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第6話:赤鬼

 人ごみを掻き分けるように先を急いでいると

「英輔、れーだーとやらがさっきからぴーぴーうるさいんじゃが」

 埴輪が言った。

「え?」

 俺は慌ててリュックからレーダーを取り出す。

 画面には、巨大な赤い点が示されていた。

「な」

「あら? それは……もしかしなくても赤鬼ね」

 オカマ男は冗談めかしてそう言った。

「なんだよこんなときに!! 朔夜がいなきゃ意味がねえじゃねーか!!」

 俺が地団太を踏むと

「落ち着きなさいって。とりあえず向かいましょ? この近くでしょ」

 オカマ男は俺をなだめるようにそう言った。

 なんだか、彼が妙に冷静なおかげで、俺の気も少し納まった。

「あ、ああ……」

 なんだかんだ言って、やっぱり俺はまだまだ子供で。

 何百年と生きているというこいつらには、絶対叶わないんだろう。




 赤鬼の怨念は幸いにも人気のない寂れた広場に出現した。

 まずは遠目から観察する。

 下手に出て行っても丸焦げになるだけだからだ。

「なんとか赤鬼の動きだけでも止められたらねー」

 オカマ男がそう言った。俺も自分なりに考察して

「でもあれだけの力を持った怨念は流石に属性護符じゃ抑えられっこ……」

 そう言いかけたとき、視界に信じられないものが目に入った。

 赤鬼の目の前。

 少女が立っている。

 あれは、間違いなく

「さ、朔夜!?」

 俺は状況も忘れて飛び出していた。



 炎に包まれた赤鬼は、目の前の彼女に向かってその燃え盛る右腕を振るった。

(頼む! 間に合え!)

 俺は必死に走りこんで

「朔夜ッ!!!」

 頭の上に熱風を感じながらも、彼女を抱きかかえて、もろともに焼死するのを防ぐことに成功した。

「……?」

 当の朔夜は状況がつかめていないような、ただ驚いた顔をしているが、説明をする暇もなく赤鬼が第2撃を放ってきた。

「!!」

 流石にすぐには身体が反応できず、目を瞑ると。

「ここは任せるがよい」

 リュックから埴輪の声がした途端、周りに土壁が張られた。

 赤鬼の炎は土壁には効かないようだった。

 流石は精霊の力というべきか。

「サンキュー、埴輪。助かった」

「礼には及ばぬ。が、妾が出来るのはこのぐらいじゃぞ。封ずる方法はお主らが考えよ」

 埴輪はそう言った。

「…………」

 封印する方法。

 それが問題だ。

 俺はリュックから、預かってきた火光を取り出す。

 今は抜いても柄は全く熱くならない。

 と、そのときだった。

 自らの牙である火光に反応したのか、赤鬼は不気味な咆哮を上げ、炎を吐き始めた。

「うわあ!?」

 鬼が炎を吐くたび地震のように地響きする。

「いかん、壁が持たぬ!」

 埴輪が叫ぶ。

「なにーー!?」

 俺は慌てて朔夜の手をひいて移動した。

 すると直後に土の壁が崩れた。

 赤鬼が後ろから追ってくるのが分かる。

 が、振り返る余裕もなく、俺は逃げることしか出来なかった。

(くっそ! 相手がでかすぎる!! 火力強すぎる!!)

 そんな恨み言を考えているうちに

「英輔! 右に跳べ!!」

 空からオカマ男の忠告が聞こえて、俺は朔夜を先に突き飛ばしつつ必死に右へダイブする。

 胸から派手に転ぶ。

 が、背中のほうで布が裂ける音がして、リュックが鬼の爪に引っかかったのだと分かった。

「ぬわーー」

 埴輪の声が遠ざかる。他の荷物共々剣まで飛ばされてしまったようだ。

 そして

(しまった!)

 手に持っていた火光ですら落としたことに気が付いた。

 あの刀が万が一破壊されたらあの鬼を止める術がなくなってしまうのだ。

(どこだ)

 慌てて辺りを見回すと、刀はなんと、赤鬼のすぐ足元に転がっていた。

 そして。

「!?」

 何を思ったのか、朔夜がその刀を取りに飛び出したのだ。


 赤鬼はそれを見逃さない。

 赤鬼の眼が、鋭く光った気がした。

 鬼が腕を振り上げる。


(まずい!)

