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婚約破棄を宣言される前に誘拐されました

作者: たなか

「……よって、イザベラ! お前に婚約破棄を……」


「動くんじゃない!!!」



 今まさに婚約者のアラン王子から婚約破棄を宣言されようとした瞬間、卒業パーティー会場に怒声が響き渡りました。乱暴に開け放たれた会場の入り口には覆面を被り、たくさんの細い筒のようなものをグルグルと体中に巻き付けた不審者の姿がありました。



「誰だ貴様は!?」「ちっ……うるさいいいい!!! 近寄るなああ!!!」



 詰め寄る衛兵に対して、激昂する男。あまりの剣幕に他の衛兵達も一歩下がります。



「これが見えるか! こいつは大規模な土木工事で使われる爆裂魔導装置だ! これだけの量を同時に起爆すれば、会場ごとこの場にいる全員が跡形もなく吹っ飛ぶ! 粉々になって無惨に死にたくなければ一歩も動くんじゃないぞ!!!」



 男は背筋が凍るようなセリフを吐きながら、真っ直ぐに私の方へと向かってきました。がっしりと腕を掴むとそのまま私を引っ張っていきます。先程の強烈な脅し文句のせいで、私を含め誰一人抵抗することはできませんでした。



「追ってきたら起爆するからな!」



 そう捨て台詞を吐いて会場を後にした男に、私はそのまま誘拐されてしまいました。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 さて……上手くいったようね。

 世の中には婚約者の座を奪い取っただけで満足する、詰めの甘い馬鹿な女もいるみたいだけど、そんなだから簡単に復讐されてしまうのよ。下剋上を狙うなら、徹底的にやらなければダメに決まってるじゃない。


 学園の教師を誘惑して弱みを握った後は、そいつを脅してあの邪魔な女を誘拐して消すように命じた。まさか私の脅迫に屈するような意気地無しが、ここまで大胆な方法を取るとは思わなかったけど。


 後は王子の腕の中でか弱く震えてさえいれば、未来の王太子妃の座は私のものね……



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ふう、全く肝を冷やしたぞ。もう少し遅ければ、本当に婚約破棄を宣言してしまうところだった。


 しかし、あんな恐ろしいものまで用意するなんて、さすが王家の見えざる手として長年仕えてきた「影」だな。


 イザベラには悪いが、お前にはこのままいなくなってもらう。見た目は悪くなかったが、俺は自分より賢い女が大嫌いなんだ。コルボ公爵家の人間なんてもってのほかだ。あいつが王太子妃になったら、きっと比較され、馬鹿にされた挙句、ただの傀儡のように扱われるだろう。


 それに比べてルイズは美人だが、頭はからっぽだ。嫉妬心が凄まじいのは玉に瑕だが。まさか『自分を愛しているなら卒業パーティーで婚約破棄を宣言して』などと愚かなことを言い出すなんて。


 こんな公衆の面前でそんな勝手なことをすれば廃嫡されるか国外追放処分を受けるのが目に見えている。彼女の望み通りに婚約破棄をする振りをして、途中で「影」にイザベラを誘拐させて始末する手筈だったが、まさにギリギリのタイミングだった。


 しばらくはあらぬ疑いを掛けられぬためにもルイズと婚約なんて出来ないだろうが……この我儘な女が果たして言うことを聞くだろうか。もしどうしても聞き分けなくヒステリーを起こすようならば、残念だがイザベラ同様消えてもらしかないかもな。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ふふ……可憐に怯える私の演技、我ながらまるで名女優のように素晴らしい出来でした。このままお二人には誘拐殺人の罪を被っていただきましょう。


 婚約破棄をするだけならともかく、私を誘拐して亡き者にしようとするなんて、そこまで愚かだとは思いませんでした。王国の裏の支配者として有名なコルボ公爵家に盾突くだなんて、たかが王子風情が調子に乗り過ぎです。ましてや元平民ごときが私の命を狙うなんて……


