第一章 他学科合同小隊演習(3/3)
「いやぁ、はは。こりゃ昼までに全班終わっちゃうかもね!」
「笑いごとではありませんよ。まったく、一年の間何をしてきたのか」
そう言ってアルバートがパチンと指を鳴らすと土塊の山が崩れて囚われていた生徒達が解放された。伸びている生徒達の合間からするすると土が離れていき、また元の人型へと戻ると最初と寸分違わぬ定位置へと戻っていく。
「惜しいところまではいっても、最後まで体力が続かない者もおりますな。基礎体力訓練ももっと増やした方がよいかもしれません」
フランツィスカの隣で腕を組む筋骨隆々とした偉丈夫は普通科の担当教師、ゴドウィン・ファドス。体格も大きければ声も大きい。捲りあげた袖から覗く丸太のような腕は若干緑がかった暗い色。それは彼がトロルと呼ばれる人種に属していることを示している。マギアスとは対照的に生まれ持って筋肉質な人種だが、ここまで筋肉を付けるために並々ならぬトレーニングを行っているであろうことは想像に難くない。特注のサイズの制服ですら彼の厚い胸板を包むとパツパツになってしまう。
現状試験を受けた班の内、その半数以上が時間まで耐えることができずに襲い来る土人形達に取り押さえられてしまった。無事、制限時間まで耐えられた班もなんとかギリギリといったところ。その惨憺たる結果の前では教師陣の落胆も無理からぬことと言えよう。生徒達から言わせれば、無茶が過ぎるといったところだろうが。
「あ、でもでも。次はうちのエースですよ。エース」
次が何班なのか確認したフランツィスカがわくわくと期待に胸を膨らませる。制限時間まで耐えられる班が少ないのでどんどん予定が前倒しになり、もう後半の班に差し掛かろうとしていた。
「魔戦科始まって以来の天才……ですがあの班には……」
フランツィスカの様子とは裏腹にアルバートは表情を曇らせる。それはゴドウィンも同じで、腕を組んだままうむむと唸る。
「バランスをとるため、とはいえ、少々極端が過ぎたのではないですかな。それがよい方向に向けばよいですが、双方ともに悪い方向にいくやもしれません」
どうやら普通科としても思うところがあるようで、普通科担任教師が苦言を呈した。
だが最終的な判断を下した学年主任はなんとも気楽そうな表情で演説台の上で身体を揺らす。
「だいじょーぶ。寧ろ、これぐらい極端じゃないと彼には効果がないと思うんだよにゃー。彼天才じゃないから。やりすぎぐらいがちょうどいいでしょ」
エースと言っておきながら、天才ではない。その物言いに他の教師二人は首を傾げたが、その噂の人物が近づいてくるのを見て、それ以上言及することはなかった。
(……よし)
自分達の番が回ってきたので、ケントは内心で気合いを入れた。用意された木剣の柄を確かめるようにしっかりと握る。
「流石エリートクラスの魔戦科、こんな急な試験でも表情一つ変えないとは……私は少し緊張してきた……」
と、言葉通り神妙な面持ちのマルティナ。ケントと同じ木剣を脚の間に挟んで指の関節を解している。彼女はそういうが、ケントも内心緊張していた。自分だけならいざ知れず初めて会った女子二人と上手く連携をとれるかどうか。チームメンバーが男子だったら大丈夫だったのかと言われればそうではないが。ようは誰かと共に何かをすることそのものが不慣れなのである。
「作戦は、話した通りで」
前の班の様子を見ることができた分、事前に対策を立てることができたので試験中の立ち回りについて十一班は話し合う時間があった。
「あ、ああ。私はとにかくリアを守ればいいんだな!承知した」
緊張はしているが、素直に頷くマルティナ。
一方で反応のないもう一人にケントが声をかける。
「……リア、さん?」
「ふぇ!?は、はい!」
「大丈夫、ですか?」
「だ、大丈夫じゃないけど、大丈夫です……」
ケントに声をかけられてリアの視線が右へ左へ泳ぐ。話しかけずとも常にそわそわしていて唸ったり終始落ち着かない。緊張、というよりはもっと別のことを心配しているような様子のリアにケントは首を傾げた。
「制限時間まで耐えるには、魔法がとても重要になる。だから、リアさんはとにかくそれに集中してほしい。僕と、マルティナさんが護ります」
安心させるつもりでそう声をかけたケントだが、寧ろ逆効果だったようでうぅっとリアがその小さな身体をさらに小さくする。心なしか額の宝石も濁っているように見える。
そう、この試験は魔法をいかに上手く使えるかが肝なのだ。
「はぁい、じゃあ真ん中に立ってねぇん」