 俺は即座に立ち上がった。

「いかん英輔!! 剣の加護が届かぬぞ!!!」

 遠くで悲鳴に近い埴輪の声が聞こえた。


 ――次の瞬間、背中に熱が走った。

 ただ、一線。

 刃物で斜めに切りつけられたかのような鋭い感覚と共に、熱で焼けて爛れるような鈍い痛みが背中を襲う。

「っぁ」

 喉からは、悲鳴すら出なかった。

 俺は、朔夜を抱えたまま、崩れた。






「「英輔っ!!」」

 2人の悲鳴に近い声が聞こえた。

 私は倒れる彼に押されるように、尻餅をついた。

 熱い。

 彼の身体は溶けてしまうのではないかと思うくらいに熱くなっていた。

 背中の、大きな傷から、紅い炎が燃えている。

「…………」

 傷口からは、紅い血が流れている。

「…………」

 そして、彼の口から、こんな言葉が漏れた。

「…………逃げ、ろ、朔夜……」


 ひどい怪我で。

 眼はもう虚ろで。

 満足に喋ることなんて、出来ないはずなのに。

 それなのに、まだ、貴方は私に逃げろと言う。


 温かいものが頬を伝っていた。

 なんだろう、この気持ちは。

 いつも、覚えていた、この感情。

 嬉しいのに、悲しくて、優しいのに、申し訳なくて、悔しくて、苦しくて、

 もう、

 どうにかなってしまいそうな――――…………



 気が付けば、右手には刀が納まっていた。

 妙にしっくりとくる、この漆黒の柄。

 赤い鬼はその双眸で真っ直ぐこちらを射てくる。


 喰らいたいのか、この内の炎を。

 けど、お生憎様、だ。

 空っぽの刀に、空っぽの身体。

 なら。

 せいぜい食むがいい、この器を。

 いずれ必ず、

 必ず――中身は取り戻してやるんだから。


「――還れ」


 その一言で、赤鬼は姿を消した。

 同時に、私の意識も途絶えていた。






 なんとかひと段落して、私は脇にあった椅子にへたり込む。

「まさかの。お主、薬師の資格なぞ持っておったのか」

「……ワタシはほとんど役に立ってないわよ。アナタのお陰ね、埴安姫」

 私は薬局で買ってきた様々な小道具を1つにまとめながら、傍らに立てかけた剣に礼を言う。

「これぐらいお安い御用じゃ……と言いたいところじゃが少し疲れた。しばらくは姿を出せそうにないの」

 埴安姫はそう言った。

 これは推測なのだが、彼女は長年封印され続けた後遺症であまり頻繁には力を行使できないのではないだろうか。

「…………」


 赤鬼は憐によって無事封印された。が、直後に憐は意識を失ってしまった。

 まあ、空っぽに近い身体にいきなりあれほど強力なモノを注げば失神ぐらいは当たり前なのかもしれない。

 火光には焔が入ったようだったので、封印が破られることはないだろう。

 が、問題は英輔だった。

 赤鬼が消えて、傷口から漏れていた怨念の炎は消えたものの、物理的な傷はどうしようもなく、この妙な傷では病院にも行きづらい。

 何より火傷がひどかったので、手のつけようがなかった。

 そこで埴安姫が、精霊の超常の能力を行使して、なんとかその傷を癒した。

 といっても完全ではなく、残りの処置は私が請け負うこととなった。

 後の治療はさほど困難ではない。

 問題だったのはタクシーを使ってホテルまで辿り着き、2人を抱えながら、訝しげな目で見てくるであろうホテルマンを最もらしい嘘で言いくるめて無事部屋に帰り着くことだった。

 ……が、タクシーでの移動中に憐が目覚めたので、少女誘拐犯と疑われないですんだのが非常に幸いだった。


「英輔は大丈夫かの?」

 埴安姫が心配そうに尋ねてくる。

「傷はアナタのおかげで塞がってるわ。ただ熱があるのが心配ね。早く下がるといいんだけど……」

「……そうか。……して、憐はどうしとるかの?」

「……さあ。なんかまた抜け殻みたいになっちゃったからねえ、もう勝手に出て行ったりはしないと思うわよ」

 私はそう言いつつ、隣室に思いをはせた。






 空がいつの間にか、暗くなっていた。

 途中、髪の長い男の人がやってきて、食事を置いていったけれど、食べる気が起こらなかった。

 けれど眠りたくもなかった。

 目を閉じれば思い出す。

 あの人の、苦しそうな顔。

 怪我は、どうなっただろうか。

 車の中で見たときは、血は止まっていたようだったけれど、相変わらず苦しそうな顔をしていた。

 

 ……知ってる。

 それは、自分のせいだって。

 いつも、そうだった気がする。

 ……いつも?

 いつもって、いつ?


 頭がこんがらがって、私はシーツに顔を埋めた。

 するとその時、音楽が響いた。

「……?」

 思わず顔を上げる。

 聞き覚えがある音だった。

 聞いただけで、なぜか胸が妙に騒ぐ音だった。

 視線を動かすと、音の先には『携帯電話』が置いてあった。

(…………私、の?)

 屋敷を出る前、家の女の人に『お忘れですよ』と言って渡されたものだった。

 私はここにきて初めて、それを開いた。

 操作方法は身体がよく知っているようだ。

 指先が自然に動く。

 画面に新着メールが映される。

 内容は…………カラオケの割引?

「…………」

 よく分からないが、私はひどく落胆するように溜め息をついていた。

 ……もしかしたら、いつもこうして待っていたのかもしれない。

(…………何を?)

 私はふと思いついて、メールの履歴を見ることにした。

 もしかしたら、何かが分かるかもしれない。

 思い出せるかもしれない。

 あの人のことを。


今の憐ちゃんは「かもしれない」が多すぎて書きにくいったらありゃしない……というのは自業自得なんですけど(汗)

夜明け前の闇が最も深いと言いますが本作もちょっとシリアスすぎてごめんなさい。出来るだけ面白く出来るところは面白くしたいなとは思ってるんですが(汗)……。

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