第5話:失踪
朔夜の命と魂を奪った奴が、同じケモノ。
「……なん、だって?」
俺が血相を変えると、オカマ男はわざとおどけてなだめるように言った。
「ほら、怖い顔しない。英輔クン、聞いたら熱くなるでしょ? だから緋衣も言わなかったんじゃないかしら」
「そうじゃ英輔。何事も冷静にな」
埴輪まで俺をなだめにかかる。
「相手はもともと厄介な奴だった上に今はそんな形をしてる。さらにアイツの周りにはやけにケモノが多いのよ。それからさっきの緋衣の元彼、あれもそのケモノの手下の1人よ。何考えてんのか全く分からないけど」
オカマ男はすらすらと説明した。
「いい? だからまずは赤鬼の封印を考えて、面倒なケモノのことは後回しよ。……まあ、勿論先にあっちが仕掛けてきたら否が応でも応戦しなきゃいけないだろうけど」
(……あっちが仕掛けてくる?)
「どういう意味だ、それ」
俺が尋ねると
「……なんとなくなんだけど、そのケモノ、まだ憐のこと付けねらってる気がするの。アイツが憐の前に現れたとき言ってたのよ。『お前を手に入れれば自分は完全になれる』って」
オカマ男はそう言った。
「…………手に入れる、だって?」
ふざけるなよ。
あいつから命を半分も奪っておいて、今度は全部奪う気か?
そんなのは、俺が許さない。
「ちょっと英輔クン……」
オカマ男が何か言いかけたとき、部屋のインターホンが鳴った。
(……誰だ?)
気がどこかへ行ってしまっていたのか、確認もしないで俺が扉を開けると、そこには。
「…………え」
朔夜が立っていた。
話の当人が急に現れて、頭の中で張っていた糸が突然切れたような気分になる。
朔夜は何かを訴えるような目で俺を見ていた。
「どうした?」
俺が尋ねると
「…………鼠さんがいない」
彼女はひどく寂しそうな顔をしてそう呟いた。
(……あいつ、戻ってきてないのか)
あんなことがあったんだ。なんとなく、分からないでもないが。
けれど朔夜は事情を知らないわけで。
「そ、そのうち戻ってくるって」
俺は自分の適当さを自覚しつつもあまりにしゅんとしている彼女を目の前にしてはこう言うしかなかった。
が。
「……探してくる」
意外にも朔夜はそう言ってエレベーターのほうに向かって歩き出した。
「え!? ちょっと!!」
俺は慌てて彼女を引き止める。
「探すって今からか!? 今日は遅いから明日にしよう、な!?」
すると、まだ反抗するかのように彼女は身じろぎしたが、ふと、妙に動きを止めた。
「……?」
彼女の視線は俺の手のひらに向いていた。
よく見ると、手のひらから血が滲んでいた。
(あ)
さっき、ケモノの話を聞いていて、無意識のうちに拳を強く握りすぎて爪で裂いてしまったに違いない。
「……怪我」
朔夜はそう呟いて、心配そうに俺の手を自らのそれで包んだ。
「!」
その、柔らかな感触に、不覚にも胸が高鳴った。
(……お、俺の馬鹿。こんなときに……)
「だ、大丈夫だから。とりあえず部屋に戻ろう」
俺はなんとか彼女を部屋に戻すことに成功した。
そして翌朝。
「今日はどうする? 昨日みたいに1日歩き回ってもなあ」
朝食の時間になる前に、俺は現在唯一頼りにできるオカマ男に今日の予定を相談していた。
まさかこんな日が来るなんて、こいつに初めて会った頃を思うとなかなかに皮肉だ。
「そうね、下手に動くのは良くないわ。この近くにあのケモノがいるもの」
オカマ男はそう言って頷く。
「なんじゃ? じゃあ今日はずっとこの部屋に缶詰か? つまらんのー」
埴輪が間延びした声でそう言った。
しかし今日は生憎の曇り空で、お出かけ日和というわけでもない。天気予報によると、こんな天気がしばらく続くという。
「確かにそうだけど。でも昨日のあの男だってこの辺りにいるってことだろ? 下手に出て行って顔を合わすのもまずいだろ……」
そう言って思い出す。
(そういや鼠女、まだ戻ってきてないのかな。朔夜があんなに心配してるってのに……)
そう思うと、なんだか微妙に心の中がもやもやしてきた。
(……まさか)
妬いてるんだろうか、俺。
鼠女に?