フランツィスカに誘導されて土人形達が取り囲む訓練場の中心へ。もうすでに何人もの生徒を捕獲してきた土人形達だが、未だ全て健在。土人形がすごいのか、それを作り、操るアルバートがすごいのか。おそらく後者だろう。このシファノス陸軍学校の教員達はいずれも従軍経験のある歴戦の猛者達なのだ。
感情のないのっぺりとした人形十体に取り囲まれてケントは小さく深呼吸。大丈夫だと自分に言い聞かせる。試験の前はいつもそうしている。知られざる天才の本心。
アルバートがぱかりと懐中時計の蓋を開いた。
「よろしいですね。それでは始めます」
大げさな前振りもなく、静かに試験開始が告げられた。
同時に三体の土人形が三方向からケント達に襲い掛かる。最初は三体、ないし四体。班の人数と同じ数。どの班もそうだった。それぞれが一斉に生徒一人ずつを狙う。
「シュル/ペディム/エファ/エファ/ウエル――〈槍突〉!」
完璧な発音、それでいて人並みより速い呪文の詠唱。迫りくる土人形に向けられたケントの右手の平から光の槍が放たれた。鮮やかな光輝を放つ槍は一直線に土人形の胴を突く。その土くれの胴体を貫くまでは至らないものの、かなりの重量があるはずの土人形を後方へ大きく弾き飛ばす。本来は対象を貫き刺殺する軍用魔法だが、訓練時には出力を下げて運用することが規則で決められている。どのみち貫いたところで土人形の機能を停止させることはできまい。距離を離したほうがより時間稼ぎになる。
「やあぁッ!」
ケントの隣でマルティナが土人形へ向けて突撃、両手で持った木剣を大上段に構えて鈍重な土人形の脳天に振り下ろす。
が、
「くっ、硬――つッ!?」
土を固めてできたその身体は見た目以上に硬く、それでいて重量がある。動きは鈍重だが、木剣で多少叩いた程度ではビクともしない。
しかも思いっきり振り下ろしたせいで手首に負担がかかったようだ。マルティナの表情が苦悶に歪む。
「あまり前に出すぎないで!」
ケントが指示を飛ばすが、マルティナに聞こえているかどうか。向かってくるのに反応して前に出てしまい、リアを守るという役目を早くも放棄してしまっている。
そして当のリアは――
「あわわ……で、でい/おる/え、エテ……」
向かってくる土人形に手の平を翳し、たどたどしく呪文を詠唱する。本番に弱いのか、噛みまくって途切れがちな上に発音もヘタクソだ。
(遅い――!)
魔法が完成するよりも土人形の腕がリアに届く方が速いと判断したケントが動く。素早い身のこなしでリアと土人形の間に割り込み、横薙ぎに木剣を一閃。
ガツン
硬い手応え。胴体に一撃を受けた土人形が一瞬怯んだように足を止めるが、それだけ。有効打にはならない。
だが一瞬動きを止められればそれで十分。
「フッ!」
鋭く呼気を吐きつつ、ケントが身体を捻って思いっきり力を込めた回し蹴りを放つ。土でできた人型の側頭部を刈り取った蹴りは、土人形を横に押し倒した。しかし崩れてはいない。そのうちまた起き出して襲ってくるだろう。
「えて/エファ/ウえル――〈雷撃〉!」
「!」
背後から魔法が放たれるのをすんでのところで察知したケントが咄嗟に身を屈める。バチッと空気が振動し、先ほどまでケントの頭があった場所を弱々しい雷撃が通り抜けた。
「ふえぇ!ごめんなさいッ!」
「気にしないで」
明らかに誤射寸前だったのだが、怒ったふうでもなく相変わらず無表情のままケントはフォローを入れる。寧ろリアの方が自分の行いを恥じているようで今にも泣き出しそうな状態だ。本当に悪気はないらしい。
(まずいな……)
無表情ではあったが、内心ケントはどうすべきか焦りを覚えた。
他の班の試験の様子を見学していて分かったことは、土人形に打撃は有効ではないということだ。いや、もっというならば許可されている魔法の破壊力では破壊することは難しい。破壊ができないのなら、なるべく距離をとって時間を稼ぐしかないが、包囲されている状態では逃げることはできない。
ならば、押し返すしかない。
普通科、魔戦科の生徒が木剣による打撃で怯ませ、その隙に魔法科の生徒が魔法で吹き飛ばす。おそらくそれが最適解。そしてこの試験の狙いもそこにある。その連携は戦場でもっとも基本的な立ち回りであるからだ。
その狙いが分かっているからこそ、ケントは魔法がとても重要だと最初に言ったのだ。
いかにケントやマルティナが打撃を行ったとて、土人形を怯ませることはできても吹き飛ばすことはできない。いくらケントが卓越した体術技能を持っていても大の大人ほどの重量のある土人形を吹っ飛ばすのは無理がある。より時間を稼ぐには魔法の力が不可欠だ。
だというのに、その要の魔法を放つリアの様子がこれでは。
(詠唱が遅い……狙いも荒い……そもそも、土人形相手に〈雷撃〉は効き目が薄い……)
