第二章 訓練を始めよう(2/4)
ケント達十一班の面々はまず場所を中庭から同じく学校敷地内の魔法訓練場へと移した。
そこは周囲を頑強な石壁で囲まれ、いくつかのレーンに区切られた広場だ。レーンの先には巻き藁。訓練者はその巻き藁を狙って魔法を撃つ。魔法科の授業にもよく用いられるそこだが、放課後は解放され熱心な生徒達が自主練習に励む場所となっている。
適当なレーンを確保し、巻き藁の位置を調整していたケントが二人の少女の元へと戻ると、この場所に来たことのなかった普通科のマルティナが少し居心地が悪そうに身じろぎした。
「私はどうすればいいだろう?邪魔にならないように出ておいた方がいいんじゃないか?」
「いや、特に予定がないのならここで見て話しを聞いておいてほしい」
「しかしなぁ……」
訓練場には十一班以外にも魔法の訓練を行っている生徒達がいる。当然、魔法科か魔戦科の生徒だ。中にはケント達と同じ二年の生徒もいるようで、時折ケント達に好奇の視線を向けている者もいる。二年でなくとも魔法を一切扱わない普通科の制服を着たマルティナを怪訝な表情で見やる者もいるようだ。
「あまり、魔法科の連中は好かないんだがな。あ、いや、リアさんは別だぞ!ただ、なんというか、見下されているような気がしてな……」
マルティナのその感覚は彼女個人だけではなく、おそらく普通科の生徒全てが感じているものだ。
というのも、才能の技能と呼ばれる魔法を扱える者はそうでない者を見下す傾向が強いからだ。そのうえ、戦場では魔法師は重宝され他の兵達に守られる立場にある。これを敬われているととるか介護されているととるかは個人の性格にもよるが、ともかく魔法師という者は尊大な性格になりがちだというのは事実だ。
そのため、普通科の生徒の多くは魔法科の生徒をいけすかない連中だと思い、魔法科の生徒は普通科の生徒を凡人の集団と見下している節がある。当然これは戦場で協力し合う間柄としては好ましいものではなく、恐らく今回の他学科合同小隊演習にはそういった偏見を無くすという意図も含まれているのだろう。
「仲間の実状を知っておくのも大切なことだと思うし、何より普通科だからって魔法についてまったく知識がないのはどうかと思う。戦場で敵国の魔法師と戦うこともあるかもしれない。そういった時に相手の使う技術を知っているかいないかが生死を分けるかもしれない」
ぐぅの音も出ないほどのケントの正論に、マルティナは分かったよと頷いて二人の後方に控えるように下がった。石壁にもたれると身体が冷えるので、壁際に佇んでケント達の様子を見守る。
「さて……」
ケントは緊張した面持ちのリアに視線を向けた。
「あ、えと、それで、まずは何から!?」
勇む小さな同級生をケントはまぁまぁと手で制す。
「とりあえずリアさんがどのぐらいの実力を持っているか知る必要がある。そうしないと今後の見通しも立たないからね」
「なるほど」
ふむふむとリアは頷く。その多少オーバーなリアクションと小さな体躯のギャップが忙しなく動き回る小動物のようだなとケントは思った。
「リアさんの実力に応じて、これから一年の訓練計画を立てる。落ちこぼれとこの学校を卒業したいなら、真剣に取り組んでほしい」
「はいっ!ケント教官!」
「教官って……ちょっと恥ずかしいからやめてほしい」
壁際でマルティナが口元を押さえている。
「そうかなぁ……いいと思うけど……」
「ケント君のままでいいよ」
「そう?あ、でも私のことは呼び捨てで呼んで!さん付けなんてよそよそしいし、同い年なんだし」
「……………」
それはそれでケントとしては恥ずかしいのだが。
男友達ですらロクにいないケントである。異性の友人やまして恋人などいようはずもなく、今までの人生で異性を呼び捨てで呼んだことなどなかったのだ。できれば勘弁してほしかったが、確かに今のままではよそよそしい感じは否めない。一年同じ班として行動するのだから、こういった些細なことから距離を詰めていくのが重要かもしれない。
「あー……じゃあ、リア。まずは現状の実力を見せてほしんだけど……」
と、ケントが言ったところで当のリアは少し頬を赤らめて、
「……男の子から呼び捨てで呼ばれると、ちょっと照れちゃうね。へへへ」
自分で言ったんだろうが!という言葉が喉元まで出かかったケントだったが、おかげでケントの方の気恥ずかしさは消えたようだ。
このリアというマギアスの少女。意外と根は明るいというか愉快な性格をしているのかもしれない。
ゴホンとケントは咳払い。
「朝の試験の時、〈雷撃〉の魔法を使ってたね。あれをまた見せてほしい」
そしてレーンの奥の巻き藁を指さす。
「分かった!」
勢いこんで拳を握りしめたリアは、その両手を前方に突き出して開く。そして呪文の詠唱を始めた。
