

 

 ユーリは自分の見通しの甘さを悔い、小さく舌打ちをする。

 大蛇を中心に小規模な冬の嵐になっていた。凍てつく風が次々と周囲を飲み込んでいく。とてもじゃないが近づける状態ではない。

 常識的に考えたらここが引き際だろう。

 だが、大蛇の魔力は今も膨張し続けている。おそらくそれは大蛇の命が尽きるまで止まらない。そして、予想が正しいなら、最後はまるで星が死ぬときのように膨張した魔力が大きく弾けて周囲に甚大な被害を与えるはずだ。


 何とかしなければと考え、ユーリが一歩前に進んだときだった。後ろから左手を誰かに掴まれた。

 振り返ると若き魔女がそこにいた。急いで走って来たのだろう。彼女は息を切らしながら言う。


「もう十分。この場を離れましょう」


 彼女の後ろを見ると、船着場にはもうほとんど人はいなかった。それでも、あれが弾けたらこの周辺一帯が氷漬けなる恐れがある。


「でも、あれを止めないと」

「もう大丈夫。大丈夫だから」


 ユイカは天を仰ぐ。その視線の先は大蛇の遥か上空だった。

 そこには赤髪の少年、リュート=カザキリが風に乗って浮かんでいた。彼は白銀の槍を右手に持って大きく振りかぶると、こちらに向かって叫ぶ。


「ユイカ! そいつを守れよ!」

「うん!」


 ユイカが大声で返事をすると、こちらに抱きついてくる。彼女はそのままユーリに覆い被さるようにして凍りついた地面に倒れ込んだ。

 仰向(あお)けになったユーリは、その視界の端で大気の躍動を見た。凄まじい上昇気流が大蛇のもたらす嵐を飲み込んで赤髪の少年の元へ向かって昇っていく。やがてその風が彼の持つ白銀の槍に吸い込まれると、純白の絹のような渦が槍を包み込んだ。


「消えろ」


 その言葉とともに、リュートは白銀の槍を大蛇目掛けて投げ放った。

 瞬間、銀色の閃光が大蛇に向かって走る。それは稲光のように一瞬で空と大地を結んだ。

 ほぼ同時に凄まじい衝撃波が大気を震わせて全方位に広がる。その影響で凍りついた大地は四方に大きくひび割れた。

 銀色の閃光に打たれた大蛇は、その光の中に飲み込まれ、衝撃波の発生とともにその姿を消した。

 まさに一瞬の出来事だった。その圧倒的な力は人の領域を遥かに超えていた。このとき、ユーリは初めて神域魔法というものを垣間見た気がした。


 やがて銀色の閃光は縦に細長く伸びる竜巻に変わると、瞬く間に拡散して周囲の大気を一掃して消えた。

 嵐が去った後のような澄んだ空の中で赤髪の少年は佇んでいた。彼が右腕を横に広げると、地面から風が巻き上がりその手に白銀の槍を運んでいく。その風は砕け散った氷塊の破片も空に連れて行き、彼の周りはダイヤモンドダストのようにキラキラと輝いていた。


「大丈夫?」


 上に覆い被さったままのユイカが訊いてくる。

 神器の力を目の当たりにして、彼女と密着していたことを忘れていた。自覚したからか、遅れて女性的な柔らかさと人の温もりが伝わってくる。

 このくらいのご褒美があっても良いだろうと思ったので、抱きついたままこの心地良さを少し堪能することにした。


「安心して気が抜けちゃった?」


 ユイカは何の反応もないユーリに心配そうな顔で問いかけてくる。その純真さは逆にユーリをうしろめたくさせた。


「次期女王様に触れるチャンスなんてもうないかもしれないから、もう少しこのままでいようかと」


 正直に下心を打ち明けるユーリ。そんな彼を見て、ユイカは目をパチパチさせる。彼女は上半身を起こすと、別に軽蔑するわけでもなく薄らと笑って問いかけてくる。


「ふーん。五十万の民を背負う覚悟があるなら、いくらでも抱きしめてあげるけど?」

「えっと、それは僕には荷が重過ぎるので遠慮するかな」

「いくじなし」


 ユイカは拗ねたような口調でそう言ってクスクスと笑い出した。その笑顔は今までで最も魅力的なものだった。

 ユーリは思わず抱きしめたくなったが、それをグッと堪えて両腕を広げて大の字になる。


 魔女だというのに天使のような眩い輝きを放つ少女。実に厄介だ。

 そう思いながら、ユーリは嵐の去った澄んだ空の中に映える彼女を眺めていた。

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