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第五章 天才の証明(2/8)

 この日、シファノス陸軍学校に通う二年生達の間には何とも言えない緊張感きんちょうかんのようなものがただよっていた。いよいよ明日が前期中間試験、そして対戦相手のはんはすでに発表されている。


 相手の班はどんな作戦で来るのか、この一カ月でどれだけ成長したのか。相手が分かっているからこそ、それをうかがう視線が飛びい、無言むごん牽制けんせいが教室のあちこりでり広げられている。


 そんな決戦前夜の空気の中、あのケントを敵視している学年二位の秀才しゅうさい、オルフェスは対照的たいしょうてきに静かだった。


 だが今日の授業が終わり、ケントが足早に教室を後にしようとした時、すれ違いざまに彼は一言、


「明日が楽しみだ」


 そうケントに聞こえるようにつぶやいた。


 立ち止まってケントがにらみ返すと、対照的にオルフェスは笑う。ケントが彼を意識すればするほど彼のプライドは満たされる。


「……僕は忘れていないぞ。あの言葉、必ず撤回てっかいさせてやる」


 怒気どきはらんだそのケントの言葉がこえた周囲の者達は、天才の普段決して見せることのない感情の表出ひょうしゅつ度肝どぎもを抜かれた。


 ただ一人、学年二位のデモリスをのぞいて。


 朝、ケントは試験結果に勝敗は関係ないとマルティナに言った。なのにその一方で勝つつもりだとも言った。


 いな、勝たねばならない。


 ケントには勝たねばならない理由があったのだ。





「ガッハッハッハ!いやぁ、ピリピリしておりますな!」


 そのピリピリとした空気とは反対のき活きとした大音量の笑い声。


「このゴドウィン・ファドス、第一線を退しりぞいてひさしいとはいえ、どうにも血がたぎるのをおさえきれませんぞ!」


 そういって普通科担任教師は丸太のような暗緑色あんりょくしょくの両腕にむんっと力をめる。めくったシャツのそでが悲鳴を上げ、あつ胸筋きょうきんおさえきれなかったボタンがはじけ飛んだ。


 血が滾るというのはあながち誇張こちょうした表現ではなく、彼の肌色がしめすトロルという人種は生まれ持った戦闘種族。魔法の力をりず、その身一つで敵陣に斬り込むその様はまさに戦鬼。その血が生徒達の意気に反応してしまっているのだろう。


「ゴドウィン先生、貴方あなたが戦うわけではないのですから押さえてください。ただ、いざという時はたのみますよ」


 つとめて冷静にいさめたのは魔法科担任教師アルバート・フロイネン。土人形ゴーレムもちいた演習のさい多忙たぼうだった彼だが、今回にいたっては採点係にてっする他ない。生徒が暴走した際、咄嗟とっさに魔法で割り込むのは無理があるからだ。かばうにしろおさえるにしろ、ゴドウィンがその巨体で割り込んだ方が効果的だ。


「私は私は?」


「なるべくジッとしててください」


 にべもない言葉に魔戦科担任教師のフランツィスカ・シュタインは口をとがらせて抗議こうぎする。


 シファノス陸軍学校の二年生を担当している教師三人は多目的訓練場のはしで、念入ねんいりに準備運動をする生徒達を見守っていた。なお、今回にいたっては大きな怪我けがをする可能性もあり得る訓練内容であるということで、三人の教師以外にも保険医が一人(ひか)えている。だがそれはあくまで保険だ。大きな怪我をいかねない行動を生徒が行おうとした場合、即座そくざに教師らが身をていして止めに入る。


 訓練場の中心には二班分の生徒。他の順番待ちの生徒達は教師らとは逆の位置の端際に固まっている。皆一様に緊張と好奇の入り混じった視線でこれから始まる模擬戦に意識を集中していた。