 教師を誘惑して犯行を教唆するという下品で杜撰な計画しか立てられないとは、きっと頭の中に髪の毛と同じピンク色の綿でも詰まっているのでしょうね。たとえ成功しても今度は逆に立場を脅かされるリスクがあると何故想像できないのかしら。そもそも素人に誘拐なんて真似ができる訳ないでしょう。


 盛りがついた猿のように下劣な変態教師は屋敷の地下牢に閉じ込めていますが、頃合いを見計らって厳重に記憶処理した上で解放するとしましょう。



 その点、王家の「影」は汚れ仕事のプロですが、相手が悪すぎましたね。そもそも「影」の設立や訓練養成マニュアルを作成したのはコルボ公爵家なのですから。アラン王子が立案した薄っぺらな誘拐計画なんて、絶対に実現不可能だと理解していた彼らは早々に公爵家へ計画を密告してきました。



 後は、彼らが処刑された後に何食わぬ顔で戻っていくだけ。誘拐犯の元から自力で逃げ出したと言い張れば、誰も詮索しないでしょう。ある程度賢い人間なら何が起きたのか察しはつくでしょうけれど、だからこそ踏み込むべきでないと理解できるはず。



 ああ、二人の絶望する顔を間近で見られない事だけが残念だわ。



 それにしても誘拐犯役はちょっと残念でしたね。コルボ公爵家に古くから仕える「カラス」の割に、あんな大雑把な仕事をするなんて。



「誘拐犯役の準備と練習不足が目に余りますよ。途中でバレてしまうのではないかと冷や汗ものでした。さあ、早く郊外の隠れ家に移動しましょう」



 私の言葉に振り返り、覆面を外したその男の顔を見て、思わず固まってしまいました。



「……えっ……なんで……学園長先生が……」


「……『なんで』だって? どうしてこうなってしまったのか私が知りたいよ……」



 力なく呟く学園長。



「そもそもなんで君達生徒は毎年のように卒業パーティーで婚約破棄を繰り返すんだ……一体学園に何の恨みがあるのかね……教師も教師であれだけ定期的に講習会を開いて忠告しているのに、いともたやすく女子生徒に篭絡されて思いのままに利用される体たらく……おかげでこの学園の評価はガタ落ち。私は責任を取らされ今年度を以て解雇されることになった……」



 彼は意気消沈して目の前で項垂れています。



「そもそも実際に誘拐なんてするつもりはなかったんだ。せめて最後に未来ある若者達を守ろうと、あんな三文芝居を演じることにした。本当なら登場後すぐに私の正体が暴かれるはずだった。クビが決まり自暴自棄になった憐れな男の処分が優先されて、そのまま婚約破棄については有耶無耶になるという予定だったのに……」



「いくら覆面姿とは言え、なぜ私に誰も気づかないんだ……一体君達は何度朝礼で私の話を聞いてきたと思っている……あの衛兵だって10年以上この学園で働いているというのに……」



 全く威厳の欠片もない中年男性が私の前でぽろぽろと涙を零しています。



「どうせ私の話なんて誰一人聞いていなかったのだろう……この爆裂魔導装置のレプリカだって、私の専門分野である魔道具の特別講義で何度も見せたじゃないか……本物の装置には」



「「側面に安全装置が付いてい(ます)!」」



「なっ……」



「私は、ちゃんと学園長の講義を聞いておりましたわ!」



 目を大きく見開いて、驚く学園長。

 

 ……ああ、この情けない姿……


 何と愛おしいのでしょう!