試験の場という状況ではなく、この焦る必要のない訓練場ならば持てる実力を発揮できるはずだ。それを見て今後の特訓の内容を考えようというのがケントの狙いである。
「デい/オル/エテ/エテ/えファ/ウえル――」
若干発音が怪しい部分はあるが、試験の時よりは幾分かマシ。
「〈雷撃〉!」
バシッ
空気が裂ける音が響き、弱々しい光条が閃いた。光条はリアの手の平と巻き藁を一直線に結……ばず、巻き藁の左上の方を掠っていった。
「……なるほど」
改めて見ると、リアの魔法の腕前は先天的に魔法適性の高いマギアスとは思えないほどに低い。現状では魔力の認識に目覚めた素人が初めて呪文を教わって一月ほど、といったところか。寧ろよく二年に進級できたものである。
「うぅ……当たらない……」
自身の腕前の酷さを誰よりも知っているだろうリアが項垂れる。
項垂れた拍子に前髪の隙間からマギアス特有の生体器官である額の宝石がきらりと光った。
「どうしてあんなに弱い電撃しか出ないのか、その額の宝石で視えてないのか?」
ケントが自身の額を指し示しつつ問う。
「魔力があっちこっちに広がってるからでしょ?視えてはいるの……」
マギアスの額の宝石は魔力の流れを視る。どのように視えているのかはその視覚器官を持たない人間であるケントには分かり兼ねるが、ケントが訓練によって漠然と感じられる魔力の流れよりもはっきりと彼女には視えているはずだ。
原因は分かってはいるが、改善ができない。
「じゃあ次は待機詠唱を使って無発声で〈雷撃〉を撃ってみてくれ」
「でも、私……」
「いいから」
渋々リアがまた両手を巻き藁の方へと伸ばし、瞳を閉じる。
一拍。
「〈雷撃〉!」
目を開くと同時にリアが叫ぶが、何も起きない。分かり切っていた結末に不貞腐れた顔でリアはケントを見やった。
「待機詠唱、できないっていったのに……」
「でも手から魔力は出てた。雷撃に変換されてないだけで。これで問題がはっきりした」
ふむふむと頷いてケントは語り始める。
「リア。魔法の狙いが定まらなかったり威力が弱かったりする原因と、待機詠唱ができない原因は一緒だ。君は呪文の意識がちゃんとできてないんだよ」
「呪文の意識……?」
「そもそも魔法というモノがどういうものか、説明できる?」
あまりにも初歩的な問いかけにリアがムッとして眉根を寄せる。馬鹿にされていると思ったのだろう。
「……生き物が持つ生命エネルギーである魔力を、呪文によって変換、形成して様々な事象を発生させる技術」
「初心者用の指南書一ページ目一行目丸暗記だね。すごいじゃないか」
「やっぱり馬鹿にしてる?」
少しばかりリアの表情に陰が落ちたので、ケントは慌てて首を横に振る。
「馬鹿にはしてない。ちゃんと自分なりにどうにかしないとと思って、そういう基礎的な指南書を読んだりしたんでしょ?基礎に立ち返るのはとても重要なことだ。基礎が出来ていないとそれ以上の進歩はない。だから本当に関心したんだ」
まだ少しばかり不満げなリアだったが、その言葉に幾分か表情が和らぐ。
「じゃあ魔力を変換、形成するのに必要な呪文はどこで効果を発揮しているか分かる?」
「えーと……口?」
「違う」
否定してケントはトントンと自分の頭を指で指し示す。
「呪文とは音じゃなくて形だ。その形を頭で意識することによって最終的に精神が魔力に作用する。だから呪文は必ずしも発声する必要はない。ただ、口に出すことで声を出す、自分の声を聴くという二重の要素で意識することで無理なく呪文を意識できるのが発声詠唱だ」
極論をいうのならば魔法の発動において音というのはまったく意味のない要素なのである。重要なのは頭で呪文の形をイメージすること。発声はその補助的要素に他ならない。
「一方で無声詠唱、つまり待機詠唱は声に出さずに呪文を意識する技術だ。呪文を頭の中で意識して、発動寸前で止めておく。その状態を維持していれば最後の一言だけで即座に呪文を発動させることができる。待機詠唱の技術が確立してからは、魔法師の強さはいくつ呪文を待機させておくことができるかで計れる、とも言われているね」
その基準で言うならば、一つも呪文を待機できないリアは最底辺、ということだ。
「あー、ちょっといいか」
と、壁際で静観していたマルティナが口を開いた。
「ちなみに、君はいくつ待機できるんだ?」
マルティナの素朴な疑問。リアも気になるのか興味津々といった様子でケントの返答を待つ。
「最大で三つ」
「三つ!?」
驚きの声を上げるとリアだが、問いかけた当のマルティナは小首を傾げた。
「三つというのは……多いのか?」
「三つも待機できるなんて、それはもう先生とかと同じレベルだよ!」
リアの言う先生、つまりシファノス陸軍学校の教師陣の魔法習熟度はかなり高い。実際の陸軍では精鋭と呼ばれるレベルにある。つまりケントは若干十七歳にしてその境地に至っているというわけだ。
