第一章 他学科合同小隊演習(2/3)
教師に案内された通りの場所に辿りつくと、そこにはすでに二人の人影があった。
これから一年、共に学び、共に戦う者達。
「え?ええええええ!?う、嘘ぉ……あわわ、ど、どうしよう……まさか、ふええぇ……」
と、抑えきれない動揺を全身で表現して忙しなく視線を動かす小柄な体躯をケントは見下ろした。彼女の手にした木片には、ケントと同じ十一の数字。
この場にいるということはケントと歳は同じはずだが、頭一つ分ほど低い背丈。異性ということを鑑みてもかなり小柄だ。背も低ければ身体も細い。ちゃんと食べているのか心配になるほど。だが、背丈が低いことは彼女の個性だとしても、細身で色白な点は彼女の人種によるところが大きい。
「まさか、学校一有名な天才さんと同じ班になっちゃうなんてぇ……うぅ……」
他の生徒ならば諸手をあげて歓迎する者もいるだろうに、ケントと同じ班になることが嫌なのか少女が項垂れる。下がった紫紺の前髪の隙間から、彼女の人種を表すもっとも顕著な特徴がキラリと光った。
額に象嵌された、真紅の宝石。それは決して装飾品ではなく、生来生まれ持った立派な生体器官である。
マギアス。彼女の種族はそう呼ばれる。その最大の特徴である額の宝石は魔力の流れを鋭敏に感知するいわば第三の眼である。その額の器官によって生まれつき魔法の扱いに長けた人種だ。
(マギアス……ということは、魔法科……)
その華奢な見た目通り、マギアスという人種は基本的に運動は不得手である。無論、努力しだいで筋肉をつけることはできるが、骨格的なものばかりはどうしようもない。
(嫌われて、いるのか……)
明らかに少女の反応はケントと同じ小隊になったことを歓迎しているようには見えない。ここに来るまでは笑顔笑顔と思っていたケントだが、こういう反応をされるとは想定していなかったので、ほぐしていた表情筋がまた強張る。クラスメイトからは何を考えているのか分からないと評される仏頂面。
「ん、君も十一班か?」
と、すでに待っていたもう一人がケントに声をかける。声の方へケントが仏頂面を向けると、瞳孔が縦に開いた琥珀色の瞳と視線が交錯した。
「私は普通科のマルティナ・トレンメル。見ての通りリザイドだ。よろしく」
マギウスの少女とは違い、好意的に握手を求められる。内心とてもホッとしつつそれを表情に出すことはなくケントはその手をとった。
こちらも異性。自己紹介の通り、その爬虫類を思わせる眼光と浅黒い肌、身体の節々にある金属的な光沢は彼女がリザイドであることを示している。肌の色とのコントラストが鮮やかな赤い髪は後頭部で一纏めに垂らされている。
「ところで、君は有名人なのか?なんだか周りが騒がしいようだが」
マルティナと名乗ったリザイドの少女がそんなことを聞くのでケントは周囲に気を配った。
ケント、マルティナ、そしてマギアスの少女。その三人の組み合わせに他の班の者達が色めき立っている。
――あの子って……嘘、まじ?
――うわ、天才終わったな……
――でも妥当じゃない?一人天才なんだし、もう一人があれなのも……
――いやいや、三人目も相当だって
何か、自分以外の二人にも注目が集まっているようでケントは首を傾げた。もう周囲で何やら言われることに慣れた、というより感覚が摩耗してしまい聞き流すようになったケントだが、自分以外に注目を浴びるような者の噂なども日頃まったく耳に入ってこない。
どうやら同じ班のこの二人の少女も有名人のようであった。
「すまない。あまりその、噂話とかそういうのは分からないんだ。名前を教えてもらえるか?」
誰かに名前を尋ねられるのはずいぶんと久しぶりだなと妙な感慨を感じつつ、
「ケント・バーレス。魔戦科」
「ふむ。じゃあ他の者はいないようだし、この班は三人班のようだな」
そこでケントとマルティナ、二人の視線がマギアスの少女へと向く。
「うぅ……リアです……リア・ティスカ。魔法科です……」
なぜだか落ち込んだ様子で自己紹介するリア。
と、班分けの結果に一喜一憂して騒々しくなった場を教師達が諫めていく。
「はいはーい。お喋りしたい気持ちも分かるし、仲良くなるためにそれもおいおいやってもらうとしてぇ。五秒以内に静かにしないと喋ってるやつに魔法ぶち込むからねん。いーちぃ……」
一瞬で生徒達が静まる。冗談ではなく、フランツィスカならやる。というよりもすでに何度かやっているところを生徒達は目撃しているし強制的に黙らされた生徒もいる。基本的に自由な校風の本校だが、たまに軍学校としての厳格さが顔を出す。
「これから皆さんはその隣にいる人達と共に試験を受けてもらいます。二年生では、個々人の技量以上にそれを生かすための連携、チームワークを磨いてもらうねん。仲良くしろよぉ。お互いのためにも。あ、恋愛はいいけどほどほどにネ。あくまで甘酸っぱく、いやさ酸っぱい思い出になるようにすること。人前でイチャイチャしてみろ、人じゃなく剣が恋人って思えるように個人レッスンしてやるから」
フランツィスカ・シュタイン。二十八歳。いまだ、独身。
