第五章 天才の証明(6/8)
凄まじい速度で放たれる木剣の連撃を紙一重で避け、時に受け止めつつケントは、
(十分距離は、とれたか……)
二つ魔法を待機させ、ほとんど余裕のない思考の片隅でリア達との距離を推測する。直接目で見て確認する余裕はない。少しでも隙を見せれば攻撃を受けきれなくなる。それほどまでにオルフェスの攻撃は苛烈だった。
「シュル/ペディム/エファ――」
攻撃の手を緩めることなく、オルフェスの唇が動く。その詠唱の内容から彼が放とうとしている魔法を察したケントが脳内の待機詠唱を即座に対応できるものに書き換える。
「〈槍突〉ッ!」
「〈円盾〉!」
殴りつけるように放たれた光の槍を光の盾が阻む。至近距離での魔法の衝突に光と衝撃が弾ける。堪らず後退したケントにオルフェスが畳みかける。
「〈槍突〉!!」
再びの光の槍。しかし今度は詠唱なしの即時発動。さながら本物の槍をすぐさま突き返したかのよう。
「〈衝槌〉!!」
光の槍を不可視の衝撃が殴りつけて粉砕する。
だが――
「〈曲刀〉!!」
間髪入れず放たれる三発目。横殴りの光弾がケントの無防備な脇腹に迫る。
「――ッ!」
もはや魔法による防御はおろか回避さえも間に合わない。咄嗟に左腕を折り曲げて脇を防御。ミドルキックのような重い衝撃になるべく逆らわず身体を流して威力を分散させる。
二発連続の待機詠唱。オルフェスもまた、ケントと同じく待機詠唱を二つ保持できるのだ。魔法の発動速度もほぼ同じ。つまり魔法の撃ち合いになれば先に詠唱を開始した方が有利ということだ。
続けざまの攻撃に備えてすぐさま体勢を整えたケントだったが、その攻撃は来なかった。
代わりに不適な笑みを浮かべるオルフェスの笑い声が響く。
「フハハッ!見るがいい!やはり成績評価などというものではなく、真に対等な条件で戦えば俺の方が優れているッ!!」
どうやらオルフェスは最初に一撃を与えられたことで気をよくしているらしい。もっとも、笑っているとはいってもその所作に一切の隙はなかったが。
ケントは目を細めて呼吸を整えた。〈曲刀〉を受け止めた左腕にさしたるダメージはない。曲線を描いて相手の側面を打つその魔法はあまり威力が高くないのだ。
反論せず、無言で構えるケントにオルフェスは続ける。
「だが人間でデモリスの俺に迫る実力を持っていることは認めてやろう。確かにお前は人間の中では天才だ。だがいくらお前が天才だろうとデモリスの俺には届かない!」
ぴくり、とケントが無表情の一角を崩す。それをオルフェスは目ざとく見咎める。
「――どうした?気に触ったか?だが事実だ。それはお前の兄が証明しているだろう?」
今度は、はっきりと、ケントはその顔貌に感情を滲ませた。
この感情を、なんと形容すればいいだろう。
「……人間は、デモリスには勝てない。そこには、生まれ持った才能という、大きな壁がある」
絞り出すようにケントが呟く。
「なんだ、分かってるじゃないか。てっきりそれが分かっていないから日頃俺の事を無下にしていたのかと思っていた。なんだ、すまなかった。お前がそのことを分かっているのならそれでいいんだ。ならばいずれ成績も正しい優劣を示すだろう」
オルフェスがケントを敵視している最大の要因がそのことだった。
人間の分際で、デモリスのオルフェスをまるでその他の有象無象のように扱うのが許せなかった。
ケントが優秀な生徒であることは否定もしようもない。ケントの方が成績順位が上なのもまったく理解できないこともない。だが人間であるケントが自分のことを下に見ているのではということがオルフェスにはこれ以上ないほどの屈辱だったのだ。
だがケント自身が人種の絶対的差異も理解しているというのなら、不満も幾分かおさまろうというもの。
「――だったら」
「?」
木剣を大上段に構えたケント。その攻撃の姿勢に油断なく対応しつつもオルフェスは怪訝に眉を顰める。
魔戦科始まって以来の天才、いつも無表情な彼は今、燃え盛る闘志をその瞳に宿していた。
「僕がお前を倒せば、努力で才能を越えられると証明できるってことだな!?」
刹那、
「〈槍突〉ッ!!」
魔法が発動する。狙いは、地面。ケントの足裏から放たれた魔法がその身体を爆発的な加速力で前へと押し出す!
