第五章 天才の証明(8/8)
アルバートによって試合の終了が宣言された。
それで力が抜けたリアは、その場にペタンと座り込んだ。
「やった……勝ったんだ……私……」
遠くで歓声が聴こえる。訓練場の端からこちらを見学していた他の班の生徒達のものだ。
その歓声は、ほとんどがリアではなく、ケントとオルフェスの戦いに向けてのものだったが、中にはリアの健闘を称える声も確かにあった。少なくとも、リアやマルティナも貶したり笑う声は一つもない。
歓声と、心地よい虚脱感に包まれてしばし呆然としてたリアの肩を叩く者がいた。
「やったな!リア!」
痺れが残っているのか、どこかぎこちない動きのマルティナがニッと白い歯を見せた。
「ティナちゃん……うん、私、勝ったよ……!」
マルティナの手を借りて立ち上がったリア。すると入れ違うようにマルティナがバランスを崩して尻もちをついた。
「おっととと!あ、あはは……まだ身体が痺れてて上手く動かせない……」
それが可笑しくて、二人はしばし笑いあった。
「――ふざけ……ないでよ……!」
そこへ、恨みがましい声が投げかけられた。
「あの天才に教えてもらったから、待機詠唱もできるようになったってわけ……?本当に、本当にふざけるなッ……!私だって……私だって……!ケント・バーレスと同じ班になれてさえいれば……!!」
痺れて立ち上がれない身体で、必死に起き上がろうとするができず。
顔だけでリアの方を向き、睨みつける。
仲間を撃つまでしたというのに、自分は落ちこぼれと呼ばれた少女に勝てなかった。こんな無様を晒して、明日からどんな顔をして過ごせばいいというのか。明日から馬鹿にされるのは、リアではなく自分だ。
嫉妬と、悔しさと、屈辱で唇を噛みしめたエリスの頬を涙が伝った。
「……………」
その様子を見て、リアは無言で彼女の元へと歩み寄った。
「……ねぇ」
「……何よ。私が動けないからって、このあいだの腹いせでもしようっていうの?」
リアは首を横に振る。
「……ケント君と同じ班になったから私は変われた。それは本当。でもね、変わる権利は誰にだってあるんだよ?」
なるべくエリスと視線を近くするためにしゃがむ。立場を対等にするように。
リアとエリス。共にシファノス陸軍学校魔法科二年。人種は違えど、そこになんら立場の違いはない。
変わろうと願い、努力することを妨げるものは何もない。
「もしね、あなたが本気に変わりたいって願うなら、ケント君に相談しにきなよ」
「――え?」
思いもよらない提案に、エリスが目を見開いた。
「私達は違う班だけど、敵じゃないよ。だから、ケント君に何か教えてほしいなら、直接聞きにきたらいいじゃない。ケント君ってばいつも無表情だけど、本当はとても面倒見がよくて優しい人だから。本気で変わろうとする人には手を差し伸べてくれる。一緒に変わろうよ。ね?」
そう言って、リアは笑った。
「そうだ!ケントは!?」
はたとマルティナが気づいて辺りを見回すと、少し離れた場所にオルフェスと共に倒れ込むケントの姿があった。
「ぐっ……!!」
二人が見守る中、ケントが立ち上がろうとしていた。
「ぬぁあ……!!」
オルフェスも必死の形相で両手をつき、立ち上がろうとする。
しかし――
「がっ……」
途中で力尽き、大地に倒れ込む。
一方でケントは、よろめきつつもしっかりと二本の脚で立ち上がった。
その右手にうっすらと纏っていた光の力場が消えていく。〈装鎧〉という魔法の部分展開。その鎧を纏った拳の硬さ分だけケントはオルフェスに勝ったのだ。通常は全身に力場を展開する魔法だが、それを精密にコントロールすることによって少ない魔力で必要な効果だけを引き出す。日々の投影魔法での訓練の賜物。
「クソ……クソクソクソクソォッ!!」
自身の動かない身体を叱責するように、オルフェスが呻く。しかしどれほど呻こうと、身体は動いてくれない。
魔法の連続使用の名残で血走った瞳に怨嗟を込めてオルフェスがケントを睨みつけた。
「お前に……分かるか……!?デモリスでありながら、人間のお前に後れをとっていると嘲笑われる俺の屈辱が……ッ!!その苦痛が……!!」
持てる者にも、持てる者としての苦労がある。
なぜオルフェスがケントを目の仇にしているか、これでようやく合点がいった。
常にヒトの上に立つ人種、生まれながらの天才、デモリス。彼らは常に一番であることを求められる。それが当然であり、それ以外はあり得ないのだ。だからこそオルフェスはケントを倒すことに拘った。それが自身がケントより上であると証明するもっとも確実な手段だったからだ。
「さぁ、な……デモリスの苦労は、人間の僕には、分からない……ただ、もし僕が手を抜いて、君に勝ちを譲ったら、君はそれで満足するのか……?」
オルフェスの瞳に憤怒の炎が燃え上がる。
「そんなことをしてみろ……お前を殺してやる……!!」
手加減など、それこそ最大の恥辱。何にも勝る最大の侮辱。
「だったら、認めろッ!僕は、君より強い……!」
ギリリと奥歯を砕かん勢いでオルフェスが食いしばる。
ケントはちらりとオルフェスの方とは違う方向に視線を向けてから、続けた。
「そして、努力で才能は越えられると、認めろ!認めて、努力して、僕を越えてみせろッ!」
オルフェスは負けた。だからこそ、認めなければ前には進めない。そうでなければケントを越えることはできない。
「生半可な努力じゃ、僕は越えられないぞ……!僕はこれからも努力し続ける!君が努力をしなければ、ますます差は開くぞ!それが嫌なら、君自身が努力の価値を証明するんだ……!!」
オルフェスがケントに負けたくないと願えば願うほど、彼は証明することになる。しざるを得ない。否定するわけにはいかないのだ。
それでも努力は無意味であると彼が断じるのならば、オルフェスがケントに勝つ日は絶対に訪れないだろう。
「人間だって、努力すれば、デモリスに勝てるんだ……その逆だって……当然……」
そこまで口にしたところで、ケントは糸が切れたように倒れ込んだ。
意識を失ったケントだったが、その身体が大地に打ち据えられることはなかった。
「――まったく。模擬戦って言ってんのにガチバトルしちゃってさ。しかもなんかやたら熱いこと言っちゃって。普段からそれぐらい饒舌なら、もっとクラスの子らと仲良くできるのににゃー」
ケントの身体を受け止めたフランツィスカがやれやれと呟いた。
「あーもう若い!若いっていいなー!って私もまだまだ若いけどー!ねぇ聞いてる?ツッコミ待ちだよ?」
そう言ってケントの頬をぺちぺちと。
「う……」
「ほら、君に伝えたいことがある女の子が二人も!よっモテ男!」
フランツィスカの肩を借りながら立つケントの前に、二人の少女が立っていた。
一人は小柄でマギアスのくせに魔法が苦手な少女。
一人は不器用で考えることが苦手なリザイドの少女。
「勝ったよ……!ケント君……!」
涙ぐむ声で、リアが言う。
「ケントのおかげだ。本当に、ありがとう!」
屈託ない笑顔でマルティナが言う。
その二人に対して、ケントは、
「――だから、言っただろ?君達ならできるって」