実際このシファノス陸軍学校の男女比は半々。優秀な人材に性別は関係ないという思想の下、教師陣の男女比も同じでありフランツィスカが学年主任を務めているという点もまたそれを示す。が、年頃の男女が集まればフランツィスカの言うような問題が発生するのは自然の流れといったところ。フランツィスカでなくとも、こういった問題は常に教師陣を悩ませている。
「それでぇ、本日の予定なんだけどぉ。我々教師陣はとぉっても優しいのでぇ、皆さんが仲良くなれるように協力したいと思います!」
そう言う学年主任の表情はどう見たって優しくはない。
「今日はさっそくその小隊で演習を行いたいと思います!」
フランツィスカの言葉に合わせて近くの他の教師が何やら時間割のようなものが書かれた紙を広げて生徒達に向けて掲げる。
「一班から順番にここで行うので、各々自分達の班の順番が何時からなのか確認しておいてくださーい。その時間までに準備運動と後半の班の人はお昼ご飯も食べてここに集合すること。ま、吐きたくなければ軽食で済ませることをおすすめするよん」
(吐くような、内容なのか……)
ケントの属する班は十一班。班の数は全ニ十班のようなので後半一番目。つまり昼を挟んですぐの順番だ。昼食は軽めにしようとケントは心に決める。
「待ってる間は教室か図書室で自習、またはここの見学ね。他の班の様子、気になるでしょ?一班は次の機会では順番変えるから諦めてねん。それじゃ、一班はこっち!他の者は解散!二班は準備運動忘れるなよー」
その一言でまた騒々しく生徒達が移動を始める。とはいっても、ほぼ全ての生徒がここに残って見学をするようだ。
「私達はどうするんだ?」
と、マルティナがケントに問う。リアもおずおずとケントの言葉を待っている。エリートクラスである魔戦科という点と、一人だけ男という点で自然とケントが十一班のリーダーのような空気になっている。
「見学で」
「当然だな」
マルティナが頷いて、三人も他の班と同様に見学に残ることとする。人並みの流れに逆らわず、多目的訓練場の隅へ。
「うぅ……」
何やら思うところがあるのか、いまだ唸り続けているのはリア。ケントと視線が合うとさっと視線を逸らす。ケントと同程度に、彼女は周囲から注目されていた。彼女のこの態度とそれは何か関係があるのだろうか。
演習場ではてきぱきと教師陣が準備を進めている。生徒達から残された四人小隊の一班の面々が固唾を飲んでその様子を眺めていた。何の心構えもなく見知らぬ他学科の生徒と演習をするはめになった一班には生徒一同同情を禁じ得ない。
リアの態度を疑問に思いつつも、ケントらは今から始まる小隊演習に注目した。
教師達はまず、土嚢をいくつか運んできてその中身を訓練場に撒いた。こんもりとした赤茶けた土の塊が十ほど、点々と一班の生徒達を取り囲む。
「ただの土ではありませんよ」
そう言ったのは魔法科の担任、アルバート・フロイネン。眼鏡が理知的なマギアスの男性教師である。生真面目な堅物であり、奔放なフランツィスカとはよく口論になっている場面を見ることができる。それでも仕事には一切影響がないあたり本気で嫌いあっているわけではなさそうだが。
「ペディム/ウラ/ペディム/ペディム/エファ――」
呪文。自身の体内に存在する魔力という力を練り上げ、具現化するための手順の一つ。その言葉には一つ一つ意味があり、それを意識することによって魔力が特定の形質へ変化する。いわば呪文を唱える行為とは魔力を魔法という物に変化させる作業である。
「〈土人形〉」
そして、最後のキーワードとなる言葉が呟かれたことによって魔法が完成する。
アルバートの魔力を受けた土の塊がもこりと動き出し、意思を持つかのように蠕動、中心に寄り集まり、固まり、人型と成る。言葉通り、それは土でできた人形だった。小柄な大人程度の細身の体躯、人型ではあるが表情はなくのっぺりとした顔面。それが全部で十体、若干前屈みの姿勢で一班の生徒達を取り囲む。
「演習内容はいたって簡単です。今からこの土人形達が貴方達を襲います。それを一定時間耐えてください。木剣は勿論、魔法の使用も許可します。時間が経過する前に一人でも行動不能になればそこで演習は終了です。それと……」
眼鏡の奥の切れ長の双眸が生徒達を射抜く。
「こんな簡素な土人形程度に取り押さえられるようでは、多少の減点も覚悟してもらわねばなりませんね」
つまり、最初にフランツィスカが言った仲良くなるための協力など嘘っぱち。この演習はすでに成績を評価する試験ということだ。
あまり親しくない者とも即座に連携し、効果的に戦果を挙げられるか。それを試す模擬戦闘訓練。
「まぁあれだねー、二年最初の小テストって感じだねー。見せてもらおうではないかー、君たちが一年何を学んできたのかを」
演説台の上に腰掛けて脚をぷらぷらさせている学年主任。その様子に魔法科担任は顔を顰めつつも、懐から懐中時計を取り出し、片手で蓋を開く。
「急ですから多少のアドバイスをしますと、侮らないこと。そして、最後まで気を抜かないことです。準備運動はよろしいですね?それでは、始めます」
他学科合同小隊演習、その一回目の試験が始まったのである。
なお、その試験を最初に受けることになった第一班は、開始早々、全員行動不能になった。