 今まで何で気付かなかったのかしら。目の前にこんな理想の男性がいたなんて。


 眉目秀麗なアラン第一王子のことが全く好きになれなかったのは、私が生まれついての『ダメおじ専』だから。


 人柄は善良なのにポンコツで、やることなすこと全て裏目に出てしまう、庇護欲をビンビンに刺激する駄目なおじさま。


 容姿はとやかく言いませんが、若干薄めの頭髪にテカったおでこ、小太りな体型がベスト。それが私の伴侶に求める理想像でした。まさか追い求めてきた殿方がずっと目の前にいらっしゃったなんて。



 しかも、私のことを救うために、自分の人生を投げ出してまで、あんな馬鹿げた誘拐犯の役を買って出る勇敢さまでも兼ね備えているとは……これが夢にまで見た、憧れの白馬()()乗ったダメ王子(おじ)様なのね!!



「まだ遅くありませんわ!」


「私に自首しろというのだろう? 言われなくても勿論そのつもりだ。少なくとも君の婚約破棄については計画通り、このまま忘れ去られてくれることを祈っているよ。きっと唯一私の講義を真面目に聞いてくれていた生徒なのだから。それでは……」


「何を仰っているのですか! 未来の夫を犯罪者にする妻がいる訳ないでしょう!」


「ん!? 未来の夫!? 一体君は何を……」


「誘拐犯になりたくければいいから黙って私の言うことに従っていれば良いのです!」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 学園長のカレーシュ伯爵は、イザベラ公爵令嬢の誘拐犯を、体を張って見事撃退し、彼女を救い出したヒーローとして称賛された。勿論彼に下されるはずだった解雇処分も取り消され、現在も学園長を続けている。さらに特例としてアラン第一王子とイザベラとの婚約は解消され、彼女は伯爵と結婚することになった。


 通常なら有り得ない措置だが、こともあろうに第一王子が「影」を利用した誘拐殺人計画を練っていたという確かな証拠を握られている以上、王家も異議を唱えることはできなかった。


 イザベラの両親も不思議なことに一切反対しなかった。ひょっとすると公爵夫妻の年齢が二回り以上離れていることが関係しているのかもしれない。


 未だに誘拐犯の行方は見つかっていない。警吏による大規模捜索が続けられているが、内心誰一人犯人が見つかるとは思っていない。


 ちなみにイザベラを実際に誘拐する予定だった『カラス』は当日謎の腹痛に襲われて、ずっと寝込んでいたらしい。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「あの、そんなにくっついて歩かれると困るのだが……」


「妻に向かって『あの』とは何事ですか! イザベラとお呼びくださいと何度も申し上げているでしょう! それに私はあなたの秘書でもあるのですから、常に傍にいるのは当たり前です」



 そう反論する彼女の両腕は、カレーシュの左腕にツタのように絡みついている。誰がどう考えても学園長と秘書の距離感ではない。周りの生徒達は既に当たり前となったその光景に対して見て見ぬふりをしている。



(はあ……自分の娘と言ってもおかしくない年齢の美少女を妻兼秘書として四六時中傍に侍らせているなんて、とんでもない狒々爺だと思われているのだろうな……)



 心の中で自虐的に呟くカレーシュ。生徒達は純粋な同情心しか抱いていないのだが、彼は知る由もない。



「私の心は、あの卒業パーティーの場で、あなた様にこの身と共に攫われてしまったのです。ですからちゃんと責任を取って下さいね」



 そう耳元で囁くイザベラ。



(なんてことだ……私はあの時、どうやら気付かぬうちに、とんでもないものまで攫ってしまっていたらしい)



 溜息をつき肩を落とすカレーシュ伯爵の背中は、いつにも増して哀愁を帯びていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 毎年wwww もういっその事、基準を満たせなければ若年での婚約不可とか、そういう制度にしないとダメかもしれませんねぇ。
[一言] 最初はよくある婚約破棄ものかなぁ?とのんびり見ていましたが、予想外の展開に続き、最後のオチ!作者様最高です! 楽しませていただきました(^^)
[一言] >>公爵夫妻の年齢が二回り以上離れていることが関係しているのかもしれない イザベラさんお母さん似なんすかね?w
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