「ッ!?」
まったく想定外の奇襲にオルフェスの対応が遅れる。
回避は不可能。その上威力に速度が上乗せされている。片手で受けれる威力ではないと判断したオルフェスは木剣の刀身に手を添えて両の手でその一撃を受け止めた。
「うおおおおッ!!」
裂帛の気合いと共に放たれた正面上段からの振り下ろしは双方共に想定外の結果を引き起こした。
バコォンッ!!
響く破砕音、打ち込んだケントの木刀が中心から真っ二つに折れてしまったのだ。折れた刀身が後方に吹っ飛び、ケントの頭頂部を掠める。
一方の受け止めたオルフェスの木剣は分かたれてはいないもののばっくりと折れてしまいくの字に曲がってしまっていた。これではもはや使い物になるまい。
「おおおお!!」
それでもケントの突撃は止まらない。木剣の柄を早々に投げ捨て勢いそのままにオルフェスに体当たり、そのまま押し倒す。
「グゥッ!?」
双方剣を失い、お互い無手。しかし体勢はケントがマウントをとり有利。間髪入れず振るわれた掌底をオルフェスが受け止める。二撃目も然り。お互い両手を組み合って力比べの状態に。
「ふざけ――!」
ゴツンッ
喋りかけたオルフェスの言葉が重々しい重低音が遮った。
「グアァァ……」
お互い両手を塞がれた状態で、ケントがオルフェスに頭突きを喰らわせたのだ。ケントの額にも血が滲む。
「そ、双方そこまでですッ!これは模擬戦です!喧嘩でも殺し合いでもありませんッ!」
あまりに殺伐としてきた状況に見かねてアルバートが制止の声をかけた。
だが、白熱した二人に声だけの制止が届くはずもなく。
もう一発、と狙いを定めたケントに、オルフェスは、
「俺を……見下すなァッ!!」
「ツッ!?」
第三者からは何が起こったのかすぐに理解できなかっただろう。突然顔を顰めたケントがオルフェスの上から飛び退いた。
オルフェスから距離を取り、ケントは自分の手の平を見やった。
両の手の平の中心には、鉛筆ほどの太さの紅い点が穿たれていた。そしてそれは、手の甲まで貫通している。何かが手の平を貫いたのだ。
息を荒げつつ起き上がったオルフェスが口の端を吊り上げる。デモリスの特徴である真紅の瞳がギラリと光った。
「――“結ばれぬ手”」
それは魔力の扱いにも長けたデモリスの技の一つ。手の平から魔力を針状に放出、対象を貫くという技術。射程はほぼゼロ距離だが、発動に詠唱も準備動作もなく、その手に触れたモノには唐突に穴が空く。今回は射出された針が一本ずつであったが故にこの程度で済んだが、その針がもし複数だったならケントの手は使い物にならなくなっていただろう。
その性質上、本当の命のやりとりであればデモリスは相手を掴むだけで勝敗を決することができる。骨すらも貫通するその針ならばヒトの命を奪うことなど容易い。
この技があるからこそ、デモリスと握手をすることは古くから勇気の象徴とされてきた。デモリスの気分しだいでは、その結んだ手は二度と使い物にならなくなるかもしれないからだ。
その上デモリスは常にヒトの上に立ってきた人種、握手など、対等の存在になろうとするものを快く思わない。
だからこそ、その技は“結ばれぬ手”と呼ばれるのだ。
かつて魔族と呼ばれた種族、その長たる魔神族。彼らと人間が手を結ぶことがどれほど困難なことであったかを象徴する技。
「そこまでだよ」
相対する二人の間に普段のおどけた調子をまるで感じさせない様子の魔戦科担任教師が割って入った。
「“結ばれぬ手”、使っていいなんて言ってないよね?それは相手の命を奪う技。こんな場所で使っていい技じゃない」
フランツィスカの鋭い眼光に睨まれてオルフェスが呻く。
「ケント君の傷の手当ても必要だし、二人ともここで退場。オルフェス君への処罰は後で――」
「待って、ください……!」
ケントは血の滴る両手を握りしめた。
「まだちゃんと決着がついていません!続けさせてくださいッ!」
模擬戦、成績。そんなことはもう頭から抜け落ちてしまった。
熱くなっていたのは、ケントも同じ。どのみち他のチームメイトとの連携を放棄した時点で高評価は望めまい。
