第3話:再会
結局その日は朔夜が急に元気をなくしたので動きにくくなって、早めに近場のビジネスホテルにチェックインした。
俺は1人になった部屋でぐったりとベッドに転がる。
「…………なんだったんだ、あれ」
昼間の朔夜の奇妙な行動が頭から離れなかった。
(…………なんか、俺だけ外野って感じだな)
俺が寝返りを打つと、そこには埴輪の顔があった。
「!?」
俺が慌てて飛び起きると、埴輪はくつくつと笑い出した。
「相変わらずウブじゃな、お主は」
からかうように妖艶な笑みを浮かべる埴安姫。
見た目は10代そこらの少女だが、やはり長い時を生きてきたというだけはある、そんな表情だった。
「……うるさいな。剣、ベッドから降ろすぞ」
俺がそう言うと
「嫌じゃ! それだけはやめてくれ英輔っ!!」
埴輪は一転子供のようにすがり付いてきた。
「なんでお前そんなにベッドにこだわるんだよ」
前々から思っていた疑問を俺が問うと
「妾はの、あの山に封印される前まではそれはもう大事にされて、その時々の一級の寝床で寝ておったのじゃ。妾はふかふかの布が好きなのじゃ。硬くて痛い畳や床は嫌なのじゃ! ……それなのにあの『いいぐる』とかいう組織は……調査とか検査とかいって触りたい放題やりよって! 寝る暇すら与えてくれんかったわ」
埴輪は寝台へのこだわりとイーグルへの不満をつらつら熱く語った。
(……なんかその言い回し嫌らしく聞こえるって)
そう突っ込みつつ
「はいはい。分かったよ」
俺は少しばかり彼女の境遇に同情して剣にかけた手を離した。
すると、埴輪がふと呟いた。
「……あやつも、そうなのかもしれんな」
「…………あやつって、朔夜のことか?」
俺が問うと、埴輪は静かに頷く。
俺がわけがわからない、という顔をすると、彼女はふと笑って、
「嫌なものは嫌じゃということじゃ」
そう言って姿を消した。
(…………どういう意味だよ、だから)
やっぱり女の考えていることっていうのは、分からない。
泣き疲れたのか、まだ夕方だというのに彼女はもう眠りについていた。
「…………」
そんな、少しやつれた寝顔を見ていると、私はアイツが憎くてたまらなくなってくる。
あのケモノ。
アイツは彼女の魂のほかにも、多くのものを奪った。
私には分かる。
アレはいずれ、また彼女を狙ってくる。
その時、あの男がいては危険すぎる。
この旅に同行させること自体、やはり危険だったのかもしれない。
昼間も言ったが、彼にあのケモノを探させてはいけない。
……なのに、私が彼の同行に反対しなかったのは。
『それに、もしかすると、君と行動することで憐の状態が良いほうに変わるかもしれない……そんな気がしたんだよ』
……私も心のどこかでそう期待したに違いない。
矛盾、しているのだろうか。
彼女を1番に分かってあげられるのは同性である自分だという自負はあるものの、大事なところではあの男に一目置いているなんて。
私は自然と、自嘲気味に口元を歪ませていた。
「……私はどうせ、矛盾だらけだわ」
ベッドに転がって、俺はそのまま寝てしまっていたらしい。
気が付けば、外は真っ暗になっていた。
(……今、何時だ?)
寝ぼけた頭で時計を見ると、午後9時と示されていた。
(……うわ。晩飯、食べ損ねたなあ……)
俺が軽く頭を抱えつつ辺りを見回すと、隣では埴輪もぐっすりと眠っているようだった。
(……朔夜の奴、どうしたかな。……まあ、鼠女が一緒だから大丈夫か)
俺はまだどことなく寂しさを覚えながらも、一息ついた。
その時。
「!?」
激しい耳鳴りがした。
思わず吐き気がするほどの強さだった。
(……こ、れは)
俺は慌てて朔夜のお父さんから預かったレーダーの画面を見る。
すると、青くて小さな点がいくつもこの辺りに点滅していた。
「なんだよこれ」
青い点は力の弱いケモノを表すと教えられていた。
が、この数は異常だ。
俺はベッドに寝かせていた剣を掴んで素早く部屋を出た。
隣の部屋のインターホンを鳴らす。
すると鼠女がすぐに出てきた。
「アンタはここで憐ちゃんを見てて。外は私が見てくるわ」
鼠女はそう言って今にも飛び出していきそうだった。
「お、おいちょっと待てよ! なんなんだよあの数は!!」
俺の言葉は無視して鼠女は姿を消した。
「〜〜〜〜!!」
俺は非常に不満だったがとりあえず朔夜の様子を見に部屋に入った。
朔夜はベッドで静かに寝ていた。
(これだけのケモノの気配なのに、全然起きないなんて……)
そう思ったが
(いや、魂を取られるってことはこいつの力もほとんど残ってないのか)
そう思えば納得がいく。
(…………けど鼠女の奴、1人で大丈夫なのか?)