「では、両班とも定位置へ」


 アルバートの指示によって緊張した面持おももちの二班が一定の距離をとって向かい合う。それぞれ普通科の生徒二人、魔法科一人、魔戦科一人の四人ずつの班だ。


 基本的には双方とも大きな違いはないが、片や一方の普通科の生徒は盾を所持しており、片や一方の魔法科の生徒は魔法の指向性しこうせいを高めるための補助具ほじょぐである短杖たんじょうを持っている。今回の模擬戦ではある程度装備の自由が認められているのだ。


「制限時間はありませんが、あまりにも長引くようなら止めます。いいですか?あくまで相手に勝つことではなく、総合的な技術を見て採点するということを忘れないように」


 はたしてアルバートの言葉がどれほど生徒に届いていることやら。向かい合う二班は緊張で高鳴たかな鼓動こどうを必死で押さえつけ、木剣のつかを取りこぼさないようにしかとにぎりしめる。


 これは模擬戦である以上に試験。そしてその採点方式は勝敗に依存いぞんしない。そうと分かってはいても、相手が土人形ゴーレムではなく同じ学年の生徒だというのならば、負けたくないと思うのは当然だろう。


 そしてその心理こそ、他学科合同小隊演習の狙いの一つでもある。さらなる高みを目指すには、競争相手がいることは必要不可欠なのだ。


「それでは、くれぐれも無茶はしないように。第一試合……」


「開始ィッ!!」


 アルバートの背後から飛び出さんばかりに張り上げられたフランツィスカの合図あいずによって、向かい合う二班の前衛ぜんえいが同時に走り出した。


 木剣が打ち合わされる小気味こぎみ良い音と、魔法の詠唱が蒼穹そうきゅうの下にひびき渡る。


「いよいよ始まったね……」


 はなれた場所で最初の班の模擬戦の様子を観戦している生徒達、そこから少し離れた位置で固まっていた十一班の中でリアがつぶやいた。


 緊張のあまり胸の前でにぎりしめられた両手。その右手は黒鉛こくえんで真っ黒によごれている。最初の試験が終わってからも、今日まで彼女は努力をおこたらなかった。むしろそれ以前よりも熱心に訓練にはげんだ。ケントの言葉をうたがわず、ただひたすらに、盲目的もうもくてきに。無理をしてカリキュラムに付いていこうとするのではなく、ひたすらに基礎きそ反復はんぷくし続けた。


 誰かに馬鹿にされようとも、無駄むだだと言われようとも。リアは自分の可能性と、それを信じてくれたケントを信じた。


「リア、()()の準備はできた?」


 ケントが確認をうながすと、彼女は肩からかけた小さなポシェットの中をのぞき込んだ。それこそが今回の秘策ひさく。その中身を丁寧ていねいに確認し、リアは一つうなづく。


「うん、大丈夫」


「成功率は?」


「八……七割ぐらい……」


 その言葉を聞いてケントも満足そうに頷く。


「上出来だ。やっぱり()()()()()()()()()


 ケントの賞賛しょうさんにも緊張のあまり素直すなおに喜べない。リアは笑顔を浮かべようとしたが、なんとも曖昧あいまいな苦笑に終わった。


 見かねたケントがその頭一つ分低い位置にある紫紺しこんの髪に手を乗せる。


「大丈夫。やれるだけのことはやった。今のリアなら、絶対大丈夫だ」


 そう声をかけつつ、無意識にばしたその手にケントはおどろく。一月前まではこうも軽々しく誰かに触れたりなどできなかった。名前を呼ぶことさえ抵抗があった。だが今は、その名を呼ぶことになんら違和感がない。


 思えば、無意識に彼女の頭に手を乗せてしまったのは二度目だ。


(変わったのは、僕も同じ、か)


 その変化はケントにとって喜ばしいことなのか、そうじゃないのか。ケント自身には判断ができなかった。


 ただ確かなのは、この一カ月はケントにとって楽しいと言っていい時間だった、ということだ。

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