9話 天罰②
ユーリはまず腰の鞄の中に手を入れて、【Lリンクス】というアクア・スフィアで普及している携帯用の情報端末を手に取った。そして、その側面にあるボタンを押して【マジックディバイス】を起動させる。
マジックディバイスは魔法や魔法具に組み込まれた魔法術式への干渉を補助するための魔法具で、ユーリはその機能をLリンクスに付け加えあった。
次に【マテリアルダーツ】という魔法具を鞄から取り出す。ダーツの形状をしたそれは、針のような細長い金属の矢尻に直接矢羽がついており、その繋ぎ目には【マナマテリアル】というマナを蓄積した水晶がはめ込まれていた。
ユーリはそれを左足の太腿に突き刺す。チクッとした痛みと同時に体内にマナが流れ込んでくる。すぐにそれを制御して血液のように全身に巡らせて身体の隅々まで届けた。
そして、それが身体と一体となって弾けるイメージを作り上げる。すると、ユーリの身体から青白い光が溢れ出し、全身を覆った。体内に取り入れたマナを自身の魔力へと変えて、細胞を活性化することで身体機能を一時的に強化したのだ。
続いて太腿からマテリアルダーツを引き抜くと、それを大蛇の少し手前に向かって投げ放った。
ダーツは弓で射た矢のように空気を切り裂いて一直線に走り、氷の大地に突き刺さる。
すかさずユーリはそこに照準を定めるようにして左手をかざした。
すでに大蛇の周りには青い光が漂い始めていた。
ユーリはそれを奪い取るようなイメージを描き、頭の中で術式を構築すると、起動しているマジックディバイスを通して氷上に刺さったダーツにその術式を送り込んだ。
そして、ダーツが仄かに輝いたのを確認して、かざしていた左手を握り締める。
その動作が引き金となって周囲の青い光がダーツに向かって一気に収束した。
大蛇の生成した魔力が空となっていたマナマテリアルに吸収されたのだ。
何が起きたか理解できなかったのだろう。魔力生成に失敗した大蛇は一瞬硬直した。
ユーリはその隙を見逃さなかった。
大蛇の視界からはずれるように素早く左に回り込むと、マテリアルダーツをもう一本取り出して大蛇の視界から最も遠い尾に向けて放った。
手元を離れると同時に水晶に蓄積されていたマナが解き放たれる。ダーツはそのまま眩い光を放つ弾丸となって突き進んだ。
隙を突かれた大蛇に避ける間などなかった。瞬く間に光の弾丸は尾の先端部分を抉りとってその場を去って行く。
尾の先端からは紫色の血しぶきが飛び散っていた。穢れたマナによって魔物化したとはいえ、元の生物と構造はあまり変わらない。痛覚もあるので、大蛇の顔は苦痛で歪んでいた。
「ギッギィィィィィ!!!」
大蛇は敵意に満ちた眼光をこちらに向けて猛る。
次の瞬間、大蛇の周囲に無数の幾何学模様が現れ、そこから氷の刃が生み出された。
自身を天罰へと変えた【根源たるマナ】。魔力生成に失敗した大蛇は、体内にあるそれを魔力に変換して魔法を行使したのだ。存在の源を消費するこの行為は命を削るに等しいといえる。
氷の刃が氷柱の雨のように降り注いでくる。
ユーリはそれを迎え撃つために腰の鞘から護身用のナイフを抜いた。
本来ならばどこにも逃げ道などなかった。
しかし、その未来を見ていたユーリは、最も攻撃が手薄となる場所に移動しながら、迫り来る氷の刃をナイフで数本砕くだけで容易にその無情な雨を掻い潜った。
未来視。
それがユーリに与えられた【固有魔法】だ。
ユーリは魔女と契約して魔法の力を得た契約者である。
契約とは願いと願いの等価交換。
契約者は自身の願いを叶えるための力を与えられる代わりに魔女の願いに縛られることになる。
契約者に与えられる魔法はその二つの願いが反映されたものであり、自身の願いが反映された魔法を固有魔法、魔女の願いが反映された魔法を【使命魔法】と呼ぶ。
(彼女には見栄を張ったけど、この力は天罰みたいな相手とは相性よくないんだよなぁ)
ユーリは心の中でそう愚痴りながら相手を見据える。
未来を見通す力。
言葉を聞くだけなら万能にも思えるが、使い勝手は非常に悪い。コンマ数秒先を見るだけでも大量の魔力を必要とし、その僅か先の未来に対処するためにも戦闘中は常時身体能力を強化しなければならない。
しかも、体内で作られる魔力の大半は未来視に使用されるため、身体能力を強化するにはマテリアルダーツからマナを取り込んで魔力を補う必要がある。とくにかく燃費が悪いのだ。
(ダーツは残り四本。うまく時間を稼げてもあと三分程度かな)
天罰に注意を払いながら、ユーリは背後をチラッと確認する。
船着場にいた人々は、ユイカや船着場の従業員に誘導されて避難を続けていた。利用客が少なかったことが幸いして、それほど時間はかからなそうだ。
だが、そう安心したのも束の間、大蛇は視線をはずした微かな時間を突いて再び魔力を生成して体内に取り込もうとしていた。
ユーリはすぐにダーツを取り出して放とうとしたが、寸前でそれを止めた。間に合うか微妙なタイミングというのもあったが、ダーツの残量を考慮すると先程と同じように阻止してもいずれは魔力の補充はされてしまうと思ったからだ。
再び漂い始める青い光。それが大蛇の皮膚に溶け込んでいくと、未来視で見たように大蛇の全身が青色の光で包まれた。
ユーリは氷結魔法による攻撃を警戒したが、大蛇は予想外の行動をとってきた。魔法を使うのではなく、魔力で強化したその巨体を這わせてこちらに突っ込んできたのだ。
ユーリはそんな脳筋ぶりを見せた大蛇に対して、思わず悲鳴に似た叫びをあげた。
「ちょっ! 嘘でしょ!」