そしてはたと気付く。まだ近くから戦闘の音が聴こえている。まだ仲間が戦っている。あの落ちこぼれと呼ばれた二人が、まだ倒されずに戦っている。
ここで早々に自分だけが離脱など、できようものか。
「僕は……証明しなきゃならないんだッ!人種や、生まれ持った才能なんて、努力を放棄したやつのいいわけだってことを!ヒトは諦めなければどこまでも成長できるんだってッ!」
握りしめた拳がズキリと痛む。
デモリスに大敗を喫した兄。その兄の証明したかったヒトの可能性を、今ここで自分が示すのだ。
「人間如きが……調子に乗るなよ……!!」
オルフェスもこの勝負を続けたい理由があった。それはただの自尊心か、それとも……
「……………はぁ」
揺らぐことのない双方の戦意を見てとったフランツィスカは溜息を一つ。
両手をひらひらと振って後ろに下がる。
「次危険行為が見られたら有無を言わさず止める。おーけい?まったく、言う事きかないんだから」
呆れたように、フランツィスカは試合の続行を許可してくれた。下がるフランツィスカにアルバートが何やら抗議しているが、もうケントの耳には届かない。意識をオルフェスに集中させる。
右手を前へ。
それに応じるように、オルフェスも同じよう右手を上げる。
もはや小細工は不要。双方ともに真正面から持てる力の全てをぶつけて優劣を決する構え。
手の平の痛みも、風にそよぐ髪の毛も感触も、全てが雑念として消えていく。思考能力、その全てを魔法を使用するという事に費やす。
そして――
「「〈槍突〉ッ!!」」
同時に放たれた同威力の魔法が激突、すぐさま、
「〈曲刀〉!」
「〈装鎧〉!」
横殴りの一撃を身体にまとった不可視の力場が防ぐ。
「〈炎弾〉!」
「〈風舞〉!」
押し寄せる炎の弾が風によって吹き散らされる。
詠唱なしの待機詠唱によって魔法を放ち、脳内に待機詠唱の枠が空いた瞬間に、別の魔法を撃ちながら他の魔法を待機詠唱でセットする。複数の魔法を待機できる彼らだからこそできる魔法の高速連続発動。
――可能だが、通常は決してしない無茶。
身体の中から何かが抜け落ちていくのが分かる。魔法は決して無尽蔵に使用できる技ではない。生きとし生けるモノ全てが身体に宿す魔力というエネルギーを消耗する。
魔力の量には多いに個人差がある。後天的に増やすことも訓練次第では可能だが、並大抵の労力ではない。
「〈雷撃〉!」
「〈水波〉!」
ケントはその並大抵ではない労力を続けてきた。
それこそ、先天的に高い魔力量を保有するデモリスに肩を並べるほどに。
「〈槍突〉!」
「〈円盾〉!」
凄まじい魔法合戦に、見守る教師達、遠くから見物している他の生徒達、その全てが息を飲んだ。
もはやどちらが上かなど些末な問題だ。双方とも、天才と呼ぶに相応しい次元にある。
オルフェスの真紅の瞳がさらに紅さを増した。目が血走り、血管が浮き出て額から珠のような汗が滲む。これほどまでの魔法の連続使用は拷問にも等しい苦痛を伴う。極限の集中が精神を蝕み、絶え間なく消耗する魔力とともに身体から力が抜けていく。しだいに膝が笑いだし、視界がぼやけ始める。
プツン
ケントの鼻から紅い筋が流れ出た。顔色が青ざめているせいで余計その紅が強調される。
一瞬前に倒れそうになった身体を脚を前に出して踏みとどまる。
いったいどれほど魔法を撃ったのかもう分からない。数えられるだけの精神の余力がない。
もう、限界が近い。
「「〈炎弾〉ァアッ!!」」
絞り出すように放たれた炎の塊が中空で激突し爆発した。その閃光が合図となった。
「「――ッ!!」」
揺蕩う噴煙に向けて双方が走り出した。もはや叫ぶ余力すらなく、最後の力を振り絞って拳を握る。
お互い満身創痍。この一撃で全てが決まる。
そして――
ガッ!!
双方の拳が双方の頬に激突する。弾かれたように二人は地面に倒れ伏した。
同時に、その宣言は為された。
「そこまで!勝者――」
見物している者達には、ケントとオルフェスの戦いの苛烈さ故に印象に残らなかったかもしれない。
だが、二人の戦いに決して劣らぬ意思と決意の戦いも、同時に幕を下ろしていたのだった。