なんとなく、なぜケントがリアと同じ班になったのかを察する。
班分けの際、フランツィスカはなるべく能力が平均になるようにと言った。そしてさしものケントも自分が周囲からどのように見られているのか多少は認知している。
つまりはそういうこと。
「リアさん!攻撃はいいから、〈槌衝〉を待機詠唱!下手に動かずに、近くに土人形が来た時にそれを迎撃することに専念して!」
指示を飛ばし、方針を決める。リアの魔法が期待できないなら自分で撃てばいいだけのこと。
「え、ええっ!?」
そうこうしている内に、第二波が来る。
「シュル/ペディム/エファ/エファ/ウエル――〈槍突〉!」
新たに動き出した一体を光の槍で後方へ弾く。そのまま間髪入れずに腕を振り――
「〈曲刀〉!」
身体ごと捻るように方向転換、大きくカーブを描く光弾を放ち、いまだにマルティナとじゃれている一体の横腹を打つ。
「うわっ!か、感謝する!」
攻めあぐねていたマルティナが感謝を述べるが今ケントにちゃんと礼を聞いている余裕はない。
「もっと下がって!剣で怯ませたあと、蹴りで距離をとるんだ!」
だが警告が遅すぎた。前に出すぎたマルティナに二方向から土人形が迫っている。これは小隊演習。その意図を理解せず突出する者には手痛い指導が待っている。一体にはすぐに気付き木剣を構えたマルティナだが、背後のもう一体には気づいていない。
「くっ!」
フォローに入るべく、ケントが走った。
「〈槌衝〉!」
横殴りの衝撃波で一体を弾き飛ばす。〈曲刀〉を放った時と同じ、詠唱を伴わない即時発動。詠唱を行う場合との差異はいったいなんなのだろうか。
「ふんっ!セイヤァ!」
マルティナがケントの指示そのままに、木剣の一撃で怯ませた土人形の胸を蹴り、突き離す。よろよろと後退した土人形がどさっと尻もちをついたのを見てリザイドの少女はその表情に喜色を浮かべた。
「やった!一体倒したぞ!」
赤髪のポニーテイルが翻り、ケントの方を振り向いたマルティナが真っ先に窮地に気付く。
「危ないッ!」
その叫びによってケントも気付く。
リアの近くでケントが蹴り倒した一体が起き上がり、その小柄な体躯に腕を伸ばしていた。
「リアさんッ!」
ケントが叫んだことで彼女も背後に迫る土人形に気付く。距離が近すぎる。もうケントでもカバーしきれない。
彼女自身が自分の身を護るしかない――!
「ふええぇ!」
「〈槌衝〉だ!」
事前に準備するように指示していた魔法をケントが叫ぶ。一から詠唱していたならば間に合わないが、彼女がケントと同じ無詠唱での魔法発動を行えばまだ間に合う!
「ハ、〈槌衝〉――」
リアが魔法発動の引き金となる言語を口にした。
――だが、魔法は発動しなかった。
「にょわああああ――!」
土人形に小さな体躯は為す術もなく押し倒され、地面に倒れたところで土人形の人型が崩れる。一瞬土塊にもどってから固形化することで捕獲した対象の身動きを完全に封じるのだ。そうなればもう、彼女がそこを動くことは不可能である。
「そこまでです」
土人形を操っていたアルバートが無情にも試験の終了を宣言した。手元の懐中時計の蓋がぱたんと閉じられる。制限時間には、まだほど遠い。
「……………」
呆然と、ケントは立ち尽くした。目線の先で土の重さにリアが呻いている。
「ああ……すまない……私が前に出すぎたから……いつつ」
マルティナががっくりと項垂れて肩を落とした。その拍子に痛んだ手首から力が抜け、木剣を取りこぼす。
「おーおー、大丈夫かな?大丈夫じゃないねー」
身動きがとれないリアに駆け寄ったフランツィスカが身体の上の土をどけてやる。そのままその小さな身体をひょいっと立ち上がらせると制服についた土も払う。地面に横になったので髪まで土埃まみれだ。
「ま、こんなもんでしょ。重要なのは、これからどうするかだよ、諸君」
その言葉はリアだけでなく、十一班全員に向けられたものだった。
「……うぅ」
ケントと目が合ったリアは、すぐにその視線を自分の足元へと下げた。両手をキツく握りしめ、もともと小さな身体をさらに縮こまらせる。
俯いたまま、か細い声が漏れた。
「……ご、ごめんなさい……私、私……待機詠唱、一つも、できなくて……」
謝罪と、魔法師として基本的な技術ができないという告白に、ケントはただ、目を閉じた。
(……なるほど)
これから一年、共に学び、ともに切磋琢磨していくべき仲間。それがどのような人物なのかをケントは察した。
“魔戦科始まって以来の天才”ケント・バーレス。彼と同じ班になったリア・ティスカというマギアスの少女にはある蔑称があった。
曰く“魔法科一の落ちこぼれ”である。