「そうは言うけど、流石に僕も三つ待機させると他の事にはてんで頭が回らなくなる。実戦で使えるのは二つが限度かな。それに、実戦では状況に応じて頻繁に待機の中身を入れ替えながら戦うことになる。同時待機の数が多ければ、一つのアクションに対してそれだけとれる選択肢が多いということだけど、そもそも相手の行動が読めているなら選択肢が多い必要はないし、一流の魔法師の中には待機は一つで十分という人もいる。待機詠唱の数で魔法師の強さが計れるとさっきは言ったけど、それは一般的な風潮というだけで僕自身はそうではないと思ってる」
謙遜なのかなんなのか、饒舌に語るケントにマルティナは肩を竦めて見せた。
「あー分かった分かった。魔法のことになると君は饒舌だな」
「そうかな?」
ケント自身そういう意識はなかったので、確認も込めてリアの方へ視線を向けるとリアはうんうんと頷いた。
「うん。正直、最初はケント君のこと、なんかいつも無表情で口数の少ない人だなぁって思ってたけど、今はなんか生き生きしてる」
実際、口数以上に表情からして朝の様子とは少し違うように二人の少女は感じていた。柔和で物腰も穏やか。同級生を下に見ていてまともに会話もしようともしないという噂を耳にしていたリアはとてもそうは見えないと不思議だった。積極的に人と交流するように見えるわけではないが、それでも友達の数人は普通にいそうなものである。
「ああ……今は何も待機してないからね」
「は?」
思わず素っ頓狂な声をあげたリアに対しケントは、
「普段は座学の時間以外常に魔法を二つ待機した状態を維持してるんだ。その状態で動いたり考えたりできなきゃ意味ないから」
と、事も何気に言い放った。
「嘘……」
亜然とリアは呟く。
「……魔法を二つ待機してると、どうなるんだ?」
マルティナがリアに説明を求める。
「えと、私は一つもできないわけだけど……常に二つのことを考えながら、別のことをしてる状態というか……普通なら上の空になるっていうかうーん……」
上手く説明ができずリアはあーうーと唸り、
「頭の中に重りを入れてる感じというか……」
「それは死ぬんじゃないか……?」
リアの説明はさておき、魔法を二つ待機している状態というのはそれほど精神に負担のかかる状態ということだ。しかしケントの言う通り、実践ではその状態で戦況を把握し最適な魔法を選択し放つ必要がある。それができない者は待機する魔法の数を減らし、精神にかかる負担を減らさなければならない。たくさん待機できるからといってそれに意識の大半を費やして何も考えられなくなるようでは何の意味もないのだ。
「どうしてそんなこと……」
リアの当然の疑問にケントは少しバツが悪そうに頭を掻いた。
「待機詠唱、苦手なんだ。だから訓練してるんだよ」
「苦手……?三つも待機できるのに!?」
「一年の時は一つがやっとだった。だからまず一つから慣らしていって、一年の後期には二つ待機できるようになった。後期から二つ待機する訓練を始めて、三つ待機できるようになったのは最近。でもまだまだだよ。二つ待機してる状態だとかなり気を張ってないと周りが見えなくなる。三つで戦闘はとてもじゃないけど無理だね。まだまだ訓練が足りない」
実際、気を張っている訓練中はともかく、それ以外では声をかけられても気が付かないことなどがままある。常に集中状態なので周囲の話声なども聞こうとしなければ耳に入ってこない。
「じゃあ、いつもボーっとしてて口数が少ないのって……」
「そうならないように訓練してる最中だから……」
面目ないと言わんばかりに鼻先を指で掻き苦笑するケントにリアの方もあはは……苦笑を返す他なかった。
さも当然のように訓練訓練と口にするケントだが、常に待機詠唱を維持するなど並々ならぬ胆力が必要だ。才能云々ではなく、それを為そうという強い意思が必要である。それほどまでにストイックな訓練を続けて“魔戦科始まって以来の天才”はいったい何を目指しているのだろうか。
「僕のことはともかく。これでリアの問題点は分かった。どうすればいいか、ちょっと考えるよ。今日はここまでで、明日の放課後から訓練開始だ」
そう言ってケントは解散を宣言した。
「私はどうすればいいんだ?」
「マルティナさんの問題点は実はもう分かってる。マルティナさんの訓練の方針も考えておくから、明日から一緒に訓練を始めよう」
「分かった」
マルティナが頷いて、本日のところはそれで解散となった。
天才と落ちこぼれ二人、三人が三人共大きな決断を下した一日が過ぎていった。今日という日は彼と彼女らにとって大きな転換点となるだろう。それこそがフランツィスカら教師陣の狙い。
今日から始まった他学科合同小隊演習。関わるはずのない三人を交わらせたそれはその三人の将来を大きく変えるものとなる。
辛く、苦しく、そして鮮やかな一年が幕を開けたのだ。