(いやいや、そんな狭い男じゃないぞ、俺)
そう自分に言い聞かせつつ、既にこういう思考に走っている時点でまずいのだろうかとも思う。
「英輔? さっきから何ひとりで難しい顔をしとるのじゃ。変なやつじゃの」
埴輪にまでこんなことを言われてしまった。
朝食の時間になったので、俺は朔夜を呼びに行った。
インターホンを鳴らす。
……。
…………。
………………。
出ない。
もう1度鳴らしてみる。
……出ない。
(まだ寝てるのか? いや、それはないかな。もう8時だし)
そう思ってドアノブにそっと手をかける。
ドアは普通に開いた。
「……朔夜ー、入るぞ?」
けれどやはり女子の部屋に勝手に入るのは気が引けたので、そっと中の様子を窺う。
部屋の中は静寂に包まれていた。
冷たい空気が部屋に漂っている。
「…………!」
部屋はもぬけの殻だった。
結局俺たちは朝食もとらずにホテルを出ることになった。
勿論、出る前にホテルの受付に朔夜を見なかったか尋ねた。
係員によると1時間ぐらい前に彼女と思しき少女が外へ出掛けて行ったらしい。
「朔夜の奴、鼠女を探しにいったんだ、多分」
俺は自分のうかつさを呪いつつ走る。
「ふーん、憐ってばいつの間にそんなに動けるようになったのー?」
オカマ男は蛾の姿になって俺のあとを飛んでいる。
「どういう意味だ、それ?」
「えー? だってワタシが朔夜の屋敷にいた時はあの子自分で動けるような状態じゃなかったわよー?」
オカマ男がそう言うと
「あれじゃないかの、ほれ。英輔が近くにおるとあやつの中に眠っている炎の属がくすぶるんじゃないかの?」
リュックに刺さった剣から埴輪の声がした。
「くすぶってどうなるんだよ?」
俺が問うと
「属性とはその者の本質に近い。特に炎などという特殊な属は増してのことじゃ。属が起これば人間としての本質も目覚めるじゃろうて」
なんだか難しいことを埴輪は言った。すると
「英輔クンてば、突っ込むところ間違ってるわよ〜。問題はそこじゃなくて、どうしてくすぶるのか、でしょ?」
今度はオカマ男が妙なことを言い出した。
「お、やはりお主よく分かっておるではないか。見直したぞ、金髪」
埴輪は上機嫌そうな声で答える。
「はあ? それは俺の属性が透過性で、あいつの属性を反射してるからじゃないのかよ」
いい加減、走りながら喋っていると周りの人に変な目で見られるので、俺は口を閉じることにした。
「英輔はほんと、阿呆じゃのー」
埴輪の暴言には耳を貸さないことにした。
今日は休日で、街には人が溢れかえっている。
地上を歩くのは面倒なので、私は上に昇った。
とあるビルの屋上に腰掛けて、周りの気配を探る。
探すのは、自分と同じ火の粉の匂い。
流星。
同じ山で生まれて、兄妹のように育った同胞。
そして誰よりも長く、共に居た男。
300年前、故郷の中国で別れて以来、もう一生会うことはないだろうと思っていた男。
この世で一番、大嫌いな男。
あいにくの天気のせいか、風がまったくない。
これでは匂いも流れてこない。
「…………」
結局ひと晩、外で過ごしてしまった。
彼女を1人にして大丈夫だっただろうか。
また、夜にうなされていなければいいのだが。
……そんなことを思いながらも、自分は当分戻るつもりはなかった。
「流星……」
彼と会って、話をしなければならない。
そして、決着をつけなければ、私は先に進めないのだ。
今日は昨日より、人が多かった。
とても歩きづらい。
知らない街、知らない人。
途中でもらう紙切れが、両手を塞いでいく。
それでも前に進んでいると
「ねえねえ、そこのお嬢さん」
知らない男の人が行く手をふさいだ。
「今ね、うちの会社の新商品を無料で試してもらうキャンペーンやってるんだけどね、お嬢さんもどうかな? このクリーム、すごいよ? お肌すべすべになるって芸能界でも人気なんだから」
金髪の、ちょっと怖そうな雰囲気のその人はずっと喋り続ける。
「さっきから思ってたんだけどさ、君、かなり可愛いよねー? もしかしてどこかのモデルさん?」
私が困っていると
「ね、良かったら事務所紹介してあげよっか? うちの会社、CM関係でそういうとことコネがあってね。興味ない? そういう仕事。君ならかなりいい線いけると思うよー?」
その人は私の肩に手を回してきた。
「!」
何だろう。
すごく、嫌な気がした。
――その瞬間。
「……ってうわっぃでてててテて!?」
私はその人の腕をひねって、地面に押さえつけていた。
さっきまで手に持っていた紙切れがひらひらと舞う。
それで、周りの人の注目が集まってしまった。
「こらてめっ! 何すんだよ!!」
男の人が叫んだので、私はぱっと手を離した。
「なにかしら」
「キャッチセールスじゃない? さっき私も声かけられたー」
「あの子やるねー」
色んな人が何か喋っていたけれど、私は恥ずかしくなってぶちまけてしまった紙切れも拾わずその場を去った。
知らなかった。
自分にあんなことができるなんて。
……けれど、どうして知らないんだろう。
自分のことなのに。
私は少し疲れて、目に入った広場の花壇に腰掛けた。
「…………」
鼠さんを探しに出てきたのだけれど、あの人に黙って出てきて良かったのかと、今更に気が付いた。
「…………」
『お父さん』は、あの人は私の友人だと言った。
いつ?
いつ、友人になった人?
思い出せない。
思い出せない、のに。
私は彼を知っている気がする。
呼んでいた気がする。
「…………」
喉まで出かかって、どうしても出てこない、名前。
そう、名前。
私の名前は、なんだっけ…………?
その時、急に強い風が吹いた。
妙に熱い、赤い風だった。
私の身体は簡単に転がっていた。
「……っ!?」
花壇から落っこちて、軽く頭をぶつける。
でも、あまり痛くないのはどうしてだろう。
私はよろつきながらも立ち上がって、前を見た。
そこには、赤い炎が燃え上がっていた。
実は当初第3章の方向性でかなり悩んでいたんですがもうここまで来たらがしがし書いていくしかないのかとあきらめ始めた今日この頃です。頑張って最後まで書ききります。