俺はそわそわと窓から外を眺めてみる。が、ここからでは何も見えない。
レーダーを見ると、どうやらケモノが集まっているのはホテルの裏側にある空き地のあたりらしい。
「…………」
俺がひとりでに渋い顔をしていると
「英輔、そんな顔をしておると眉間にしわが寄るぞ?」
俺の手の中の剣から埴輪の声が聞こえた。
「うるさいな」
俺がそう返すと
「心配なら見に行ったらどうじゃ?」
埴輪はそんな、意外な提案をしてきた。
「え? でも……」
「憐の奴、あの様子じゃ当分起きぬし、それに守護精霊まで憑いておるではないか。あの鼠娘がお主をここに残したのは憐のお守りの為ではなかろうて」
埴輪はそう言った。
(……それって、どういう……)
俺が考える暇もなく
「ほれ、行くなら妾も連れて行け。お主の身くらい加護の力で護ってやれるぞ」
埴輪がそう急かすので、俺はいるのだろうが見えない朔夜の守護精霊に向かって一礼して、部屋を出た。
それはまるで、ケモノ達の夜会だった。
広大な空き地に蠢く無数の色とりどりの光。
ケモノ特有の核の色が、まるでネオンサインだった。
「……なんて数だよ」
俺が呆気に取られて立ち尽くしていると
「〜〜ったくこのスカポンタン!!」
空から鼠女の怒りの声が降ってきた。
ていうか『スカポンタン』って、某有名アニメの女悪役が使う専売特許語だぞ。なんでこいつが知ってるんだろう。
「なんで来たのよ!! アンタなんかいたらものすっごい邪魔なんだけど!? 焦げても責任取らないわよ!?」
降りてきた鼠女はものすごい剣幕で怒っているが、言動からしてやっぱり俺の安全を考えてくれていたらしい。
が、勢いに押されて何も言えない俺に代わって
「妾がおるから大丈夫じゃ。さあさ、好きなように燃やすがよいぞ、火鼠」
と、埴輪が言ってくれた。
「言われなくても燃やすわよ!」
鼠女はそう吐き捨てて、炎を操り始めた。
鼠女の火力はやはり強力で、少し離れたところにいても、肌が焼けるような感覚を覚えた。
やはり埴輪がいなかったらまずかったかもしれない。
一瞬で辺りは火の海になり、ケモノ達は言葉ともとれない叫びを上げて消滅していく。
しばらくすると、空き地は黒焦げになって、あれだけ明るかったネオンサインも全て消えていた。
(…………やっぱすごいんだな、こいつ)
鼠女の背中を見ながら俺が感心していると。
「相変わらず容赦なく燃やすわねー」
空から、そんな気の抜けた声が降ってきた。
「!」
聞き覚えのある声に思わず顔が上がる。
紺碧の空から降り立ったのは、赤いポンチョを纏った金髪の男だった。
「火砕……」
俺より先に、鼠女が声を発した。
「なんでアンタがここに……ってのは愚問だわね。アレは近くに隠れてるの? さっき上から見ても何もいなかったんだけど」
鼠女はそんなことを彼に尋ねた。
俺にはなんのことかさっぱり分からない。
「いるわ。本体は当分動かない様子だったけど、手下が1匹動いたようだったからこっちの様子を見に来たんだけど……」
オカマ男のほうも何やら俺には分からない内容を喋っている。
なんだか非常に、疎外感を覚える。
だって、普段のこいつらは顔を合わせば喧嘩を始めるような奴らだったのに。
「手下が1匹? こいつらのことじゃなく?」
鼠女は先ほど自分が燃やし尽くした土地を手で指す。
「ええ。聞いて驚くわよ、アレの手下の中にアナタと同じ……」
オカマ男がそう言い掛けた、その時。
「……同胞の匂いがすると思えば……マジかよ」
笑いをこらえたような、男の声が空き地に響いた。
「!?」
途端、鼠女が息を呑むのが分かった。
(……?)
俺だって見知らぬ声に警戒心を抱いた。オカマ男も埴輪もそうだろう。
けれど、鼠女のそれは明らかにモノが違った。
この時の彼女の顔は、今日公園で朔夜が見せたあの時の表情とよく似ていた。
――何かに対する、恐怖を映す眼。
その先に、白い影が浮かんだ。
闇に溶けない銀の髪。
その眼だけが、紅く、獣のように彼女を射る。
男は愉しそうに口を歪ませて、言った。
「久しぶりだな、緋紅」
……れ、連日更新はいかがでしょうかー
明日も一応更新します。