第三章 僕の方こそ(2/4)
「ふんっ」
筋骨隆々とした偉丈夫が相当な重さがあるだろう土嚢を二つ同時に両肩に乗せる。丸太のような暗緑色の上腕にはまだ余力がありそうで、その偉丈夫……普通科担任教師のゴドウィンは平然とした顔で指示を仰いだ。
「この二つはどこに置きますかな?」
「一つはあちらに。もう一つはそこから二メイトル後方に」
指示を飛ばすのは眼鏡のマギアス。魔法科担任のアルバート。彼の指示により多目的訓練場に一週間前と寸分違わぬ土嚢の小山が築かれていく。演習開始時にはその小山一つ一つがアルバートの魔法によって土の人型となり生徒らを捕獲しようと立ち上がるのだ。
武装を持たない土人形達に殺傷能力はほぼない。だが、その重量と炎に焼かれようが雷に打たれようが微動だにしない頑強さは敵兵の動きを阻害し、時に捕獲することに大いに役に立つ。動きこそ鈍重だが、のっぺりとして表情のない人型が徒党を組んで迫る様は精神的な威圧感も伴う。もっとも、此度の演習に土人形が動員されたのはその無害さによるところが大きい。その頑丈さもあって、まさに訓練にうってつけの動く巻き藁というわけだ。
「さぁて、今回はどうなるかナー」
と、まるで手伝う素振りもなく演説台に腰掛けてプラプラと脚を揺らしているフランツィスカにアルバートは額に手を当てて嘆息する。
「土人形の配置は前回とまったく同じ。さらに今回はちゃんと事前に試験日も発表してある。これで制限時間まで耐えられぬようでは少々問題でしょう。対策を考える時間はいくらでもあったはずです」
流石に教師陣も一週間で劇的に生徒達の能力が向上するなどとは思っていない。そのため今回の演習試験は能力以上に連携や立ち回りが物を言う内容になっている。二年生として最低限の能力を持っているならば、適切に仲間と連携をとり、土人形の性質を理解していれば余裕を持って耐えられる制限時間になっているのだ。一週間の準備期間を設けたが、極論を言えば対策など少し話し合って調べものをすればどうとでもなる要素である。アルバートとしては演習の期日はもっと早くでもよかったと思っているぐらいだ。
「……ただ、貴女の期待しているあの天才、十一班はどうでしょうね。個々の能力が違い過ぎる。あれでまともな連携をとれというのは少々酷というものでしょう。ケント・バーレスには同情します」
「おやおや、アルバート先生が生徒の心配をするなんて意外だねぇ。落ちこぼれは早々に切り捨てちゃうあのアルバート先生が」
面白いものを見るように目を丸くするフランツィスカに、アルバートはむっと眉根を寄せる。
「人を冷血漢のように言わないでいただきたい。切り捨てた、というのはリア・ティスカのことですか」
次の指示を仰ごうと視線を向けてきたゴドウィンを手で制し、魔法科の担任教師はフランツィスカに向き直った。
「リア・ティスカは、マギアスでありながら絶望的に魔法の才能がない。早々に諦めた方があの娘のためです。身の丈に合わないものを目指し続けるより、少しでも可能性のある別のものを目指した方がいい。そしてその見切りは早ければ早いほどいい。それだけあの娘の未来の選択肢が広がります」
「でもその選択肢にあの娘のなりたいものはない」
ぷらぷらと動かしていたフランツィスカの脚が止まる。
「ま、あの娘が何を目指してここに来たのかは知らないけどねぇん。でもさ、私達がすべきなのはあの娘の未来を決めることじゃないんじゃない?」
「ですから私はその選択肢を増やそうと……」
「選択肢が狭まってでもここにい続けるのも、また選択の一つ、あの娘の選択でしょ?」
普段の様子からは想像できないような、真摯な瞳がアルバートの視線と交錯した。
どちらも生徒を思いやっているのは確か。考え方が少しだけ違うだけだ。
「もちろん成績が規定を下回れば退学はやむなし。でも、それまでは。なるべくそうならないように。私達は生徒のなりたい未来を応援してあげるべきなんじゃないかな。それが教師というものでしょう」
「……そもそも大前提として、私はリア・ティスカを切り捨てたつもりはありませんがね」
「何もしてあげないのは切り捨ててるのと一緒だよ」
「一人の生徒を贔屓するわけにはいかないでしょう!」
「まぁまぁお二人とも。これから試験演習ですぞ。それぐらいにしておいてはどうですかな」
熱が籠り始めた二人の話にゴドウィンが割って入る。ここシファノス陸軍学校では頻繁に見られる構図。
我に還ったアルバートはゴホンと咳払い。
「……ともかく今回の演習試験で十一班の成績が芳しくない場合は、班替えを考慮すべきです。リア・ティスカやマルティナ・トレンメルに引きずられて天才であるケント・バーレスの成績まで落ち込むようでは目も当てられない」
何かに思いを馳せるように、フランツィスカは流れゆく空の雲に視線を向けた。
あの雲の反対側がどうなっているのか、空でも飛べない限りは誰も知ることはできないだろう。逆側から見ればまた違った見え方をするのだろうか。確かなのは、それでも雲は雲、ということか。
「――本当の天才なら、そもそも誰かと協力することそのものができないだろうね。突出し過ぎた才能は、他人に理解されず他人を理解できないから」
なら、そうではないのなら。
「さ、話はここまでですぞ!続きは仕事終わりにでも。お二人の教育論には私も興味があります!どうです、三人で仕事終わりに飲みにでも行きませんか?」
ゴドウィンの提案にフランツィスカが意味ありげな視線をアルバートに送る。
「えー、でもアルバート先生お酒弱いしなー」
「酔っぱらって脱ぎ始めるような人には言われたくないですね」
「はぁ!?いつそんなことしたよ!」
「この間期末試験が終わった後に行った時ですよ」
「止めるの大変でしたぞ……」
まるで覚えていないのか冷や汗を浮かべてフランツィスカは唸った。アルバートだけならともかくゴドウィンにも事実と言われれば否定もできない。
なんだかんだ二年の担任教師三人は仲が良い。
「まったく、見苦しいものを見せないでほしいものです」
「ああ!?このナイスバディを捕まえて見苦しいとはなんだ!眼福って言え!何なら抱いてみるかッ!?そんで責任とって結婚しろッ!!」
「誰が貴女なんかと……」
「まあまあお二人とも落ち着いて……」
試験を前にして緊張している生徒達とは裏腹に騒々しく教師達が準備を進めていく。
ケント達十一班の今後はこの演習試験にかかっていた。